アキラの彼女 6
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木崎亮は昔から自分が何処にいれば安全か、そればかりを考えて生きていた。集団の中にいれば自然とリーダーという存在が現れ、皆それに付き従う。自分がそのようなタイプではないことくらい分かっていた。だからと言って、集団の中でいるのかいないのかも分からないような立ち位置というのもプライドが許さない。そうなれば、自分が何処にいれば良いのかなんて、自然と決まっていた。
そう、リーダーのいるグループに所属すればいい。そうすれば、リーダーにこそなれなくとも主要なメンバーとして自分の存在を主張することが出来るからだ。
器が小さいだとか、つまらないゴマすりだとかそんな事は他人に言われなくても自分が一番よく分かっていた。しかし、これが自分だと、これが自分の生き方なのだと子どもながらに悟りながら過ごしていたのだ。
小学校の頃もクラスの中心にいるグループ――所謂、一軍という奴だ――に所属していたし、そういう連中と一緒にいる為なら行き過ぎたノリだろうが、何だろうが空気を作る側の人間として何でもやった。
そんな中で出会った、自分とは真逆の人間。それが佐藤一だった。直接的な暴力なんてそんな直ぐにバレてしまう様な事はしない。周りからじわじわと見えない圧力で押し潰していく。そんな空気にも動じない佐藤一は更に自分達を苛立たせていた。空気が読めないとか、気付いていないとかそんな鈍い奴ではないことくらい分かっていた。他人の空気を作ることにも、こちら側が作る空気にも全くと言って良いほど興味を示さない佐藤一を見ているとまるでこちらが間違っていると言われているようで。木崎は“まじめ”の癖にと悪態を吐くことで自分を肯定していた。
中学になっても変わらないはずだった。自分は空気を作る側の人間であるはずだった。そうじゃなかったんだと気が付いたのは転校してからだ。
転校初日、早々にクラスのリーダーが足立であることを見極めた木崎はそのグループへと入り込んだ。
“ノリの良い話の分かる奴”
その立ち位置を確立出来ていたつもりだった。転校して暫くたったある日、木崎は面白半分に足立をからかった。いつもの楽しいノリでイジったつもりだった。
しかし、クラスの中で笑い者にされたことが気に食わなかった足立は、次の日から木崎への接し方を変えた。その空気は勿論、クラス中の誰もが感じ取っていた。そして、足立によって作られた空気に皆が従った。足立は分かっていたのだ。クラスだけでなく、学校の中でも自分は強い立場の人間であることを。だから、口に出さずとも周りが空気を読んで勝手に自分に合わせることも。
自分の足元がヒビだらけでガタガタに崩れ落ちそうになっても尚、木崎はそこに立ち続けた。その理由は付き合っていた(正確にはそう思っていた)彼女の存在だった。足立達からどんなに酷い扱いを受けても彼女といる時間だけは木崎の癒しだった。どんなにギリギリに追いつめられても、彼女が居てくれたから頑張れた。しかし、辛うじて立っていた足場を最終的に崩したのは彼女だった。
天野美月。クラスの中で足立が男子のトップなら女子のトップは彼女だろう。そんなクラスの中心にいる美月が自分の彼女だということに舞い上がっていたのも事実だ。
彼女だと思っていた。付き合っていると思っていたのに、蓋を開けてみると実際は美月達のただのお遊びだったのだ。力のある奴に媚びる美月の本性を知って失望した。
聞こえてしまった足立達と美月の会話に呆然としていた木崎を現実に引き戻したのはその時教室に偶然いた、名前も知らない女子生徒だった。
「それ……」
「えっ?」
「そのシール、頂戴」
彼女が指差しているのは、木崎の制服にいつの間に付いていたのか分からないシール。購買やコンビニで売っているパンに付いているやつだ。
「それ、100枚集めて応募すると大きいクマタンが貰えるの」
クマタン。世間で流行っているクマのキャラクターだ。おじさんっぽい感じが可愛いとかなんとか。
「もしかして、貴方も集めてる?」
何も言わなかったせいか、だったら貰えないよねなんて自己完結している彼女に木崎は慌てて訂正した。
「別に、集めてねぇよ」
シールを差し出すと小さいそれを両手で持ち、本当に嬉しそうに見つめている。そして、ありがとうと言ってそのまま教室から出ていった。不思議な女子生徒とのそんなやり取りで、木崎は沈んでいた心が少しだけ軽くなるのを感じた。
その日以降も木崎と足立達との関係が変わることはなかった。相変わらずの日々を過ごす。しかしながら、パンを買うという行為の中で木崎の意識が少しだけ変化を見せていた。敢えてシールの付いたパンを買うことはしないものの、目に留まった時には自然とシールの付いたパンに手を伸ばすようになっていたのだ。何てことはない、本人も気付かないようなちょっとした変化だった。
木崎の美月に対する嫌悪感は日々増すばかりで、何を言われたところで全てが嘘のようにしか聞こえなくなっていた。それでも、足立達に反抗することも美月に問い詰めることもしないまま中学を卒業したのはある種の意地だったのかもしれない。




