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第70話、貯水槽の化け物


 俺の考えた策は、こうだ。水路から流れる水を全部、異空間へ落とし込む。


 いまはストレージを使っているが、その前まで使っていた異空間収納の魔法、その応用だ。異空間の口を開き、そこに水を流し込む。異空間は収納のように袋上にしなかったので、流れが水の収容限界を超えて逆流するということはない。


 このフロアの水が全部流れ出るまで余裕で流れてくる水を飲み込み続けるだろう。


 浮遊魔法で、壁をつたって各水路まで移動。水道の蛇口を捻るが如く、水の流入を阻止。壁に沿ったのは、作業中にプールの中の化け物を刺激して襲われないようにするため。


 正直、触手に捕まれて水の中に引きずり込まれるのは、御免こうむる!


 さて、肝心の水止めだが、八本中、四本が水の流れが緩やかだったが、残る四本が吹き出るように大量の水を吐き出していた。勢いがあったが、防御用の障壁と組み合わせて、異空間入り口へ水の流れをコントロールして、何とか収めることに成功した。


 水が流れ込まなくなったプール。俺は皆のところまで戻り、しばらく状況を見守る。


「……おー、水位が下がってきたね」


 中央でうねっていた触手が水面から出てきて――と、いうわけではなく、水かさが減ってきたので、その姿が露わになってきたのだ。ただでさえ濁っていたプール、壁も汚れで黒ずんでいる。


「……グロい」


 皆で観察することしばし、水がすっかり引いた頃には、巨大な化け物がプールの中央にデンと鎮座していた。大きさだけなら、大竜よりも大きいのではないか?


「オクトパス系か……それとも伝説のクラーケンってやつか?」


 ヴィックがそう呟いた。俺は引きつった笑みを浮かべる。


「タコの仲間には見えないな。頭はどこだ?」


 何と形容すべきか。頭のない超巨大タコ。ただ触手は太く大きいのが複数……八本以上はありそうだ。胴体の上にこれまた巨大な口があって、無数の牙のような歯が見えた。


「ベルさん、どう思う?」

「気味の悪いバケモノなのは間違いないな。ひょっとしたらこの世界の生き物じゃないかもしれない」


 遠い異世界の生物だってか? まあ、確かに異様ではあるがね。


「あの化け物の下に排水溝があるみたいだ」


 水が流れていく先が化け物の下の穴なのは確認した。


「どうするね? 見たところ、あの化け物の下に、ひと部屋ありそうだが」

「下への階段は、あそこかな?」

「この塔を作った奴がどんなのか知らないが、意地の悪い奴なのはわかる」


 ベルさんは皮肉げに言った。


「直接乗り込むにしても、あの化け物を始末しないと、たどり着けないだろうな」

「なら、ぶっ飛ばすしかないだろう」


 ヴィックが俺を見た。


「君の魔法でやれるか?」

「ファナ・キャハなら、たぶんぶっ飛ばせると思う」


 たぶん、それが一番簡単だ。大竜相手に使って、魔力のチャージは……大丈夫そうだ。


「しかし、いいのかな。魔器頼みってのは」


 あまりに頼り過ぎると、それが使えない時に途端に詰みなんてことになったりしないか。


「先のことを考えるなら、なおのこと皆の体力を温存できる時はしたほうがいい」


 ヴィックは化け物を睨んだ。


「あれを倒すために、全員でかかったら、どれだけの消耗、犠牲が出ると思う? 被害と疲労を予測するなら、魔器一発で済むなら、他は丸々温存できる」

「確かに」


 犠牲は少ないにこしたことはない。


「オーケー、じゃあ、ファナ・キャハを使う」


 ストレージから魔器を取り出す。


「こんにちは。いきなりで悪いが、さよならだ……!」


 ファナ・キャハの一撃。その赤い魔法が、化け物に襲いかかった。



  ・  ・  ・



 化け物が消滅し、プールだったそこはただのがらんどうな大部屋となった。所々散らばった肉片や体液の痕が残っている。触手の欠片が、ちぎれているのに動いていたりと気味が悪かった。


 臭気がひどいが、魔法で大半を吹き飛ばしたから、まだマシなものだと思いたい。


 奴が鎮座していた台の下には、排水溝が四つあって、ひとつの部屋を形成していた。水が流れ落ちる穴とは別に、次の階層へ下りる階段を発見した。ビンゴだ。


 俺たちは迷うことなく、次の階へ向かった。


 長い階段の先は、平坦な広い室内に無数の墓石じみた石柱が並んだフロア。薄ぼんやりと青い光が満ちている。そこには見渡す限り、高さ一メートルにも満たない石柱が整然と並んでいる。


「今度は墓場か……」


 思わず、ぼやきたくなる。ユーゴが肩をすくめた。


「墓場ってぇと、出てくるのはアンデッドですかい?」

「お約束だな」


 俺は振り返る。邪神塔ダンジョンを怖がっている様子のセラフィーナを気遣うつもりだったのだが、僧侶である彼女はまったく平然としていた。


「いや、私は爬虫類が苦手なだけなので」


 そう言いながら、指で十字のようなものを切る仕草。


「霊が出たら、お祓いしますよー」

「……ほっ、頼もしいね」


 心配するまでもなかったか。他に雰囲気にびびっている奴はいるかな……。と、ヴィックの背中に誰かへばりついていた。


 誰あろう、副団長ポジションのティシアだった。亜麻色の髪の女騎士が、ヴィックの背中に顔をうずめている。そのヴィックは決まり悪そうに自身のほほを指でかく。


「なあ、ティシア。皆が見ているんだが……」

「すみません、ごめんなさい、ヴィック。わたし、こういうの苦手なんですぅ……」


 普段は凛々しいティシアが、まさかお化けの類が苦手だったとは。……なにこのギャップ。ヴィックさんよ、ちと羨ましいな、そのシチュは。


 俺は、傍らにいるエルティアナを見やる。相変わらず淡々とした表情だが、ヴィックとティシアの様子を凝視している。……おーい、エルティアナさーん、大丈夫?


 彼女の前で手をひらひらさせるが、反応なし。おいおい、どうした?


「ジン」


 ベルさんの低い声。警戒を匂わせるそれに、俺も視線を周囲に飛ばす。が、特に何か現れたわけではなく――


「何かおかしいぞ、この部屋――」


 直後、石柱を砕かれる音がして、そちらに顔が向く。見ればバンドレが斧で墓石じみた石柱を叩いていた。


「冗談じゃないわい! わしの墓石など用意しくさりおってからに!」


 わしの……? え、何。その墓石、あんたの名前が刻まれてってのか? ちょっと洒落にならない。ホラーじゃないか!


「ボス! 帝国兵だ!」


 ユーゴの怒鳴り声。槍を構えた彼が、遠方を睨みつつ叫ぶ。


「なんで、こんなとこに帝国野郎どもが!」


 帝国兵? 俺たちは彼の目線の先を追うが、石柱以外何もない。帝国兵どころか、人の気配すらないのだが。


 たちの悪い冗談か? しかし、ユーゴは臨戦態勢のまま敵意を剥き出しにしている。どうも嘘や冗談には見えない。


「……ッ!」


 エルティアナの息遣いが聞こえ、俺の視線が動く。彼女は妖精の弓を構えようとしていた。その先は、ヴィックとティシア。


「おいおいおい!」


 とっさに手を伸ばして、矢を番えて、放つ寸前だったエルティアナの弓を押して、向きを変えた。


「何をやってるんだ!? エルティアナ!」

「敵が、ゴブリンが!」


 憎悪に満ちた目だった。彼女がいうゴブリンなどいないし、危うくヴィックの脳天に矢を突き刺すところだったぞ? というか――


「皆、おかしくなってないか……?」

更新時間の変更のお知らせ:次話は11時から昼12時を予定しております。


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