彼女との出会い
___PM21:10
「お兄さん、なんか困ってる?」
驚いて顔を上げた先には、少しけだるそうに
棒付きキャンディーを咥える色っぽい女性。
「えっ、あ、いや・・・」
特に知り合いもいない最寄駅で
誰かに声をかけられるとは思わず、口ごもる。
「あぁ・・・急に声かけてごめんなさい。
スマホと睨めっこしてたから、つい」
女性は足を組み替え、組み替えた足の上で頬杖をつく。
なぜかすべての挙動が色っぽく見え、頭の回転が鈍る。
「あ・・・その、ごはん屋を探してて・・・」
「ごはん屋?お兄さん、このへんの人じゃないの?」
不思議そうに問いかけられる。
そう思うのも無理はない。
ここは主要駅から離れたベットタウンだ、
サラリーマン風の男がいれば仕事帰りだと思うだろう。
「いや、このへんではあるんだけど・・・。
あんまり外食をしなくてね、わからなくて」
「そう・・・。....じゃあ、うちの店とかどう?」
女性は艶やかな黒髪を揺らし、少し首をかしげる。
カラーコンタクトだろうか。グレーがかった瞳が街頭の光を帯びる。
「うちの店、とは」
「この先の住宅街でカフェ経営しててね。
ディナー用のメニューもあるよ」
カフェ経営。このけだるげな女性が。
そもそも結構若く見える。確実に自分より年下だろう。
・・・新手の詐欺だったりしないだろうか。
「新手の詐欺?なんかぼったくりBar的にやられちゃう?って思ってるでしょ」
「あ、いやっ・・・・」
「はい、じゃあこれ」
そう言って差し出されたのは名刺だった。
『Cafe-Mio- オーナー 夏木澪』
名刺には店舗名と女性の名前__夏木の名前が書かれている。
「夏木澪と言います。突然声かけてごめんねお兄さん。
よければうちのカフェ寄っていきません?」
改めて誘われる。けだるけなのに、優しそうに微笑む。
なぜか、ぐっときてしまった。
「あ、ありがとうございます・・・では、ぜひ」
「どうもです、案内しますね」
夏木はふらりと立ち上がり、歩き出す。
慌てて追いかける。
「あ、あの」
「ん?」
「なんであそこにいたんですか・・・?」
「ちょっと色々ありまして。気にしないで」
「はぁ・・・」
この雰囲気でちょっと色々ありまして、は
変に妄想してしまう。男関係とか?
やっぱりすごい怪しいところに連れていかれるのではないか、
そんな気持ちも持ちながら、ついていく。
5分ほど歩き、住宅街のつき当たりに差し掛かる頃。
「ここです」
こじんまりと、可愛らしい外観で
軒先には【Cafe-Mio-】の木看板。
「ほんとにカフェだ」
「名刺まで見せたのに疑ってたの?」
「あ、いや、すみません・・・。あなたの雰囲気が、
どうしてもカフェオーナーっぽく見えなくて」
夏木は小さく笑う。クールな美女、という印象だったが
笑うと優しく愛らしい表情になる。
「よく言われますけどね。__どうぞ」
夏木がカフェの扉を開ける。
ゆったりとしたBGMに、柔らかい照明。
カウンター席数席と、テーブル席3席。
カウンター席の向こうには、アルバイトらしき男性。
「いらっしゃいませ」
カウンター席の向こうにいる男性は、
人懐っこそうな笑みを浮かべている。
「あれっ、オーナーもう帰ってきたんですか」
「うん。駅前でお客さん捕まえた」
「えぇ?!客引き?!」
「そんな強引なことしてないよ。ほら案内して」
夏木は話ながら店内の奥へ消えていった。
入口で取り残され、どぎまぎしながら
アルバイトらしき男性を見やる。
「わ、すみません!こちらのお席どうぞ!」
カウンター席に案内され、ハイチェアに腰掛ける。
ハイチェアというと座りづらいイメージがあるが、
なぜか座り心地が良く、フィットしている。
「こちらメニューになります、ゆっくりお選びください」
メニューと一緒に、丸いグラスに水が注がれる。
店内もそうだが、全体的にとても洒落た店だ。
メニュー表にはディナーメニューと記載があり、
定食・単品メニューそれぞれ記載がある。
ちいさなお店だが、メニューの取り揃えは中々のものだ。
「じゃあ、このハンバーグ定食を・・・」
「承知いたしました!お飲み物はいかがですか?」
「あぁ・・・では、ウーロン茶を」
「ありがとうございます!少々お待ちください!」
アルバイトらしき男性__名札に「優」と書かれている。
優は小さく頭を下げて、店内の奥へ引っ込む。
入れ違いで、夏木が奥から出てきた。
先ほどまでは緩くまとめていた髪を、ポニーテールに結び直し
カーディガンを脱いでエプロンを着ている。
「ご注文ありがとうございます、少しお待ちくださいね」
そういうとグラスを拭き始める。
必然的に伏し目がちな表情になり、また色っぽく思わず心臓が鳴る。
さきほどからおかしい。
夏木が何かするたびに、どきどきしている自分がいる。
なんとなく目が離せず、見てしまう。
「....何かついてます?」
視線に気づいた夏木がこちらを向く。
「え?!いや!?なにも?!」
「....そう。じゃあ、どうしました?」
「その・・・」
会社以外で女性と話すなど、接待以外ここ数年なかった。
果たして、こういう時思ったことを口にしてよいものだっただろうか。
口に出すとこれも何とかハラスメントになるのではないか。
そもそも、女性と話をするにはどうするんだったか。
頭の中でぐるぐると思考するが、なにもまとまらない。
「ねぇ、お兄さんさ....」
不意に、夏木が少し顔を寄せる。
少し切れ長の目に、長いまつ毛。グレーの瞳。
白い肌、薄めの唇。いい香りがする。
思考が止まった。
「なんか、緊張してる?」
夏木は口角を少しあげ、その瞳で古川を捉える。
なぜだろうか。逃げられない感覚。
「あ、の、・・・・」
口ごもる。なんといえばいい?
「.....かわい」
夏木はふっと軽く笑うように、言葉を漏らす。
そのまま近づけた顔を離し、またグラスを拭き始める。
___自分の顔が熱くなるのがわかる。
かわいい。そんなこと言われたことがない。
自分でもいうのもおかしいが、いい大学を出て
いい会社に入り、それなりの容姿を持ち、
ハイスペックともてはやされる側の人間である。
「ど、あ、の、どういう意味ですか・・・?!」
若干パニックになりながら、聞き返す。
心臓が鳴りやまない。
かわいいと言われて憤慨しているとか、そういうのじゃない。
違う、心臓の高鳴り。
「ん?そのままの意味だけど」
本当になんでもなさそうに、ちらりとこちらを見て言う。
それから、グラスを置いて、もう一度こちらを見た。
「.....お兄さん、かわいいね」
___何かが、弾けた気がした。




