第18話 秋。
帝都での秋の舞踏会に間に合うように、少し早めに出発することにする。
古着屋で買った服は、もう着る機会もないだろうから、俺の分もアンナの分も新しい村長のところに置いてきた。
ハンネスが飲みに誘ってくれたので、奴の宿舎に出かける。
奴はワインを何本かと、チーズを用意してくれて待っていた。
「お前は、任期はいつまでだ?」
「5年だから…あと2年は田舎生活だよ。早く嫁と子供のところに帰りたいよ。お前は?」
「俺か?俺は2年の休暇が終わるから、また仕事に戻るさ。」
「そうか。あの子はどうするんだ?」
「どう、って?」
ハンネスがワインを注いでくれたので、軽くグラスを合わせて飲む。
まあまあのワインだな。
「お前…あの子と本当に何にもなかったのか?俺の部下に聞いたら、ウーノに行っていた時、片時も離さないでつききりで…」
「だって、危ないだろう?」
「だって、って…一緒に寝てたんだろう?」
思わず口に含んだワインを吹きそうになる。危ないじゃないか、ハンネス。
「寝てたって…まあ、一緒に寝てたけど…警備上の問題だしな。うん。」
「本当の本当に?それだけなのか?」
ハンネスが身を乗り出してくる。おい。
「本当に本当だ。それ以上でも、それ以下でもない。」
はあああっ、と大きなため息はなぜだ?ハンネス?
大きなガタイでグラスを握りしめている。
「あのな…お前がソフィーア様を好きなのは知っている。それで、女を寄せ付けないことも。」
「え?」
「まあ、公然の秘密、みたいなもんだ。みんな知っているから何も言わないんだ。」
「ええっ?」
「なあ、ランベルト、意地になっているんじゃないのか?確かにエルゼ国は皇帝に反意がないことの証明に第一王女を差し出した。が、今となってはあの方は大事にされている。御子だって3人もいて、正妃で、揺るがない。いいか、ランベルト…」
「……」
「もう、戦いは終わったんだ。あの方を犠牲にしたと思うな。止めなかったお前の兄上を恨むな。それから…お前はお前で幸せになってもいいんだぞ?」
「ハンネス?」
「まあ…お前は不器用だからな。だから、信用されるんだけどな。」
ハンネスは言いたいことだけ言って、自分で手酌で飲みだした。
自分の、幸せか…考えたこともなかったな。
そんなの、どこにあるんだろうな。
「まあ、飲め飲め。」
それから俺たちは昔話に笑って、酒を飲んだ。
*****
ハンネスの宿舎から家に帰ると、遅くなったのに、珍しくアンナが起きていた。いつもなら俺のベッドでぐーすか寝ている時間だ。
「どうした?」
シャツを着替えていたら、後ろから抱きしめてきた。明後日には帝都に向かうから…心細いのかな、こいつ。
「…どうした?」
同じセリフをもう一度言った。
アンナは俺に後ろからしがみつきながら、とうとう言った。ずっと、そう思っていたんだろう?
「…私は、アルバ国に帰る。」
そうか。そうだと思った。荷造りしていて…夏に収穫したお前が大事に育てていた乾燥に強い麦、あれを持って帰りたい、と言ったときに。ああ、こいつ、国に帰りたいんだなあ、って思ったよ。帰るんだな。
「そうか。」
俺の腹に回されたアンナの腕が少し震えている。それはそれで…大変な選択だな。
「ランベルト、お前に一つだけお願いがあるんだが、聞いてくれるか?」
「ああ。いいぞ。なんだ?」
「絶対に聞いてくれるか?」
「ああ。剣に誓ってやる。」
「うん。ありがとう。」
アンナの頭が背中にめり込むほど押し付けられる。
「私、乙女のまま国に帰ったら、また泉に放り込まれるだろう?お前に抱いてほしいんだが。」
「え?」
「私、もう23歳だけど…初めてだからさ…お前がいいんだ。」
えええええええっ???
「ありがとう、ランベルト。ごめんね、お前に好きな人がいるの知ってるけど。どうしても…お前がいい。言えてよかった。」




