古川朔也の日常と
午前8:00___
満員電車に辟易しながら、
痴漢対策に両手をしっかり吊り輪にくぐらせ
車窓に流れる見慣れた景色を眺める。
『次は~___駅、___駅~。お出口、左側です___』
主要駅に到着し、雪崩を思わせる勢いで乗客が降りていく。
そこに混ざって流されるように降りていき、
改札をくぐって3番出口を出る。
それから徒歩3分。
主要駅周辺ではめずらしくもない、
それなりの高層ビルの自動ドアをくぐり、
社員証を掲げエレベーターで10階まで上がる。
10階まで上がり、エレベーターを出てすぐ。
【㈱豊蔵】と印字されたメタリックな看板を横目に、フロアに入る。
「おはようございます」
すでに出勤している社員はまばらにこちらを向く。
主に女性社員と目が合うが、これはいつものことだ。
___【㈱豊蔵】は、いわゆる大手商社に分類される
同業界の中ではトップ3入る会社である。
そんな会社で日々社畜として精進しているのが、
古川朔也(32)である。
2年前から営業主任に昇進し、より日々社畜道を邁進している。
「古川さんおはようございます。出社早々にすみませんが・・・」
「おはよう、昨日社内メール飛ばしてた件だよね?大丈夫だよ、後で連絡しておくから」
「えっ、あ、ありがとうございます!」
営業に出社も退勤も休みもない。生きてる時間すべてが仕事にあてがわれる。
そんな生活に反発したこともあったが、この歳になるともはやどうでもいい。
とにかく日々が円滑に平和に回れば、それでいい。
デスクに座るまでで何人に声をかけられたか、
数えるだけで無駄なので数えたりしないが、15分は経っている。
やっとデスクにたどり着き、デスクチェアに腰かけてすぐ。
先ほど自分が降りたエレベーターからばたばたと走り寄ってくる社員が1名。
「主任~~~~!!」
「フロアを走るな・・・。おはよう一ノ瀬、どうしたの」
ばたばたと走り寄ってきたのは、入社2年目の一ノ瀬徹(24)。
黒髪短髪で凛々しい顔つき、いかにも体育会系な彼だが
細身ですらりとしたシルエットがどうも性格と一致しない。
「__社の事務から連絡があって、この発注の納品数が
全然足りてないっていわれてて・・・!」
愛嬌もあり、みんなから愛されてはいるが
想像通りバカで仕事は気合で取り組んでいる。
「・・・その話、いつわかったの?」
「昨日です!!」
「なんで昨日報告しなかったの」
「忘れてました!!」
バカなんだよなぁ、ほんとに。
「はぁ・・・あのね、一ノ瀬。納品数があってないって、ようはうちのミスなわけでしょ?
即日対応しなきゃ、うちの品質が疑われちゃう。わかるかなぁ」
「はい!・・・うわ、ほんとだ!!申し訳ありません!!」
大きく頭を下げられる。謝るスピードはピカイチで早い。
この素直さがバカでも愛される理由だろう。
「とりあえず、一ノ瀬は足りてない納品数を確認してすぐに手配してね。
配送手配するよりこっちで運ぶ方が早いだろうから、そうしてくれるかな。
今日は社用車も空いてたと思うから。OK?」
「はい!わかりました!いってきます!!」
またばたばたと走り去っていく。どこへ行くのはか分からないが、
指示されたことをこなす能力はあるので大丈夫だろう。
「主任っおはようございますっ」
一ノ瀬と入れ替わりでデスクまでやってきたのは、
入社4年目の加藤あいら(26)。
THE今時!という感じの女の子だ。
「おはよう加藤。どうした?」
「こちら昨日の会議議事録ですっ」
「あぁ、ありがとう。・・・加藤はいつも手書きだね。大変じゃない?」
丸みのあるキレイな文字で読みやすいが、
近頃はボイス録音からAIで議事録作成できるため
手書きの議事録をもってくる社員は珍しい。
「全然です~っ!主任のためなら、なんでもできますっ」
「はは、そっか、ありがとう。でも、今度からはAI作成でいいからね」
手書きで議事録をとって清書する時間があるなら、
いくらでも他業務がある。そちらにまわってもらいたい。
直接的に言ってしまうと何とかハラスメントとかになるので、言わないが。
「は、はーい、、わかりましたぁ」
くるりと背を向け自席へ戻っていく。
若い子は元気でいい。元気がゆえに、コスパ重視できない事も多い。
この年齢になると、いかに無駄なことを省けるかに注力してしまいがちだ。
自分にとって、現時点では仕事が一番必要なことで、それ以外に注力する気力も元気もない。
それこそ、20代中盤までは恋多き男だったと自分で思う。
それなりにずっと恋人がいて、仕事と恋愛を半々くらいに生きてきた。
だが、20代後半頃から、仕事以外で誰かに頼られることが面倒になってしまった。
恋愛においては頼られるというより甘えられるが正しい気もするが、
なんにせよ常に年下との恋愛が多かった分、甘えられる役割ばかりで
その対価みたいなものを見出せなくなってしまったのだと思う。
その反面、仕事はある程度役割に対して給与が反映され、
釣り合ってないことはあってもそれ相応の対価が保証されている。
だから、この歳になって、仕事以外のことに気持ちが向かなくなってしまったのだ。
自分のルックスのせいで、日々女性社員からの視線は感じるが
こんなものは直接的なことがなければ無視一択である。
無視、といっても気づいていない風を装うだけなので、おそらく迷惑はかけていない。
頼むから、みんな恋愛はそこそこに仕事に励んでくれ。
そんな気持ちを小さく携えながら、今日も仕事に勤しむ。
___
午後20:30___
「主任!お先に失礼します!おつかれさまです!」
「おつかれ、気を付けてね」
にこにこと元気よく一ノ瀬が帰っていく。
今日は朝に報告された納品のこともあり忙しくしていたが、
さすがの若さで疲れなどみじんも感じさせない。
__定時が18:00なこともあり、すでにフロアの人はまばらだ。
そろそろ帰ろうと、パソコンを閉じ立ち上がる。
「主任っ」
声の方を見ると、帰り支度を終えた加藤がにっこりと立っている。
「ああ、おつかれ。気を付けてね」
「あ、はいっ、あの~・・・主任、今日はもうすぐお家帰りますか?」
「ん?うん。まぁ買い物くらいはするかな」
「それ以外は予定ないですかっ?」
「・・・どうしたの?」
「その~・・・夜ごはん、いっしょにどうかなと思いまして!」
これもよくある。
ランチもよくあるが、夜飯の誘いも頻繁にある。
いくら生きてる時間すべてを仕事だと思っているとはいえ、
退勤後まで同僚と一緒にいる気にはなれない。
なお、この誘いに何か仕事以外の感情があったとしても。
「誘ってくれてありがとう。でもごめんね、
昨日の残り物を今日食べてしまわないといけなくてね。
それじゃあ、おつかれさま」
「あっ・・・・」
さくっと断り、フロアを後にする。
こういう時にどきまぎしたり、
変な理由を立てるほうが後々ややこしくなるものだ。
エレベーターで1階まで降り、社員証を掲げてビルを出る。
ふわりと秋風が吹く。夏も終わって、ちょうどいい季節。
ふと、近ごろ会社と自宅の往復のみだったことに気づく。
もう1人暮らしも長く、自炊が当たり前になっていて外食の方が珍しい。
久しぶりにどこかで食べて帰ろうか。
同僚からの誘いを断った手前、会社付近では難しいか。
ひとまず最寄駅まで帰って、そこから考えよう。
____
PM21:00__
最寄駅に降り、スマホのマップアプリを立ち上げる。
最寄駅だというのに、会社と自宅の往復に全力を注ぎすぎて
近くの飲食店など全く把握していない。
くるくるとマップを操作しながら、うーんと唸る。
何が食べたいかと聞かれると何でもという気持ちであり、
とはいえチェーン店はなんか違う。
そう思いながら、駅前のベンチに移動して腰掛ける。
____
「お兄さん、なんか困ってる?」
不意に声をかけられ、ばっとおどろいて声の方を向いた。
腰かけたベンチに先客がいたらしく、見えていなかった。
そこには、少しけだるそうな女性が一人。
口元はタバコかとおもったが、棒付きキャンディーっぽいものを咥えている。
白い肌に、妙に色っぽい雰囲気。でも、別に色っぽい服装とかでもない。
少し低めの声がそう思わせたのだろうか。とても、不思議な女性だった。




