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ユキと“ハル”は、ハルと“ユキ”で 5




 二階に上がり、201号室へ行く。部屋の中の物が倒れたりはしているが、ここなら“ユキ”がいても大丈夫なはずだ。早くしないと“俺”も“ユキ”も来てしまう。階段へ急ぐと丁度“ユキ”が三階へ続く階段を上ろうとしているところだった。


 上はダメ。“俺”と“ユキ”が会ってしまったら計画が狂ってまた振り出しに戻っちゃう。“ユキ”が叫ばないようにと後ろから手で口を塞ぎ、耳元で名前を呼ぶ。最初は驚いていたものの俺だと分かると大人しくなった。


「ごめんね、大きな声を出して脱走犯に気付かれたら困るでしょ」


「うん。びっくりした……。けど、ハルで良かった」


 涙目な“ユキ”に少し罪悪感を感じながらも悠長にしている暇はないとその手を取った。


「ユキ、おいで」


 201号室へと連れていき、ベッドへと座らせる。そして、“ユキ”の両手を握り不安にさせないように目線を合わせた。


「ユキ、暫くここにいてくれないかな」


「どうして? 私も一緒がいい……。置いていかないで……」


「置いていかないよ。置いていくわけじゃない。ユキを危険な目に合わせたくないんだ。それは、(はじめ)も同じ。必ずまた会えるから、ここで待ってて。ね?」


 不安気に揺れている“ユキ”の目を覗き込み優しく語りかける。


「ハル……」


 暫く俺の目を見つめた後、ぎゅっと唇を噛む。強がる時の癖だ。


「……分かった。……待ってる」


 俯く彼女の前に手を広げるとぎゅっと抱きついてきた。これも幼い頃から同じだ。ヒーローが現れる前までの兄としての俺の特権だった。


「……待ってるからね」


 不安そうにしている“ユキ”の頭を一撫でした後、立ち上がる。


「俺が出た後、直ぐに鍵を閉めて。何があっても開けちゃダメだよ」


 妹の性格は俺が誰よりも分かっているつもりだ。片割れだからね。こう言っておけばきっと、君は……。


 背中越しに鍵の閉まる音を聞きながら、301号室へと急いだ。




 “ユキ”と話していたら思ったより遅くなってしまった。

 ――まだ、中にいるよね?


 301号室と書かれたプレートを見つめる。目を閉じ耳を扉に近づけてそっと中の様子を窺う。人の動く気配がする。――良かった、いた。

 さっと前髪を整え、サイドの髪を耳にかけてからコンコンと扉を叩いた。


「ハル、いるの?」


 (はじめ)の夢の中とはいえ、相手は自分だ。“俺”にバレないように俺は“ユキ”を演じなければならない。バレたらまた、強制送還だ。


「ちょっと待って!」


 部屋の中は先程の揺れで物が散乱しているはずだ。何かを移動させるような物音が暫くしていたかと思うと、カチャリと音を立てて目の前の扉が開いた。


 ライトを前に向けたままにしていたせいで眩しかったのか、腕を(かざ)している“俺”。顔を背けているのに気付き、慌ててライトを引っ込める。


「あっ、ごめん。眩しかったよね。フロントに懐中電灯があったから持ってきたの」


「大丈夫だよ。ユキ、怪我とかしてない?」


 流石は俺。自分でも笑ってしまう。自分の事は二の次で、誰よりも何よりも妹のことが優先なんだから。


「うん、私は大丈夫だよ。ハルは心配し過ぎなの」


 そうは言っても、俺は目の前にいる“俺”の気持ちが手に取るように分かる。心配なものは心配なんだ。仕方ないよね。


「はじめ君も他の人達も下にいるから行こう」


「ああ……」


「私がハルの事迎えに行くからって言って下に残してきちゃった」


 色々と追及されても面倒くさいから、ここは笑顔でやり過ごすしかない。何せ、俺は妹の笑顔に弱いから。無邪気な笑顔を見せられるだけで、細かい事なんてどうでもよくなってしまう。――いや、違うな。笑顔というより、存在そのものに弱いのか。双子だからとか、妹だからとかそんな理由では括れないほどに、ハルのことが大切だった。


 前を行くと言ってくれたので、“俺”に懐中電灯を渡す。そして、目の前にある服の裾を掴みながら後ろに続いた。階段を使って下へ降りる。二階に着いたところで、“ユキ”が気になり思わず足を止めてしまった。急に立ち止まったせいか、心配そうに此方を見る“俺”。


「どうしたの、ユキ? 大丈夫?」


 どう説明しようかな。いや、ここはもう成り行きかな。兄に甘える妹を演じ切るしかないよね。


 ――そうだ。ここにいる“俺”にも脱走犯の存在を伝えておかないとね。


「ハル。私、怖いの……」


 俯いて両手を握りしめてみる。


「新聞でね、刑務所から殺人で捕まった人が脱走したっていうのを見たの。このホテルの近くで目撃情報もあったみたいで、ここに逃げ込んでる可能性が高いんだって。このまま外に出られなかったら私達どうなっちゃうのかな」


「大丈夫、俺がいるよ。俺がユキのことを守るから。だから顔を上げてよ、ユキ」


 然り気無く伝えられただろうか。視線を上げてみると、驚くほどに優しい瞳があった。俺はいつもこんな目で妹を見ていたんだろうか。そう思うと急に照れ臭くなって、それを誤魔化すように“俺”を促した。


「あ、ありがとうハル。はじめ君達のことも心配だし、早く戻ろう」


 その行動が“俺”の目にどう映ったのかは分からないが、そうだねと言ってくれた。廊下の奥まで進むことはなく、そのままエントランスで引き返す。しかし、“俺”は何かを感じ取ったのか再び足を止めると廊下の先を懐中電灯で照らした。


 ――全く、勘が鋭すぎるのも考えものだよね。


「ハル、どうしたの?」


「いや……、何でもないよ」


 大丈夫、万事順調だ。




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