第12話 朝。
畑仕事から帰ってきたアンナに、事の次第を伝えると、さすがに緊張した顔をしていた。そりゃあそうだよな…
「お前の姉上がどんな扱いをされているのかはわからない。何を見ても聞いても、騒がず、声をあげず…感情的になるな。難しいかもしれないが、お前の身の安全が守れない。つれて行った護衛まで危険な目に合うかもしれない。わかるな?」
「…うん。」
「お前、馬は乗れるか?」
「乗れない。」
「そうか。」
アンナの畑はしばらくの間、農家出身だという新人2人に見てもらうことにして、出かける準備を整える。遠征用の非常食とかはあるので、困ることはないだろう。あとは簡単な着替えと毛布、くらいか?
翌日にアンナに小さな軍服を着せる。
14歳ぐらいの子も志願して軍に入るので、サイズ的にはまあまあか。
「お、中々似合うじゃないか?な?お父ちゃん?」
こいつ…態度はでかいが、本当にチビだな。
深々と帽子をかぶせる。
俺も着替えて、久しぶりに副将軍である証の勲章を付ける。
これまた久しぶりに髪を香油で撫でつけて、かきあげる。
鏡によく日に焼けた金髪のいい男が映る。
どうよ?俺?ちゃんとした格好をすると、結構いい男じゃない?ちらりとアンナを見ると、
「お父ちゃん…黙っていればいい男なんだな?」
なんか…俺、喜んでいいのか?
駐屯地に出向いて、馬を引き出していると、丘を越えてくる商隊が見えた。
ハンネスが見送りに来てくれた。
「気をつけてな。骨は拾ってやる。」
「ハンネス…お前はいつも、一言余計なんだ!」
商隊の代表に挨拶して、ここから先の護衛を交代する旨をアンナに伝えてもらう。
「はい。わかり ました。」
ゆっくりなら帝国公用語も使えるらしい。公用語を教えてくれたのは、長とその妃らしい。…と、いうことは?当人たちは二人とも帝国公用語でいけるんだな。
アンナを抱き上げて馬に乗せてから、自分も乗る。
駐屯地の歴代の新人兵士が作った壁の大きな扉を開けて広がる平原に踏み出す。
*****
乾いた風が吹いている草原を進む。
長がいるテントまでは10日ほどで着くらしい。
ビアンカ山脈がどんどん遠ざかっていく。
夜になると商隊のメンバーはさっさと自分たちでテントをこしらえていく。さすがに手慣れている。
俺たちはツェルトと呼ばれる、一人用のテントを広げて休む。
俺とアンナも一つのツェルトを使うことになる。危ないからな。
「襲うなよ?」
ツェルトの中はそう広くはない。元々一人用だし、こいつはチビだから大丈夫だろうと判断したんだけど。襲う?って、俺が?お前を?
「ないない。ないから安心して寝ろ。」
乗りなれない馬に乗って疲れたんだろう、俺がそう言うとすぐにアンナは寝息を立てた。早いな…。まだ、子供みたいに見える、あどけない寝顔だ。こいつがいつも言う通り、一度死んだのだとしたら、こいつはまだ一歳ちょっとだ。そう思ったら笑ってしまった。
俺はこれでも…これでもって…まあ、もてるんだ。断り切れずに渋々出た社交でも、ご令嬢方に騒がれた。こいつと違ってもっと若くてぴちぴちな、出るとこ出ている女の子な。遊びなのか本気なのかはわからないけど。そんな気もなかったし。ほとんどは戦場にいたし。
4年前に突然副将軍とかになって、ますます縁談が増えた。実家は公爵家だしな。俺はスペアだけど。12歳までは兄と同じ教育を受けてきた。家を飛び出して騎士養成学校に入ったが。どのみち…受け継ぐ身分も領地もない次男坊以下は自立を目指すか、跡取り娘の家に婿入りするか、だ。
…俺は、ソフィーアに騎士の誓いを立てたから。
10年…いやもう11年か…
幼馴染は俺の守るべき人の近くにはいるが、随分と手の届かない遠い存在になってしまった。
長いこと馬に乗った。ビアンカ山脈がどんどんと遠ざかり、しまいにはるか遠くに黒い影を落とすだけになった。
周囲の音に耳を澄ますと、風の音と誰かのいびきが聞こえる。
一寝して、焚火をたいて警備していた兵と交代する。
急に寒くなったと思ったら、空が白んでくる頃になっていた。
毛布を一枚持ってきてかぶりながら、丸太に座って火の番をしている。
朝日が、地平線から上がってくるのを見て、大きく息をする。
もぞもぞと起きてきたアンナが、その風景を眺めているようだ。
「綺麗だな。」
「ああ。そうだな。」
「もう少し寝て置け。まだ早い時間だぞ?寒いし。」
ツェルトから出てきたアンナにそう言ったが、奴はほとほとと歩いてきて、俺の隣に座る。
「ほんとだ。寒いね。」
…人の話、聞けよ。
仕方がないので、十分に温まった毛布を半分掛けてやる。
くっついてきたアンナがひんやりしている。
「今日の夕方には着くらしい。…さすがに、緊張してるか?」
「…うん。」
「いいな?何があっても、俺のそばから離れるな?」
「…うん。」
妙に…素直だな。




