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第71話、最深部への道


 何か異常なことが起きている。


 幻覚を見たらしい。そういう者が何人かいた。


 石柱が自分の名前入りの墓標だとか、帝国兵がどうとか、ゴブリンがどうとか……。


 全員でなかったのが幸いだったが、とりあえず応急処置として、おかしな言動をしている者は、魔法でお眠りいただいた。そこからポータル経由で強制的に送還。


「いったい何だろうなこれは……」


 俺、ベルさん、ヴィック――そして彼の背中に顔をうずめたままのティシアで話し合い……。


「こいつも送り返すか?」


 ベルさんが半眼で、ティシアを睨めば「いえ、お構いなく」などと女騎士は顔を隠したまま言った。

 いや、構うだろう。よくもまあそんな状態で、話し合いに参加するよなぁ。


「幻覚を促す何かが、あるんだろうな」


 ヴィックは平然と話を進めた。


「魔法かな?」

「さあな。魔力眼では、特に見えなかった」


 ベルさんがそう言うのならそうなんだろう。そうなると、ますます謎だな。


 何故、幻覚を見た人間が全員ではないのか? あるいは影響するには個人差があって、また見てない俺たちも、そのうち幻覚を見てしまう可能性もある。


「原因がわからないのはよくないな。早々にフロアを抜けないと、幻覚にやられる者が増えるかもしれない」

「異議なし。だがジン。この広いフロアを探し回るのは骨だぞ」


 眉をひそめるヴィック。見た目、墓石のような石柱が無数に並んでいる以外、目印になるものがない。下りてきた階段がフロアのほぼ中央らしいが、さて、この広い広い部屋のどちらに行けば下行きの階段があるのか。


 一発で引き当てればいいが、もし見当違いの方向へ行ってしまったら、ロスが計り知れない。


 しかも幻覚を見る可能性があって、極力短時間で突破したい時ゆえ、厄介だ。


「まあ、こういう時のための偵察だ」


 ベルさんが例のハエ型使い魔を全周に放った。最初の頃のフロア突破にもお世話になった使い魔による索敵。頼りになる。


 結果が出るまで、警戒しつつ待機。時間制限はないが、急いでいる時は、待つだけでもじれったいものがある。


 またひとり、クーカペンテ戦士団の兵がひとり、発狂したのでスリープしていただく。意識を失った彼を、セラフィーナが様子を見ながら補充でやってきた別の兵に担がれてポータルへ運ばれていく。


「まだか……」


 俺はため息をついて、視線を外に向けて……二度、三度とまばたきする。


「ベルさん、俺もとうとう幻覚が見えたかもしれない」

「……安心しろ、オレにも見えた」


 遠くから、フードを被った魔術師のようにみえる人らしきものが、こちらへとゆっくりやってくるのが見えた。黒いローブに、赤の紋様。


 ふっと、フードの奥で、青い光が二つ浮かんだ。まるで眼だ。そして次の瞬間、その魔術師風の人物の周りに、青い火の玉が無数に出現した。


「これは幻かな?」

「他の連中に聞いてみたらどうだ?」


 ベルさんが剣を抜いた。ヴィックやクーカペンテの戦士たちも、それが見えたか武器を構える。


「……全員が騙されているのでなければ、どうやら本物のようだな」


 数十にもなった青い火の玉――ゴーストが一斉に飛来してきた。俺はストレージから安物魔法杖を一本取り出すと、それを掲げた。


「光よ!」


 邪なる霊を浄化したまえ――魔法杖の魔力を触媒に、幽霊系を消滅させる魔法を行使。まばゆい黄金色の光が走り、巨大スポットライトを浴びせるようにゴーストどもがまとめて光を喰らった。


 直後、軋むような悲鳴がフロア中に響き渡る。あまりに重々しく、しかも呪いじみた声に、思わず耳を塞ぐものが相次いだ。背筋が凍るようなプレッシャー。


 ゴーストを一層するつもりだったのだが、どうやら魔術師風の人物にも効いてしまったようで、その姿が塵となって消えた。


「え……?」


 終わり? 綺麗さっぱり、視界から敵がいなくなってしまい拍子抜けしてしまう。……やー、ベルさん、そんな目でこっち見ないでくれよ。



  ・  ・  ・



 どうやら敵はもういないらしい。そしてそれにより、以後幻覚や混乱は起きなかった。


「ま、面倒がなくなってよかったんじゃね」


 ベルさんはそう言ったが、どうにも消化不良といった顔をしていた。


 ハエ使い魔による索敵は終了。下への階段の場所を突き止めたが、それ以外に調べた結果、このフロアには武器や防具が、いたるところに落ちているのが発見された。


「このフロアで、例の幻覚に見せられ、同士討ちや混乱で死んだ者の遺留品かもしれない」


 と、ヴィック。ふつうに考えたら、邪神塔ダンジョンの49階に来た奴はいないはずである。だが、フロアがランダムでシャッフルされている可能性があるから、比較的浅い階層でこのフロアに当たった者がいたのかもしれないな。


「放置していても仕方ない。拾えるものは拾っていこう」


 軍資金や装備の足しに――クーカペンテ戦士団は常に武具を欲していた。


「幻覚に踊らされ、味方で殺し合うとか、洒落になりませんね」


 ユーゴの代わりとしてやってきたガストンが、そうコメントした。


 石柱が、本当に墓標のように見えてくる。このフロアだけで、何百、いや千を超えているだろうそれが墓石だなんて考えると、気分が滅入ってくるな。


 かくて、49階層を突破、いよいよ50階層に突入だ。


 先ほどがとても広いフロアだったのだが、今度は逆に小さな部屋に感じた。それでもそこそこ広いのだが、初めて外から見えた塔の大きさに合っているように感じた。


「……なんだここは」


 ベルさんが落胆したような声を出した。


 特に何もなかった。モンスターがいるわけでも、宝箱とかあるわけでもなく、ただ正面の壁に何やらレリーフがあるのみ。


 ……落とし穴に注意しつつ、その壁のもとまで歩み寄る。


 部屋には他に何もない。下への階段も。ようやく復帰したティシアが視線を走らせた。


「まさか、ここが邪神塔の最深部?」

「おいおい、何もないぞ」


 ルバート兵長が複雑な声をあげれば、ヴィックも口元を引き結んだ。


 ここが塔の最深部だとすれば、初制覇と言える快挙だ。しかし彼らクーカペンテ戦士団の目指した莫大な財宝は、影も形もなかった。


 ゴールまでたどり着いたのに、ご褒美はなし? そりゃがっかりもするわ。というか、俺も、正直これまでの道中は何だったの、と小一時間問いたい気分だ。……ま、誰に問えばいいかわからないけど。


 本当に何もないのか? 実はまだ下があって、隠し階段があるとか……。

 俺はレリーフみたいな壁のそれに歩み寄る。


「さて、こいつが最後の仕掛けかな」


 謎を解いたらお宝が……、なんて一縷の望みを繋いでもいいかな?


 それはレリーフではなかった。どうもこの邪神塔の模型みたいなものが壁に埋め込まれていた。


 どうも塔の模型が溝によって上下にスライドするようだ。今は溝の下半分に模型が収まっている。


 ……そうなると、上にスライドさせてみるしか、ないよな?


 俺は塔の模型に触れる。触り心地は石のようなそれを、グッと上へと押し上げる。


 すると、ゴゴゴっと音と共に震動が部屋全体を襲った。


 地震!? いや、これは――

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