第26話、センシュタール工房
リリ・センシュタールいわく、今は合成魔法という、魔法で物を掛け合わせて、別の物に作り替える術を研究しているという。
「それの成れの果てがアレ」
リリが指したのは、何やら奇妙なオブジェ。西洋の兜に、何やらコケシのようなものが生えている。日本の戦兜には、武将の個性が出て、色々な飾りじみた角やらが付けていたが、さすがにコケシもどきは見たことないぜ……。
「兜と飾りをつけて、見栄えをよくしようとしたんだけどね……。見てのとおり、ふにゃふにゃの置物もどきになったんだ」
「こんなの被って、戦場に出たくないぜ」
ベルさんは正直だが、俺も同感である。まあ、笑いものになることで、兵士たちの緊張を和らげる効果はあるかもしれない。
「いちおう言っておくけど、それ失敗作だから」
「……ちなみに聞くけど、本当はどうするつもりだったんだ?」
「格好いいペガサスの飾りがついた魔法兜の予定だった」
どうしてこんな姿に!? ペガサスとコケシもどき、似ても似つかぬ。ベルさんがその兜に触る。
「……これ、何でできているんだ? やけに柔らかいんだが」
「ミスリル銀」
「嘘だろう?」
ベルさんが目を剥いた。ミスリル銀って、あのファンタジーでよくあるアレのことか?魔法兜とか言っていたから、魔法金属のミスリルかもしれない。だがベルさんの反応から見るに、どうもミスリルとは思えない質感になっているようだ。
俺も、その奇怪な兜を間近で眺める。
「へぇ。これ別々のものを掛け合わせたんだ……。合成魔法ってどうやるんだ?」
「職人が、そのやり方を簡単に教えるとでも?」
リリは、腕を組んで小馬鹿にしたような表情を作ったが、すぐに笑みを浮かべた。
「だが、知りたいなら、教えてやってもいい」
「いいのか?」
ちょっと意外。聞いていて言うのも何だが、彼女の最初の反応のとおり、教えてもらえないのが普通だと思い始めたからだ。
「うん。どうせ、教えてもできないだろうし」
「……」
なるほど。そういうことね。思わずベルさんへと視線を向けると、彼は肩をすくめながら苦笑している。
リリは、合成魔法について教えてくれた。ここでいう合成とは、物と物を『魔力』をつかってくっつけ、別の物を作ることを言う。AとBを結びつけてCにするということだな。
「どんなものにも魔力がある」
リリは、その幼い姿に反して、老練な教師のような口調になる。
「合成魔法とは、魔力を通して、違うもの同士の形を変え、元からひとつであったように作り替える」
ふむふむ。
「その物体を結合したり分解したりする。つまり、その物体に関しての知識も必要なわけだ。たとえば硬い金属がぐにゃりと曲がるところを想像できるかな? 魔法とは普通ではありえない、不可能なことを可能にすることができる。物に対して一方向からしか見ていないと、真に魔法を操る魔術師とは言えない」
長いので、三行でお願いします……というのはおいておくとして。
かつてベルさんも言っていた。できないかも、ではなく、できると信じること。あまり科学的に突き詰める過ぎず、ナゾナゾを受け入れるくらいの柔らかな思考が成功の鍵であると。
金属を曲げる? 普通にアプローチしたら無理なんだけど、本当に曲げる方法はないか、と考えれば、できるできないは別にして方法はある。
不思議なことに、物事というのは、いざやってみることに関して、方法や理論を熟知しなくてもできることも沢山あったりする。……もちろん、何故できるのか、その説明はできないだが。
こんなぼんやり理解でいいのか、と思わないでもないが、魔法のある世界だ。胡散臭い宗教よろしく、信じなさいと心で言い聞かせるしかない。
思い立ったら早速、ということで、俺はストレージから、すでに何度か使っている鉄のショートソードを取り出す。
突然、空間から剣が出てきたのを見やり、リリはわずかに目を見開いた。
「ほう、空間魔法が使えるのか。人間にしてはやるね」
俺は目礼して応えると、意識を剣へと向ける。要するにくっつけたりするわけだから、形を変えることができないとお話にならないわけだ。金属を曲げられるか? それを朝飯前でこなさなくては、合成魔法など不可能だろう。
剣を手に精神を集中。物質に宿る魔力に働きかける。曲がれ……曲がれ。頭の中でその様をイメージし、それを魔力として送り込む。
自然と目を閉じていた。金属とか、そんなことは考えるな。これは曲がるモノだ。曲がる、曲がる……粘土と同じだ。ぐねぐね、ぐねぐね……。
「……おおっ!?」
リリの驚いた声に、ふと集中が切れた。いや、正直、疲れたのだ。目を開くと、ショートソードがバナナのようなカーブを描いて曲がっていた。……わぁお。力で曲げようとすれば折れてしまうやつだ。どのみち、この剣は二度と使えないな。……って!?
俺は目を見張った。俺とベルさん、リリだけかと思いきや、周りにフェアリーや髭の小さなお爺さんとか、よくわからない人かも怪しいのが何人もいたのだ。いつからいた!?
「君、素質がありそうだね」
リリは好奇心のこもった目で、俺が曲げた剣をとり、触る。低身長の老人とか、小さな妖精も興味深そうに集まって、剣を見やる。
「初めてでこれなら大したものだね。どれ、今度はこれをちょっと持ってくれ」
そういうとリリは、どこからともなく、手のひらサイズの白い石の塊のようなものを出すと、俺に手渡した。
「これは? 鉱物?」
「ふむ。ミスリル銀だ」
へえ、これがファンタジー界隈でよく聞くミスリル。そのこの世界版か。思ったより軽いな。
「これを粘土のように柔らかくしてくれ」
「粘土のように?」
受け取ったミスリルの塊は、どう見ても石ころのような固形物。ちょっと触ったくらいで形が変わるような代物ではない。これを魔力を使って形を変えるということか。まあ、そうだよな。それくらい出来なきゃ、合成なんて無理だろう。さっきグニャってるミスリル製の失敗作とやらがあったから柔らかくはできるのだろう。
俺は目を閉じ、意識を再度集中する。粘土のように、というか粘土を思い浮かべよう。ガキの頃に遊んだ粘土。コネコネコネコネ。魔力を手のひらの上の塊に染みこませるイメージで……水を混ぜて柔らかくする、みたいな? 何となく『柔らかくする』という連想を込めて、手の中でそれを押してみたりを繰り返す。
どれくらいそうしていたか。ただの石の感触だったものが、ふにゃりと柔らかくなったような気がした。おや、粘土になってきたか。目を閉じたまま、手に魔力を集中させる。親指で押していた部分がへこみだした。手の中で石を動かして、押す場所を変えつつコネコネ……コネコネ。
「おー」
周りから感嘆のような声。目を開けて、俺は自分の手の中を見れば、まさしく粘土のように柔らかくなったようなミスリルの塊があった。
リリがズイ、と俺に顔を近づけた。
「君は、面白いね。合成魔法に興味があるみたいだったが、もしよければ教えてやってもいいが、どうする?」
何故か、前のめり気味にリリが言った。どうせできないだろう、ではなく、もっとやれ、と言わんばかりの変化である。
俺の答えは、もちろん、イエスだった。ただ、一応ベルさんにお伺いを立てておく。相棒は手近な椅子に腰掛けた。
「好きにしろよ。別にオレは慌てる用事もねえからな」
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