第80話、カスティーゴ、撤退
ワイバーン・スタンピードにより、城塞都市カスティーゴは壊滅的大打撃を受けた。
守備隊と冒険者の生き残りは半分を下回り、さらにその半分近くが負傷と、再度のダンジョンスタンピードがあった際、まともな戦力として期待できない状況にあった。
俺とベルさんはまず、エルティアナと合流。怪我をしていたが、飛んできた破片がかすった程度で、すぐに治療可能な軽傷で済んだ。
クーカペンテ戦士団と合流。ぼちぼち無事な者たちの顔を見て安堵したのもつかの間、ヴィックと崩れた住宅街を歩く。
「冒険者ギルドの建物はなくなった」
地上に降りたワイバーンが破壊した。ギルド職員にも死傷者が出て、ベルさんがランク昇格試験での対戦相手を務めた戦士のウルゴが戦死したという。受付嬢たちを守っての死だった。男として、尊敬する。
「守備隊本部も、見ての通り半壊。生き残った幹部は、この町を放棄するそうだ」
「町を放棄?」
「ああ、カスティーゴの守備要綱にあるらしい。守備兵力の悉く喪失し、城壁などの防御機能を喪失した場合、守備隊は住民と共に後方の都市へ後退。そこを防衛拠点とする」
「なるほど……」
俺は、朽ちた建物が立ち並ぶ一角を眺める。死んだワイバーンが、建物にめり込むように横たわっている。
「確かに、今の状態は、まさに後退もやむなし、と言ったところか」
「守備隊は、もう撤退準備にかかっている。おれは冒険者の代理責任者だから、他の冒険者たちに守備隊と共に撤退するように告げるつもりだ」
ヴィックはそこで言葉を切り、立ち止まった。
「ジンたちはどうする? 撤退するか?」
「俺たちか?」
振り返ると、ベルさんはどこかへ行ってしまったようでいなかった。エルティアナは、俺の後ろに控えていたが、いつもの如く意見を言うでもなく、俺を注視している。
「邪神塔ダンジョンを攻略しようと思っている」
俺は、視線を戻さず、そのまま言った。
「次のスタンピードが起こる前に、あの塔を攻略してやろうって決めた。だから、撤退で時間を使わず、ここに残るよ」
「……」
そこでようやく視線をヴィックに戻す俺。クーカペンテ戦士団の団長は、考え深げに視線を足元に落としたが、その間は一瞬だった。
「君ならそう言うかもと思っていた。なら、おれたちも残る」
「いいのかい?」
代理とはいえ、冒険者グループの代表だろう?
「殿軍を務めると言えば、誰も文句はいわないさ」
少なくとも、カスティーゴの住民は、守備隊や冒険者が護衛につくだろうが、その後ろに残っている部隊がいると聞けば、少しは安心するだろう。
「寝床は大丈夫かな……」
「確認しないといけないな」
俺たちは町の冒険者用宿、ヴィックらはクーカペンテ戦士団のアジト――ワイバーンの襲撃でどうなったか見る必要があるな。宿屋のほうは、撤退で無人になるが、まあそれについては雨風さえ凌げればいい。もし破壊されているようなら、どこかで寝床を確保しないといけない。
・ ・ ・
時間の経過と共に惨状がより伝わってきた。
守備隊は、現在の生き残りの住民をまとめ、救助作業もそこそこに町から撤退した。冒険者たちも、大半のワイバーンの死骸をそのままに町を離れた。負傷者を満載した馬車や荷車を護衛する彼らを、俺たちは見送った。
俺たちが、モンスターが攻めてきた時の防波堤として、町に留まると思っている住民や冒険者たちは手を振っていた。
さらばだ、戦友よ。神の加護あれ、ってか。
人が去ったカスティーゴで、俺とベルさんはワイバーンの死骸の後始末。要するに、後で解体できるようにストレージに放り込んで、とりあえず腐るのを防ぐというやつだ。同時に町中を捜索し、生存者などがいれば保護する。
その間に、クーカペンテ戦士団は拠点の設営。やはりと言うべきか、俺たちの宿泊していた宿も、彼らのアジトも戦闘により被害を受けていたのだ。
瓦礫が散らばる、石畳だった道を行く。至る所に血の跡がこびりついている。戦闘の跡が生々しい。
目に見える範囲の遺体は、手早く片付けてから守備隊は撤退したが、瓦礫に埋まっていたり、行方不明の者は時間がなかったのでそのままにされている。
その中で生きている者がいれば……。だが残念なことに、死体はあれど、生存者にはついぞ出会わなかった。
暗鬱とした気分。それが重荷となってのしかかるのは、安否確認できない知り合いの存在。
その筆頭は、ザーニャさんだった。
町を離れた住民たちの中に、彼女の姿はなかった。娼館の同僚たちも、ザーニャさんを見かけていないと言っていた。
この町の廃墟のどこかにいるのか。それとも、ワイバーンに喰われてしまったのか。数えるほどとはいえ、親密な時間を過ごした女性だ。俺の中の喪失感が半端ない。
身内が亡くなった時以来か、これほど胸の奥が捻れるような痛みは。わずかな間の思い出が、何度となく蘇ってはため息となってこぼれた。
ひと通りワイバーンの死骸回収と、通り道の捜索を終えた後、カスティーゴを出て、センシュタール工房へと足を向ける。
城塞都市がやられても、妖精たちの工房はいつも通りそこに建っていた。夜が近づいていたから、淡い照明が灯っていた。そこで初めて俺は安堵した。
そしていつも通りに迎えてくれるリリ教授に、心の底からホッとする。
「カスティーゴは大変だったね」
前例のないワイバーンのスタンピードに、教授も心配だったようだ。俺は、都市が一時的に放棄されることを伝え、続いて邪神塔についての考えを伝えた。
「邪神塔の破壊、ねぇ……」
教授は難しい顔をした。
「気持ちはわからなくはないが、これまで一度もその試みがされなかったと思うかい?」
「……」
前にも、邪神塔をどうにか破壊できないか考え、行動に移した者がいたらしい。……そりゃそうか。週一のダンジョン・スタンピードなんて、今では当たり前な風潮もあるが、本当ならないほうがいいに決まっている。
当然、どうにか攻略したり、あるいは壊せないか考えるのが普通なのだ。
「ただ、あの塔は、あれでダンジョンだからね。外から壊すなんて、まず無理だよ」
そもそも――と、リリ教授がダンジョンについて解説を始めた。
魔力の吹き溜まりにできる謎の領域。それ自体が生きているという説もあって、そこに生物を集めたり、周囲の環境を作り変えたりする。何故そうなのかは、まったくの謎。
そして時に、ダンジョンはコアと呼ばれる心臓のようなものを作る。そのコアの一帯は、テリトリーであるが、古代文明時代、そのコアを制御する方法が生み出されたとか何とか。
「今、存在する遺跡型のダンジョンは、おそらくその古代文明時代の産物か、それに関係しているというのがもっぱらだ」
そしてその手のダンジョンで厄介なのは、壁や床、天井が破壊できない特殊なもので構成されているということだ。
「破壊できない?」
「そう、破壊できない」
興味深いね、とリリ教授は笑った。
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