第79話、半壊する城塞都市
城塞都市の防衛網は、ズタズタだった。
冒険者ギルドの代理ギルマスであるヴィックは歯噛みする。
そもそも空を自由に行き来するワイバーン相手に、壁などほとんど役に立たない。弓兵が爆弾矢で、かろうじてワイバーンに打撃を与えている。だが乗り込んできた個体に対して、守備隊は蹂躙されるばかりであり、冒険者も上級ランカー以外はほぼ相手にならない始末だった。
うちの戦士たちはよくやってくれている――ヴィックは思う。
ガストンは兵を率いて、負傷者の救助や誘導に奮闘している。ユーゴも、陸のワイバーンに浮遊魔法具で飛び上がって大竜の槍で、一体ずつだか確実に仕留めている。
「団長!」
「ルバート兵長!」
臨時の野外指揮所に駆け込んでくる熊のような顔立ちの古参兵。
「西門もやられました! うちの若い奴も三人、戦死」
「……」
くそっ。思わず出かかる言葉は胸のうちに留めるヴィック。ルバートは続けた。
「増援は……無理ですかね?」
「どうせ敵は歩いてこないんだ。門などくれてやれ!」
飛んでくる飛竜に、城壁と門など気休めにもならない。
「まだいるな。……どれくらいに見える?」
「さあ……半分は倒したんじゃないですか?」
ルバートは答えた。ここまで走ってきて息が上がっているようだ。元々足は速くないが、老け込むのは早いと思った。
「よくやってくれてはいる」
「ええ、ジンとベルさんのおかげで、何とか保ってますね」
「あの二人な」
兜ごしに見上げれば、時々岩の塊が虚空に現れ、飛竜をまた一体、地面に叩き落としていた。
「大したものです」
「あれで、何体目だと思う?」
「さあ、でも半分くらいはあの人がやってるんじゃないですかね」
苦笑するルバートに、ヴィックも釣られた。
「あの二人がいなければ、ここもやられていた」
「ええ、今頃、全員、飛竜どもの腹の中でしょうね」
ルバートが目を回して見せた時、近くで建物――半壊状態だった冒険者ギルドが完全に破壊された。顔を出したのはワイバーン。野外指揮所にいる人間を見回し、口を開けて咆えた。
「うるせぇ!」
ヴィックはクロスボウを取り、ワイバーンの口腔めがけて矢を放った。口の奥に吸い込まれるように入った矢は、次の瞬間、衝撃で爆発。ワイバーンのドタマを破裂させ、その血と肉片をまき散らさせた。
「これで静かになった」
「大したもんですな、爆弾矢は」
感心も露わにするルバートに、ヴィックは新しいクロスボウを、控えている兵に頼んだ。
「これもジンがやったことだけどな」
矢に爆発物をつけて飛ばすというアイデア。ちょっと考えれば思いつきそうだが、これまで作られなかったのは、矢に重りがついて、純粋な射手たちが嫌がるからだろう。
遠くへ、正確に飛ばす、というのが弓使いたちの目標でもあり、それに反した武器だからだ。
だが彼らが自分たちで使って、それを見ていた者たちが『使えるのでは』と思ったことで、現在の爆弾矢による迎撃に繋がる。
彼が流行らせるきっかけを作らなかったら、この防衛戦はもっとひどいことになっていたに違いない。
「最後の爆弾矢になります」
兵がヴィックに新たなクロスボウを手渡しながら言った。
いよいよ進退極まったかな――これを無事に切り抜けられたら、もっと爆弾矢を量産してやる。ヴィックはそう心に決めた。
・ ・ ・
ワイバーンは馬鹿だと、俺は思った。最後の一体になっても逃げるということをしなかった。
いや、単に周りが見えていないだけかもしれない。
さすがにくたびれた。ワイバーンオンリーのダンジョンスタンピード、終結。
俺は壊れた城壁に降り立つ。
カスティーゴの街並みは、数時間前とは様変わりしていた。至る所から煙が立ち上り、建物の多くが半壊ないし倒壊している。飛竜の死骸もそこかしろにあって、比較的元気な冒険者が、解体をはじめていたりする。
……どこにそんな体力あるんだよ、まったく。
悪態のひとつも零れる。漂う腐臭は人か、それともワイバーンの死体からか。座り込んだら、もう立つのも億劫だった。
そんな俺の元にベルさんがやってきた。
「よう、ジン。生きてたな」
「ああ、何度か肝を冷やしたけどね……」
実際、空中戦は不慣れでね。危ない場面はあった。
「何体殺った?」
「さあね。十までは数えたけど、それからはやめた」
「なんだ、つまらん。オレは三十七、墜としたぞ」
「へえ、四割近いな。凄いや」
「お前さんも同じくらい墜としていたろ?」
「だとしたら俺凄い……けど、本当に数えてない」
それどころじゃなかった。大竜の魔法杖が、うまく魔力を増幅して威力を強化してくれたおかげだろうな。杖がなかったら、もう少し消耗が早くて、苦戦しただろうと思う。
「ひどいもんだ……」
眼前のカスティーゴは、まるで戦争映画でみるような、破壊された町そのものの姿だった。覚えのある建物もいくつか姿を消していたし、時々、町から絶叫や怒号が聞こえてきた。
「……いったい何人死んだんだ?」
何十、ひょっとしたら三桁? 沢山の人間が死に、そして傷ついた。
週一ダンジョンスタンピード? そんなものが当たり前になっていた町。だが当たり前のままにしておくのは間違いじゃないか。
「邪神塔をどうにかしないといけない。ダンジョンスタンピードを発生させないように」
あるいは、破壊してでも。
俺の中で、ひとつの決意が固まる。よそ者な俺だけど、それなりに愛着みたいなのがあったんだ。
見知った冒険者がいて、名前の知らない町の人がいた。知っている人も。
俺は立ち上がる。ベルさんが言った。
「どこへ行くんだ?」
「安否確認」
共に戦ったクーカペンテ戦士団や冒険者たち。そして娼館で世話になった娼婦のザーニャさんとか――
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