第87話 M40:森の恩恵(その6)I benefizi dalla foresta:sesto
第三段階の中ボスを倒して、入口を通過する。
フィールドは森林地帯に変わった。
樹々が立ち並び、空が見えない。木漏れ日が、其処此処に差している。
地は背丈の低い草々がびっしり覆う。
敵と思われるものは居ない。動くものも居ない。
透き通るBGMに乗せて、爽やかな風が吹き抜ける。
「ほぅ、静かじゃのぅ」
「確かに敵の気配がありませんな」ポロロン♪
その時、サブの肩に止まる幻影が警戒するような仕草を見せる。
「腕輪はん、どしたんや?」
「来ます!」
淡く煌めく光がふわふわと現れる。ここに入った時と同じものだ。
今度は、たくさんの淡緑の光が集まって来る。
ふゎんとあまり聞かない音を立てて光が次々に割れる。
「妖精たちだわ~」
「こっちに好意的とはワイには思えん」
予想通り、妖精たちは、こちらを睨み付け傲然は言い放つ。
「ここに何しに来た? ここは樹々草木たちの美しい世界、秩序を乱す人間などが立ち入って良い場所ではない」
「何と言うか、傲慢そのもじゃのぅ」
「仕方がないわ~、妖精たちは視野が狭いから」
「何と、我らを愚弄するか?」
そのときサブの生命の腕輪が煌めき、聞いたことのない効果音が警告のように鳴る。
「お待ち下さい!」
鈴の音のような声が響き渡る。
サブの肩にとまっていた幻影が、軽く空中に飛び上がり前へと移動する。
「これは?」
「あり得ん!」
「幻影に干渉出来るわけがない」
動揺する精霊たちに軽い声で話掛ける。
「あなた方は間違っていますね」
彼女の思念と共に明確な意志が伝わって来る。
「この人たちは……この人は、そんな人じゃありません!」
羽を震わせる度に、露草色の煌めきが吹雪くように舞う。
周囲の妖精を圧倒する存在感
「我らが誤っていると?」
「そうです。でも、私の話などどうでもいいことです。まずこの人の話を聞いて下さい」
「分かった。話を聞こう。同族の声を無視する訳にはいくまい」
妖精たちは落ち着いたのか、近くに集まりつつある。
「さぁ、サブやん」
「お、おぉ、では」
サブは咳払いをして話始める。
「ワイはサブ、古地三郎という。あんたらは何で動物嫌いなんや? この世界に動物と植物が居るのは当然じゃないんか? 要はバランスじゃないんか?」
「我々は樹々草木だけで調和を保てるのだ」
「植物間でも水や日光を求めて競争してるやろ。動物の糞は肥料になる。また、ミミズや昆虫が植物の生育に役立たないとは言えんじゃろ?」
サブ――いつになく弁舌爽やかだ。
「ふぅむ。我らでは話になるまぃ。族長さまに来て頂こう」
遂にラスボスの登場か? 舌戦なら、今のサブは頼りになる。
「ご足労を掛けるが、こちらへ来て頂けぬか?」
お、言葉遣いまで丁寧になった。
「少しは理解したようじゃな」
「そうね~。単純なのは扱い易いわ!」
「植物バカの浅知恵ですな」ポロロン♪
二人とも、聞こえないようにしろよ。
「油断は禁物だけど、ここは大人しく付いて行こう」
サブとその幻影を先頭にして森の奥へ進む。
樹と草が群生する中、細い道が続く。
少し開けた場所に、木の瘤が盛り上がって、椅子のようになっている。
王座の席かぃ? その割にはあっさりし過ぎてる。
一人の妖精が一メートルくらいある薄緑の卵を抱いてふわふわと飛んで来る。
「お出ましのようじゃな」
「ラスト・バトルは舌戦で済むのかしら?」
彼女が卵を抱いたまま椅子の上に座ると、卵にヒビが入り、十歳くらいの男の子が現れる。
「せっかく気持ち良く寝てたのにな」
可愛い男の子の声が響く。
「族長さま、こちらの人間たちは――」
「あぁ、聞こえていたよ。面白い人間たちだ」
膝を組んで、面白そうにこちらを見下ろす。
「さて聞かせて貰おうか」
笑顔でこちらを見据えて来る。他の妖精と違う圧倒的な存在感がある。
サブは相手の威圧感など、どこ吹く風と、幻影を連れて前に出る。
「ワイは言いたい。なんであんたらは自然に逆らうのか?」
「ボクたちが自然に逆らっていると?」
「そうや、自然には生き物が居る。動物と植物が居るのは見れば分かる」
敵のボスを真直ぐに見て、悠然と主張する。これほど雄弁なサブを見るのは、初めてだ。
「動物と植物は元々同じ生き物から始まったんや。何で片方だけ排除するんや?」
「動物と植物は同じものだと?」
「そうや。昔々、自分の力でエネルギーを得ようと考えたんが植物や。それで葉緑体を利用して自分で光合成を始めた。その生産物をちゃっかり横取りしようとしたのが動物の始まりや。自然は植物と同時に動物も生み出したんや。それを否定することは自然を否定することやんか」
族長は楽しそうにサブを眺める。
「確かに動物たちは植物がのうなったら全滅や。しかし、植物でも動物を頼らなければ繁殖できない種類がある。代表的なもんは虫媒花や。虫が居らんようになったらその植物たちはどうするんや? 全滅やで! あんたは見殺しにするんか?」
サブの言葉に族長は笑って先を促す。
「人間が種を撒いてやらんと繁殖できん植物もあるわ。人が品種改良した結果やけど、そういう植物はのうなっても良いんか? 自然は動物と植物が共存するようになっとるんや。無理矢理変えてどうする? 不自然なのはあんたらや!」
族長さん、というか男の子は声を上げて笑い始める。
「全くキミたちの言う通りだ」
「族長さま!?」
「彼の話を論破できるかね?」
妖精たちは黙り込む。
「久しぶりに面白い話を聞いた。ここに居る妖精たちは頭が固くてね。いつも同じ話しかしないんだ」
じっと見つめて来る男の子の眼が煌めく。
「分かった。恩恵をあげよう」
彼の声とほぼ同時に、若苗色の光に包まれる。眩しさに目を開けて居られない。
「それと、特別だ」
空から青緑の閃光が落ちて来て、サブの真上に落ちる。
「サブくんと言ったね。良い幻影を持ってるね。大事にしなよ」
「言われるまでもないわ! 腕輪はんは、ワイの生命や!」
「ボクを楽しませてくれて、ありがとう」
周囲の全てが淡く光り出す。世界が溶けて行く。
「また会いたいもんだね」
生命の腕輪から効果音が響く。
“ワイド・インスタンスクリア:森の恩恵„




