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第79話 F33:杏の里(その3) Villaggio di prugna:terzo

 薄い眠りの中から呼び戻される。

「うっ、うっうぅ!」

 虹色の羽を打ち振り、身体を痙攣させるベル

「ベル!」

 そっと包み込む両手の中、亜麻色の髪が指に絡む。

「アルフィっ! これ以上待てない」

「何か思い出したの?」

「あなたに、あなたに助けて欲しかったの。っもう時間」

 生命を振り絞るように声を出す。

「ね、聞いて」

 消え行くように可憐な響き

「これから、あなたには試練が来る。でも諦めないで。絶望の先に待っているのは素敵な仲間たち。あなたは仲間を救い、仲間に救われる。決して諦めないで、生きることを諦めないで」

 微笑むベルの姿が霞んでいく。

「ベル! ボクは何をすればいい?」

 問う声に藍色の瞳が寂しげに見返す。

「そう私は自然、人の想い。あなたに助けて欲しかった」

 ベルの身体が空間に溶ける。

 霧が晴れるように辺りの景色が代っていく。


 戸惑う意識に腐臭が流れ込む。

 辺りは地獄絵図だった。

 焼け爛れた杏の木の中に腐乱する死体が層を成す。

「これは? こんな、あり得ない」

 辺りを見回すが眼に動くものは映らない。

 死体はあちこちが切り刻まれ、衣服は大半が剥ぎ取られている。

 これは、人のやったこと――いや人にしかできないこと。

 しかし、何故?

 耳に何かの音が聞こえる。

 救いを求めるようにそちらへ走る。


 そこに、生れたばかりの女の娘が居た。

 執念で産み落とした女は、魂を失い空ろな眼――亜麻色の髪

「ベル……」

 泣き声さえ掠れる細い命を抱き上げる。

 魔法で呼び出した水を、赤ん坊の口に含ませる。

 女性の身体に僅かに残った衣服を取り、微かに動く命を包む。

 不器用に、でもしっかりと抱きしめ、風の結界を纏い、飛ぶように走る。

 遠く微かに、人の家らしきものが見える。

 残った力を振り絞り、気持を駆り立て、真直ぐに向かう。

 腕の中でぐずる娘に眼をやると、僅かに開いた瞼――藍色の瞳


 小さな緑にかこまれて、一軒の小屋が建つ。

 走って来る音に気づいたのか、一人の男が待っている。

 緩めるように結界を解きながら、足取りを落とす。

 老人とも思える男は、抱く子をみて悟ったかのように誰かを呼びに行く。

 白髪混じりの妻らしき女が走り寄って来る。

「この娘を……」

「分かりました」

 抱いていた娘を渡す。

「まだ子を育てたことない人だね。任せなさい!」

 慣れた手つきで受け取り、愛しげにあやす。

 小屋に戻った夫婦は忙しげに動き始めた。

 男は湯を沸かし、女は何かの増せるものを温め始める。

 もうすることは何もない。

 小屋に背を向け、ゆっくり歩きはじめる。

 張り詰めたものが切れたように身体が重い。

 杏の樹に身を寄せ眼を閉じた。


「お若いの」

 尋ねる声に意識を取り戻す。男と娘を抱いた妻らしき女がいた。

「この娘は、どうされた?」

 問う男に応える。

「下の村にいた」

「そうか、よくもまた……」

 安堵するような息をついた男は吐き出す。

「大きな戦があってな」

「聞きたくない!」

 振り払わずにはいられない。

「そうじゃろうな。しかし、生き延びるのは生き残ったものの務めじゃ、諦めるわけにはいかん」

「そう、そうだな」

 男の声に気を取り戻すように頷く。

「さて、お若いの! この娘に名をつけて欲しいのじゃが」

「ボクが?」

「助けたものの責任じゃ」

「そういうものなのか?」

「世の中はそういうもんじゃ」

 予期せぬものを任せられ、戸惑う。

 ふと見渡すと、杏の枝が眼に入る。

「……プラム」

 何故か口をついて出た。

「プラムか、良い名じゃ」

 男は納得したように何度も肯く。

 子を抱いた女が赤ん坊に話かける。

「あんたの名はプラム!そう、プラムは良い子じゃ」

 眼の前の杏の枝に手をおき、確かめるようにしながら男に問い掛ける。

「この辺は杏が多いのか?」

「以前は山を覆うほどにあったのじゃが、これが最後の一本じゃな」

 気がつくと甘い香が漂う。

「これからどうなさる? お若いの」

「また、旅をする」

 風が舞って髪を揺らす。

 ふっと、ベルの声が聞こえたような気がする。


  生きることを諦めないで……


 そう、決して諦めない。


 “インスタンス:杏の里„ は略綬があった。

 杏色と若草色の縦縞に杏の実のシルエット


 いままでのインスタンスとは、何かが違う。

 ベルの想いを貰ったのか、魔法が強くなったのがはっきり分かる。

 周囲の人たちからは、何があったのか聞かれたが、きっかけが掴めたと応えて置いた。

 嘘は吐いてないよね。ベル……


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