ユキと“ハル”は、ハルと“ユキ”で 4
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さてと。眠っている一と反対側にいる“俺”に目を向ける。こいつを何とかしなくちゃならない。一が“俺”の夢を見終わってしまう前に移動させなければまた、ややこしいことになる。
俺は“俺”を抱えるとエレベーターで三階に上がり、301号室へと入った。ベッドに“俺”を寝かせる。そして再びレストランへと戻ろうとしたところで、何となくベッドを振り返った。
ここにいる“俺”もきっと……、妹が一番大切な存在なんだろうな。
「ねぇ、君も上手くいくように祈ってて」
何を期待した訳でもない。何か言葉が欲しかった訳でもない。っていうか、ここで“俺”に目を覚まされちゃったら、またやり直しだし。なのに、俺が“俺”に向かってそんなことを言ったのは、きっと……。
――――って、何やってるんだろ、俺。早くしないと一が目を覚ましちゃうじゃん。俺は扉を閉めるとレストランへと戻り、調理場の戸棚にいる妹を迎えに行った。“ユキ”から“ハル”に戻った俺は戸棚を開け、中にいる妹に声をかける。
「ユキ、お待たせ。大丈夫だった?」
「ハルっ!」
“ユキ”は一人で不安だったのか俺に抱きついてくる。昔と変わらず、甘えたな妹に思わず口許が緩む。
「ごめんね、一人にして」
「ううん。ハルも大丈夫だった?」
「俺は大丈夫。一もね」
「そっか」
一の安否も伝えると更に嬉しそうにする“ユキ”。やっぱり妹は、はじめ君が大好きなようだ。
「そうだ、さっき見つけたんだけど」
そう言ってフロントから持ってきた新聞を“ユキ”に見せた。そこには、刑務所から殺人犯が脱走したという記事が載っている。
「さっきホテルの中を見てきたんだけど、俺達以外に誰かいるかもしれない。人影を見たんだ。けど、逃げられちゃって」
出来れば妹を怖がらせるようなことは言いたくないが、自分達以外の別の人物の存在、つまり俺の存在を隠すためにはこれを利用しない手は無かった。この夢の中に殺人犯は出てこない。だから、イレギュラーな俺の存在を怪しまれない為には殺人犯がこのホテルにいると思い込ませるのが一番だった。
“ユキ”と話しているとレストランの方で椅子を引く音がした。一が目を覚ましたらしい。
「ユキ、一があっちで待ってるよ。行こうか」
握った“ユキ”の手はあの頃と変わらず小さかった。
一の姿を確認すると嬉しそうに駆け寄る“ユキ”。手を繋いでいる俺も自然と引っ張られる。俺と一が揃ったことが嬉しいのか、俺達の顔を見ながらにこにこと嬉しそうにしている妹に頭を撫でずにはいられなかった。
「そうだ、ハル。さっき言ってたこと、はじめ君も知ってるの?」
“ユキ”のナイスなアシストにより、一にも刑務所から脱走した殺人犯の存在を伝えることが出来た。
「まじかよ……」
「ハルが怪しい人影を見たって言うの。私も、ここにいる人達とは別に気配を感じるっていうか。誰か他にいる気がして……」
あまり変化のない表情から一の心情を読み取ることは難しいが、どうやら疑っている様子はない。
そういえば、そろそろ……。と思っていると突然、地鳴りがして建物が揺れ、何かが崩れる音が響いた。咄嗟に“ユキ”を守るように抱きしめる。床に手をつき揺れが収まるのを待ちながら、次の行動について頭を巡らせる。
上にいる“俺”も目を覚ましているはずだ。鉢合わせしないように次は“ユキ”にならなければならない。一旦、ここを離れないと。
「ユキ、怪我はない?」
「うん、大丈夫……。ありがとう、ハル」
「何だったんだ?」
「すごい音がした……。建物が崩れちゃったんじゃ……」
今だ、と思った俺は即行動に移る。
「俺、見てくるよ」
「私も一緒に行く」
“ユキ”も立ち上がるが、俺は首を横に振る。“ユキ” が来ればきっと一も来てしまう。今、一緒に行動するのは困るんだ。
ごめんね、“ユキ”。
「ユキは一といて。何があるかも分からないし、今はここが一番安全だろうから。一応上の方まで見てくるよ。一、ユキのことよろしく」
ひらひらと手を振りながら、レストランの外へと向かう。出る間際、視界の端に妹を捉えた。
また、そんな顔をして。昔から変わらないよね。
君がじっとしていられない性格なのは知ってるよ。
だから、後から一人で追いかけてきてね“ユキ”。




