直線の試練
満面の笑みで彼はそれを指差した。
そこには四方に開かれた4つの出口。入ってきた入り口を除けば残る選択肢はあと3つ。
「さあ、ハル。俺との取り引きの最初の仕事として、まずは杖の獲得とこの城からの無事の生還を要求しようか」
楽しげに告げられたその言葉は、笑顔とは裏腹に酷く残酷で。
海賊アレン・ヴァンドールとの取り引きに応じた私は自身の身分とラックの身の保証の代わりとして、アレンを死の運命から守り、無事にホープ・ブルーが示したその場所へと連れていく。
つまり、突き詰めて言ってしまえば、私はアレンを死の運命から守る事となってしまったのだった。
……だけど、そんな事って。
どう考えたって無理じゃないか!!!??
***
暗い道に足音だけが静かに反響する。
後方にはアレン、私はその一歩手前をビクビクしながら進んでいく。
ゆっくりと慎重に足を進めながら、私の中には今更ながらふつふつと後悔の念が湧いていた。
私は、レイズやラックやフォクセルのように戦闘が出来る訳じゃない。というか、寧ろ全く出来ない。それどころか、自分の身さえ満足に守る事すら出来ない私が。回避能力すらほとんど皆無に等しい私が。
自分以外の誰かを守るだなんて。
というか、そもそも一体どうやって守れというんだ!!??
確かアレンは先程の話でこう言っていた。
私が“運命を変える光を纏う者”であると。
確かにこれまで“単なる偶然”では説明のつかない事が何度かありはした。
それは私が“光を纏う者”であるから。
だからそういう不可思議な現象が身の周りで起こり、命からがらになりながらも、なんとか死なずにそれを切り抜けて来れたのだと。
確かにそう言ってしまえば、全て辻褄が合うような気はするのだけれども。
しかし、そうは言っても、である。
アレンはその自称占い師だとかいう老婆に騙されたのではないのだろうか……。そんな疑念が心中に激しく渦巻いてる。
とはいえ、私にはアレンとの取り引きに応じる以外の選択肢などなく、今更の再交渉などアレンが応じる訳がない。
半ば精神的にも情況的にも追い詰められてしまった私。そんな私はしばらく悩んだのち、入って来た入り口から向かって正面、中央の出口を選んだ。
果たしてこの出口が正解だったのか。はたまた不正解だったのか。
そんな事、はっきり言って分からない。というか分かる訳がないのだが、不安に怯える私をよそに、先程まで散々仕掛けられていたトラップの類が選んだ道に仕掛けられている様子はなく、しばらくは道成に進む事が出来た。
そして、暗い道をしばらく進んでいくと急に開けた空間へと出た。
天井が急に高くなり、狭かった視界が広くなる。
私とアレンが出た場所は、先程とはまた違った異様な空間。すぐ目の前は切り立った崖。下は暗く、底が見えない程に深い。
その中央には、やけに幅の広い白く長い橋が伸びており、太い8本の柱がそれ支えている。ぐるりと周囲を見渡してみたが、その中央の橋以外に道はなく、どうやらそこを渡らなければこの先には進めないらしかった。
そして、その橋の先。
探していたそれはあった。
小規模ながらも堂々と聳える神殿のような場所。
その中央に置かれた半裸の銅像が高々と掲げるそれ。銀色に輝く蛇の装飾が巻き付いた長い杖。
「アスクレピオスの杖……ようやく見付けた」
後方をついて来たアレンはそう言って、白い橋へと一歩踏み出した。
カシャ……
途端にまた聞きたくもない音が響いた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……という地響きと共に太い柱に吊るされた松明にひとりでに灯る。
何やら途轍もなく嫌な予感を感じたその時、頭上から勢いよく何かが降って来た。
ドスンッ
「………っ!?」
ドスンッドスンッドスンッ
「……………」
目の前の光景に私は空いた口が塞がらない。
落下して来たのは巨大なブロックの塊のようなも物。そんな巨大な物が3つほど、白い橋の上へと連なるようにドスンッドスンッと落ちては上がって落ちては上がって。まるで橋を渡る者を押し潰そうとするかのように頭上から落下し続けてくる。
「なるほど。まあ簡単には通してはくれないよな」
その明らかに侵入者対策用のトラップを見たアレンはそう言って私を振り返り。
「さて、ハル出番だ」
彼は笑顔でそう述べた。
「はぃいい!??」
思わず驚愕の声を上げてしまう。
「いやいやいやっ。無理無理無理無理っ無理ですよっ!!」
「そんな事言っても他に道はないし、ここを渡らなきゃあの杖に辿りつけないだろ?」
「そんな事言ったって……」
アレンにそう言われ、私は改めて目の前の橋へと目を向ける。
一本しかない橋の上。その上にほぼ橋の幅と同じ位、総重量何トンはあろうかという巨大なブロックが容赦なく落下し続けている。
うん。無理。絶対に無理。
こんなところ絶対に渡りたくない。
「俺との取り引き……」
しかし、断固拒否する私に対し、アレンは悪戯っぽく首を傾げる。
「俺を守ってくれるんだろ?」
言ったアレンは勿論笑顔。
まさに悪魔の微笑みだった。
「~~っ」
私はクッと唇を噛み締めた。
それを持ち出されてしまっては、もはや返す言葉が見つからない。
「……わっかりましたよ!」
私は激しく迷ったものの、そう返して。
「行けばいいんでしょう!行ってやりますよっ!!」
半ばやけになりながらもずいっとアレンの前へと進み出た。
ドスンッドスンッと降り注ぐブロックの塊を見据え、私は必死に頭を使う。
重要なのはタイミングだ。よく見てブロックが落下してから上がるまでのタイミングを測るんだ。
ブロックが落下するそのリズムは単調である。1番目を基準とすれば、2番目は1番目をよりもやや遅く。3番目は1番目とスピードは同じ。落ちてくる間隔のみが僅かに違う。タイミングさえ誤らなければ、切り抜けられなくもない……筈である。
「い、行くぞ……」
目の前には今まさに稼働中のトラップが仕掛けられた白い橋。
両サイドに道は無く、下は底の見えない暗闇。
大丈夫。行ける。絶対行ける。
そう自己暗示を掛け、私は意を決して床を踏み切った。
1番目のブロックが振り降り、上がった瞬間に床を蹴る。
上がっていくブロックの下へと潜り、2番目が上がった瞬間にまた床を蹴って下へと潜る。ドスンッと地響きと共に物凄い音を立て、3番目がすぐ目の前へと落ちて来た。そしてゆっくりと上へと上がっていく。
時間にすれば、ごく僅かな時間。
しかし、その時間が果てしなく遅く長く感じる。
早く早く早く早くっ。
焦る気持ちを抑え、私は祈るように上がっていくブロックを見詰める。
頭上のブロックが上がり切った。
次の瞬間には私とアレン目掛けて降りて来そうになる。
「屈んで潜ってくださいっ!!」
私はアレンにそう声を掛け、3番目が上がり切るのを待たず、身体を屈めてブロックの下を潜り抜けた。
***
ドスンッドスンッと背後では依然、ブロックのトラップが絶賛稼働中の音が響いている。
「ぬ、抜けた……っ」
私は忘れていた呼吸と共に吐き出した。
それ程、激しい運動をした訳ではなかったが心臓がドカドカと鳴り、激しく呼吸が乱れている。そんな心臓をなんとか宥め、呼吸を正常に整える。
とりあえずはなんとか切り抜けられたと、ほっと安堵の息を一つ吐いた。
しかし、安心するにはまだ早い。
私は長い橋の先へと目を向ける。
進んだ道はまだ僅か三分の一。先はまだまだ果てしなく長い。
「さて、もう変な物は落ちて来ないだろうな?」
ブロックのトラップをなんとか切り抜け、橋の三分の一程の所まで来た私とアレン。
あれ程心臓に悪い事をしたにも関わらず、アレンはすぐに立ち直り、太い柱の影から僅かに顔出して頭上を見上げた。
どうやらこの橋は、左右を支える太い柱の間がトラップの境界線になっているようで。そこにいる間だけはトラップの脅威に晒されなくて済むらしい。
「暗くて何も見えないな」
頭上を確認中のアレン。それに習い、私もまた自身の頭上を見上げてみた。しかし、見上げた先は暗く何も見えない。どうやら天井は相当に高いらしい。
「もうこれ以上、何も起こらないでくれよ」
しばらくの間、頭上を見上げていたアレンだったが、やがてそれをやめ視線を戻した。そして、完璧なフラグを立てて一歩、柱の境界線から橋へと踏み出す。
ここで私は素朴な疑問を提示したい。
もし、この橋のどこかしら、何ヶ所かにトラップを作動する為のスイッチ的な物が設置されているのだとして。
確率的に言えば、そのスイッチ的な物を私が踏んだとしても、まあおかしくはない訳である。とはいえ、橋の幅は広く、そこを大勢で広がって通るならまだしも、たった2人で通るのならばその確率は格段に低くなる筈である。
しかし、どういう訳かこの人は。
その低い筈の確率を確実にものにしてくれる。
カシャ……
アレンの踏み締めた足元からまたも嫌な音がした。
アレンはまたしても、まるで狙い済ましたかのように的確にトラップのスイッチを作動させてくれたのだった。
ここに来て私はようやく納得した。
恐らく、先程アレンが言っていた事は間違いじゃない。
この人は間違なく呪われている。




