動き出す運命
10月28日。日が沈み始め都会のコンクリートジャングルをオレンジに染め始めた時間帯。
渋澤はスカベンジャー達のトレーニングを終え、ヒルズへとやってきていた。フロアを丸ごと改装して造られた居住者の食堂で食事を取らせて貰い、打ち解け始めた居住者たちと談笑していた。今日はようやく色々な問題でバタバタしていたのが落ち着いて、英気を養うための宴会が開かれている。普段はヒルズの警備と改装を行っているガタイの良い親父からアルコール度数が弱めのチューハイをご馳走になり、渋澤の頬に赤みがさしていた。
「カズキ君、あんまり飲み過ぎないようにね」
その場の楽しい雰囲気に飲まれ、酒にも飲まれようとする渋澤に美東サオリが釘をさす。渋澤はハハハと笑って誤魔化しにかかり、陽気に肩を組み始めた親父『南原 ケイジ』はまぁまぁとサオリをなだめた。
「今日はいつも世話になってる渋澤が遊びに来てんだ。ちょっとぐらいハメ外したっていいだろう?サオリさん」
「そうですけど、やっぱり心配ですから」
サオリは渋澤の隣に腰かけ、中身がなくなりかけていた南原のジョッキに瓶ビールを注ぐ。渋澤には周辺のスーパーや八百屋からかき集めて作った寄せ鍋を自分で食べる分と合わせてよそった。
「ほかにもカレーとか焼肉とかあるから、遠慮しないでいっぱい食べてね。お仲間も一緒に来てるみたいだし、今日は泊まっていくんでしょ?」
「はい、西垣さんには空き部屋があるからそこに泊まれって言われました。今夜はお世話になります」
簡単に断りをいれて、寄せ鍋の汁を啜る。まだまだ寒くなるには早いので、暖かい鍋のうまみを最大限味わうことはできないが、それでも貴重な白菜や鶏肉を贅沢に使った汁はダシが良く出ていて体に染み渡るような感覚を覚えた。
「ん~!ンまい!」
「良かった。でもね、もう今日の分でお肉や野菜の在庫がなくなっちゃったのよね・・・。カズキ君、良かったら少し工面できないかしら?」
「大丈夫ですよ。多分レトルト食品の余りがあったはずなんで」
「ありがとう。これからは電力もなんとか復旧したし、食事のことを除けば大分楽になるわ」
文明が崩壊して数か月が経ち、Shangri-laの住民は着実にヒルズの生活改善に向けて前進していた。電力会社にメンテナンスエンジニアとして勤めていた仲間のおかげで発電所の復旧に成功し、現在は給電を限定的にすることで電気機械の仕様が可能になっていた。それまで火をおこして明かりを確保していたのが、電気が通ったことでLEDに代わっている。冷蔵庫も復活し、食料の備蓄がより長期的になった。これからは、エレベーターが使える様になったことにより屋上で菜園を行う計画が練られているらしい。
ウォーカーに占領された発電所の制圧には多くの人命が犠牲になったが、各地から移住し増え続ける仲間に、より良い衣食住を提供するために努力していくと西垣は語っていた。
また、電力が戻ったことで、スマートフォンの充電が出来るようになったことはかなりの貢献であった。スマートフォンによる通話はできないが、時間の確認や地図の保存、カメラ機能などが使えるようになっている。中でも音楽は数少ない娯楽に大きな影響をもたらし、お気に入りの音楽をシェアして保存することが流行になっている。
渋澤もそれにあやかり、今では彼のプレイリストには洋楽やJ-POPをはじめサウンドトラックやEDMが100曲保存され、容量の殆どを音楽が占めている。
「食料なら何とかします。ガソリンの供給と地域の安全性がもう少し良くなったら車出して猟に出てもいいかもしれませんね。此処の人たち、銃の扱いもだいぶ上達してきてますし」
「そいつはいいな!だがそれだと遠征しなきゃいけなくなるし、そこに人員を割くことになる。もしそいつらが道中やられちまったら、こちらとしてはかなりの痛手だなぁ。一番射撃が巧い西垣の親っさんはここを離れるわけにはいかねぇし、何より銃を扱える人間もここじゃ限られてる。何より豪王会がブイブイ言わせてる現状じゃ、警備の人間が少なくなるのはよろしくないしな。・・・この話はまだまだ先になりそうだな」
「そりゃそうですよね・・・すみません。勝手なこと言って」
「気にしないで。西垣さんには一度話してみるから。ありがとう」
Shangri-laには食料の安定的な供給が求められている。渋澤はどうにか策が無いか頭を巡らせるが、アルコールが回ってぽわぽわする頭ではそれといった名案は思い付かず、ただただ左手に持つチューハイだけが進むのだった。
「では、俺たちはアジトに戻ります。お世話になりました」
「ああ。また来てくれ」
翌日の早朝。昨晩の宴会で大いに盛り上っていた住民たちは、まだ床に入って深い眠りについている。中には食堂で雑魚寝しているものもいれば、ブランケットを被って丸まっているものもいた。唯一起きていた者もいたが、その茶髪の彼はパーカーのフードを目深に被り、窓際で早朝の景色を眺め黄昏ていた。フードからは青いイヤホンのケーブルが覗き、渋澤を気にも留めない様子だった。
「ごちそうさまでした。サオリさん達にはよろしく言っといて下さい」
渋澤は西垣に一礼すると、仲間もそれに連られて頭を下げる。そのまま彼らはヒルズを後にし、工業地区に構えるアジトへと向かった。
アジトに到着したのは昼前。渋澤はタバコを一服ふかすと、アジトの無線に着信が入った。
「はい・・・はい・・・ええ、こちらに居られます。変わりますか?・・・はい。ボス、豪王会の月島という男からボスに話があるそうです」
対応していた仲間が渋澤を呼ぶ。渋澤はタバコの火を消し吸殻を灰皿に捨て無線に対応した。
「渋澤です」
「・・・声が若いな。・・・まぁいい。お前に依頼がある。早急に対応してもらいたい案件だ。今すぐに豪王会の事務所から東にあるスカイランドビルの屋上に来い。急げ」
「・・・あっ。ちっ!しょうがない、準備して行ってくる多分薬の運びとかだろうけど」
帰宅直後で乗り気ではなかったが、豪王会の機嫌を損ねると後々面倒なことに巻き込まれる恐れがあるため、渋澤は重たい腰を上げて仕事の準備に取り掛かった。
普段着のパーカーの下に長そでのアンダーウェアを着用し、パーカーの袖を捲る。ズボンもゆったりとしたシルエットでポケットの収納が多く股関節の機能を妨げないカーゴパンツに履き替え、シューズもスニーカーからクッション性と軽量性に優れる疲れにくいランニングシューズに履き替えた。
最後に通学用にも愛用していたバックパックを背負い、きつめに帯を締める。このバックパックにはサバイバル・キャンプ用のマチェットの鞘が取り付けらており、渋澤が幾度となくウォーカーの頭を勝ち割って来たカーボンブラックのマチェットが納刀されてる。渋澤はマチェットを抜くと軽く素振りして感触を探るとまた納刀する。
「じゃあ、行ってきます」
「ボス!ちょっと待ってください」
出発の支度を整えた矢先、先程無線対応していた仲間から呼び止められる。彼は右手に持っていた渋澤のM38を差し出した。
「さっきの相手、たぶん初めてウチに依頼する人間だと思うんです。ボスが若いこと知らなかったっぽいですし。用心するに越したことはないと思います」
彼なりにの身の安全を案じているのだろう。渋澤はその厚意を素直に受け止め、M38リボルバーを受け取った。ついでに弾を入れたウエストポーチも受け取り、腰に装着する。
「行ってくる」
渋澤は仲間に告げると、アジトの扉を開けて外へ出る。
これより、渋澤を巻き込む激動の運命の歯車が回り始める。渋澤が仲間と顔を合わせるのがこれで最期になることを、彼はまだ知らない。




