言えなかった、言いたかった 6
「……星が綺麗ですね」
俺の口から自然と溢こぼれ出た言葉。
「それ……、私が言いたかったやつ……」
彼女は空から俺に視線を移して、目をうるうるさせていた。
「ずっと憧れてたのはさ、俺の方なんだよ。ハルの笑顔に救われてたんだよ。俺は笑うの下手くそだけど、ハルが笑うだけで俺も嬉しくなって、楽しくなって、なんか……、上手く言えないけど……、兎に角救われてたんだ」
「はじめ君……」
「で、返事はくれないの?」
涙混じりの声には気付かない振りをして、からかうように聞いてみる。
ハルは吃驚したように目を見開いていたが、ふふふ、と目を細めて俺を見て笑う。
「……ずっと、こうして見ていたい……、な」
今度は俺が目を見開く番だった。
“気付いてないわけない。怖くて気付かない振りをしていただけ。私も星が綺麗だと思ってるよ。ずっと、こうして二人で綺麗な星を眺め続けていきたいね”
ずっとこうして二人で、そう言われてふと急に現実に引き戻される。この夢が覚めたら、ハルともお別れ。
ハルのこと……、受け入れなきゃならないのに、そんな風に言われたら堪らなくなる。
だって、もう二人で星見れないじゃん。
ハルが俺に笑いかけてくれることも、もう……。
自分から返事聞いといて、何だよって話なんだけど。
俺は頭を抱えて崩れ落ちた。
「はじめ、君?」
そんな俺を心配して俺の顔を覗き込むハル。
「ごめん、こんなんじゃ全然格好つかないな」
目の前にいる彼女の肩に額をつけ、もたれ掛かった。
ここは俺の夢。
俺は現実に戻らなければいけない。現実に戻る為には、矛盾を消し去らなきゃならない。
この夢の矛盾は、彼女で――。
つまり、俺はこの手でハルを消さなきゃならない。
ハルの赤い日記が現実に戻る為の鍵。
だから、それを彼女に向かって投げる。
そうすればハルは消えて、俺は――。
分かってる、分かってはいる。
ずっと、ここに居ちゃいけない。
分かってるけど――――。
「はじめ君……」
ハルは華奢な身体で包み込むように優しくきゅっと俺を抱き締める。そして――
「私、星になりたいな……」
ぽつりと言った。
「一人になるのは怖いし、残されちゃうのも寂しいから。だからね、星になって大好きな人達が来るまで悠々自適に暮らして、順番を待つの。お先にどうぞって言いながらずーっと、待ってるの」
「それ……」
俺が考えたデタラメな話。
「はじめ君とユキのこと……、ずっと待ってる。でも、もし私の方が後になっちゃったら、その時は二人で待っててね」
彼女の肩に額を預けたままになっていた俺は彼女の背中に向かって腕を回し、その存在を確かめるようにぎゅーっと抱き締めた。
「――ハル、あの時言えなかったこと言ってもいい?」
顔を上げないまま、言ったそれは思ったよりもくぐもってしまったが、それでも彼女には聞こえたようだ。
「うん、いいよ」
彼女の返事を聞いて顔を上げる。そして真っ直ぐにその目を見つめた。
「……ハル」
敢えてこの言葉で伝えようと思う。
「好きだけじゃ、足りない。……大好きなんだ」
「……はじめ君、私もっ、大好き、だよ」
俺の大好きな笑顔で返してくれる君。
“愛してる”
そう言えない俺は、やっぱり情けない男なのかもしれない。でもさ、“大人になれなかった君”と“大人になりきれない俺”を思うと、きっとこっちの方がいいんだって思ったから。
君の言葉を借りて言うなら、ニュアンス的にこっちの方が俺達らしいってね。
重ねた唇は冷たくもあり、熱くもあり、俺の頬には生温い涙が伝っていた。




