第80話 F34:森の喫茶店 Caffè nella foresta
森の中のある場所に喫茶店があるという。
店の主人が望まないと近付くことすらできない。
噂で聞く程度なのだが、何だか迷い込んだみたいだ。
森林の中に小川が流れている。
せせらぎと葉擦れの音が聞えるだけ、獣や鳥も居ない。
森の中をゆっくり進むと、古びた木橋が架かっている。
”こちらへどうぞ„ と誘っているようだ。
橋を渡って、細く曲がりくねった小道を進む。
古びた木造りの家が見えて来る。
これが噂に聞く喫茶店なのだろうか
近付くと入口と思われるドアに ”OPEN„ の表示がある。
ドアを開けると、シャランと鈴の音がする。
「いらっしゃいませ」
澄んだ声が迎えてくれる。
細身で金髪、緑の瞳、そして長い耳
エルフの女性だ。
この世界では珍しい。
「お好きな席へどうぞ」
お言葉に甘えて、大きな窓の傍にある席に着く。
森の緑が良く見える。
「メニューです」
二つ折りになった革カバーのメニューが渡される。
数々の紅茶が目の眩むほど列挙されている。
ダージリン、ウパ、ディンブラ、キーマン、アッサム、ジャワ
ブレンド:ロイヤルブレンド、イングリッシュブレックファースト、アフタヌーン
フレーバー:アールグレイ、アップル
おすすめ:エルフブレンド
「紅茶がメインなんですか?」
「ええ、ここは紅茶しかありません」
「紅茶は詳しくないのですが、どれがお勧めでしょうか?」
「そうですね。エルフブレンドなど如何でしょう」
「オリジナル・ブレンドですか?」
「はい、そうです。飲みやすいと思います」
「えっと、変なことを聞きますが、何でここで喫茶店を?」
「ゲームですから」
涼やかな声で思いがけない応えが返って来る。
「本音を言えば、現実で喫茶店を開きたいので、修行しているのです」
「ゲームで修行ができるんですか?」
「このゲームはとても凝っていて、紅茶を淹れる時にも、茶葉の良し悪し、湯の温度、蒸らす時間など色々な条件でで確率を変えているようなのです」
「それはまた……」
「ええ、プログラムを書いた人が紅茶好きなのでしょう」
エルフの微笑みに引き込まれるよう。
「どうやっても、同じ味にならないのです。現実で修行するとコストが掛かりますが、ここなら時間だけで済みます」
「興味本位で聞くのですが、茶葉はどうやって入手を?」
「冒険者の集う街に、一軒だけ茶葉専門店があるのです。そこの店主が色々やっているようです」
「そんな店があるんですか? 何やら運営の仕掛のような気がするのですが」
「そうですね。そのような深読みをしてしまいます」
「何か目的がある?」
「多分ですが、人間の味覚を研究しているのでしょう。味覚の再現は、とても難しい問題らしいです」
「何処かの飲料会社が資金を提供しているとか」
「ええ、そうですね。茶葉ケースに某会社のロゴマークが入ってますので」
「このお店はいつ開いているのでしょうか?」
「私の気が向いた時だけですね」
「それ以外はここに入れないんですか?」
「この近くは入れない魔法を掛けています」
「特殊な魔法なんですね」
「はいそうです。ここに来る途中に小川を渡ったと思うのですが、店を閉めている間は、あの小川が存在しません」
「なるほど、ボクは運が良かったと」
「それでは紅茶を準備しますね。少しお待ちください」
とても素敵な時間がゆっくりと過ぎて行く。
「お待たせしました」
エルフさんの声で意識が戻される。
細く美しい指がティーポットを掴み、
温まったティーカップに紅茶が注がれる。
白の中に琥珀色が満たされる。
最後の一滴が注ぎ口から離れ、琥珀色の表面を揺する。
波紋が広がりカップの縁に当たって戻って来る。
「ゴールデン・ドロップ」
思わず声が出る。
「ええ、最高の一滴ですわ」
紅茶の香が漂い、夢現で時が流れる。
これもゲームだろうか?
いや、ゲームもライフの一部だよね。




