第72話、ダンジョン、浮上
邪神塔を襲った地震。皆が立っていられず、その場に座り込む中、俺はそっと浮遊の魔法で揺れの影響から逃れた。
「上に上がってる……?」
ヴィックの声。ティシアも周囲へ目まぐるしく視線を走らせている。
「まさか、塔が地上へ……!?」
……うーん、それってさっきの塔の模型もどきを上げたから? だよな、うん。他には何もしていないから。
たっぷり数分かけて邪神塔は揺れ続けた。ひょっとして永遠に続くんじゃないかと思っていたら、ガシャンと何かが噛み合うような音がして揺れが止まった。
同時に、四方の壁が幻のように消えた。先ほどの塔の模型も、壁ごと消滅する。明るい日差しが四方にあって、外――つまり深い森が見えた。
「……この景色、見覚えがあるぞ」
俺は思わず口走る。ベルさんも頷いた。
「ああ、これ、邪神塔の一階フロアだ。つまり、見えているのは魔の森で……地上に出てきたってことだな」
地上――その言葉に、ヴィックがガストンとルバートに、それぞれ確認するように命じた。クーカペンテの戦士たちが部屋を出て、外を確かめて戻ってくる。
「間違いありません、地上です」
ガストンが報告する。
「邪神塔は、これまでと同じ姿で建っています」
「我々は地下の最深部にいたはずだ」
ヴィックが俺たちを見た。
「だが地上に戻された」
「いや、戻された、というよりは仕掛けによって浮上したと考えられないか?」
俺は、以前、リリ教授と邪神塔ダンジョンの話をしたことを思い出した。かつてこの塔ダンジョンが地面から生えてきたとかいうやつ。さっきの模型もどきは、これのことだったのかもしれない。
ベルさんが頷いた。
「あの女の言っていたことは理解したが、ダンジョンが上下するギミックに、何か意味があるのか?」
「あるんじゃないかな。わからんけど」
俺は特に確証があるわけでもなく、いつもの適当丸出しで言った。
「少なくとも意味もなく仕掛けるにしては大げさ過ぎると思わない?」
「どうだかな。ただ上下するだけの塔かもしれん。ダンジョンを作る奴ってのは、大抵底意地が悪いからな」
皮肉げなベルさんに、俺も苦笑する。
「でもまあ、こういうギミックによって何らかの条件が発動するかもしれない。敵を殲滅したら次のフロアへの入り口が出たように、あの模型いじったら、隠されていた財宝が現れる、みたいな」
「本当か?」
ヴィックが聞いてきた。いやいや、適当なこと言ってるだけだよ、俺。
「ここまできて、財宝がなかった。正直、かなり落胆している。ここで無為の時間を過ごしたのではないか、何のためにスタンピードに立ち向かい、同胞を失ったか……」
「道半ば、だといいんだけど」
俺は先ほど下りてきた階段――今度は上りの階段に変わったそれへと歩く。
「何もないかもしれないけど、疑いがある以上、確かめないとスッキリしないからね。俺は改めて塔の最上階を目指す。……ベルさんは?」
「ああ、行くぞ」
速断するベルさん。クーカペンテの戦士たちはヴィックを見つめる。彼らの指揮官がどんな判断を下すのか、待っているのだ。
上へ行くか、ここで引き返すかは、それぞれが決めたらいいと思う。いま塔は地下50階ではなく地上1階だ。外に出るのもすぐだし。
「……こんなことなら、塔の1階にポータルを置いておけばよかったな」
そうすれば、いま最上階になっている場所までひとっ飛びなのに。ベルさんがニヤリと笑う。
「複数のポータルを展開しておく場所がねえからって、毎回更新していたもんな」
「結構頻繁に場所を更新していたからなぁ。あれを毎回新規作成していたら、いったいいくつのポータルを展開していたことになったか……」
「どれがどこに通じているかわからなくなってたぜ、絶対」
「違いない!」
ははっ、と互いに笑い合う。そこでふと、ベルさんが真顔になる。
「塔が地上に出てるんなら、正直に中を行かず、外から行かないか? 浮遊魔法なり使っていけば、案外すぐに行けるんじゃないか」
「地下じゃないから、そういう手もあるな」
一気に50階スルーできるならしたほうがいいよな。……中を通過しないと、ギミックが発動しないって可能性もあるけど。条件満たさず最上階へ行ったら何もありませんよ、ってこともあるかもしれない。
……まあ、まずは見てみよう。
ということで、俺とベルさんは1階となったフロアから塔の外へ出て、見上げる。
「……わぉ」
めっちゃ天候悪い。気のせいか、さっきから雷が塔の上層に落ちまくっているような。でも不思議なことに――
「まったく雷の音がしない」
「あれ、目の錯覚だと思うか?」
「ベルさん、使い魔飛ばしてみてよ。あの雷に当たったらどうなるか」
「その必要はないな。魔力眼にはあの雷がはっきり見える。音がしないだけで、触れたらたぶん死ぬ」
……うん、俺もそんな気がしてた。
「これ見ちゃうと、いくら防御魔法があっても、外からは飛んでいきたくないなぁ」
「オレは大丈夫だろうが、お前さんの魔法障壁だと、たぶん途中で剥がれちまうだろうな」
「……素直に中を行けってことだな」
頷き合うと、俺とベルさんは中へ戻った。ヴィックたちが待っていた。
「おれたちも塔の踏破を続けるよ。やることなくなるまで、終わりじゃない」
「オーケー、同志。じゃあ行こうか」
邪神塔地下49階あらため、地上2階へ。ま、一度来た道を逆走するわけだから、何とかなるだろう。
そう思っていたのだが――
・ ・ ・
「このダンジョン、各階層が異空間で繋がっているんだった……」
思わず天を仰ぐ。
あの墓標じみた石柱のフロアだったはずのそこは、馬鹿でかい通路のようなフロアになっていた。
不思議な青みを帯びた石を削り出した通路。まるで巨人が歩き回れるようなスケールのデカさだった。それ以外には特に何もなさそうだ。
「また手探り攻略だな」
フフン、とベルさんは楽しそうだった。そういうメンタルは見習わないといけないな、と俺は思う。
「正面に動き!」
幻覚にやられたユーゴに変わって補充された偵察員のロウガが警告を発した。
見れば、黒っぽいスライムのようなのが水玉模様のように無数に床に張り付き、そしてこちらへ動き出していた。
「スライムの弱点は炎だぞ」
ベルさんの助言。俺は前列に加わる。
「はいはい、なら一気に捲るぞー!」
炎よ――床にカーペットを敷くように火の魔法を広範囲に展開。さながら浸水するように流れた炎が、スライムどもを焼いた。
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