18.
たった君は、いわゆる「買い物件」には見えないと思う。
小柄で痩せ型、猫背で、真っ黒まっすぐな髪は前髪だけ長くて、今年25歳だけどまだ学生さんに見える。雨の中で再会したとき、正直わたしにはガラの悪そうな大学生に見えた。
学歴は高卒、お仕事については、たった君いわく「別に、普通のところ」「吉永が行くようなところじゃない」そうで、つまりわたしはよく知らない。
お寺の住職のお孫さんだけど、お父さんは跡を継がず、自己破産の経歴あり。たった君とご両親との仲はすこぶる悪く、音信不通状態。
敬語は得意じゃなくて、初対面の人と話すとき、ほとんど顔を見ずにぼそぼそとしゃべる。
そういうことを周りがどう評価するのか、たった君自身もわかってるんだと思う。たった君は、「ちゃんとした場所や人」に対して、距離をとろうとするとこがある。
わたしのお父さんとお母さんは、きっとすぐには賛成しない。
どうやって話そうかなあって、たくさん考えていたんだ。
鍋パーティで盛り上がったりはしたものの、深夜その足で籍に入れにいくとかそういうハッピーなたった君ではなかったので、わたし達はこれまで通り普通に、でもちょっとずつ生活をすりあわせていた。
結婚するって想定があるといろいろ決めやすいなあって感じながら、翌週グリングリンから戻った土曜日のお昼過ぎ、お母さんに電話した。
たった君と結婚するって話をするために。
『結婚?』
「うん。ごめん、驚かせちゃった?」
『そりゃ……でも、そうね。あんた、もう25だもんね。確かにもうそういう人がいないと遅いわよ』
うんうん、お母さんは急にその気になったようで、何度もうなずく。
『それで、どんな人なの。歳は? 仕事は。どこで知り合ったの』
「ま、待って待って」
矢継ぎ早の質問に慌てる。だめだめ、いつもこうやってお母さんのペースになるんだ。今日はわたしが、ペースを握らないと。
「えっとね、立田史彦君っていって、中学校のときの同級生なの。両円寺のお孫さんで、おばあちゃんもお花入れてたらしくて……」
『両円寺?』
「知ってるよね? うちの近くの」
『知ってるけど、あそこのご住職の息子さんって確か』
え、うわ。まさかなにか知ってるの、かな? でもお母さんは、そこでその言葉をとめた。
『……それで? 仕事はなにしてるの。いつから付き合ってたの』
思わずひるんだが最後、結局、面接みたいな怒涛の質問が始まった。
「……そんな感じで、毎日会いに行ってるの」
『…………』
ひととおりの質問を終えて、お母さんが黙る。
「え、ええと、もしかしたらちょっと心配かもしれないけど、本当にいい子でね」
『そりゃあそうでしょうよ。あんたには』
あ。これはだめな声ー。
『まあ、ちょっと頭冷やしなさい』
興味を失った声に、かちんと来る。わたしの大事な話を、勝手に価値のないものにしないで欲しい。
「お母さん、わたしの話も聞いてよ。まだお母さんが聞きたいことしか話してないよ」
『あんたの言うことなんてわかるわよ。いい人だって言うんでしょ』
「そ、それだけのわけないでしょ!」
そんな乱暴な。なんともお母さんらしくて困る。
『だってあんた、その子の仕事も家のことも、つまりはよく知らないんじゃない』
「それはおいおい、ゆっくり話していこうねって」
『だから、深い話ができてないんでしょ』
「ちがうよ、たった君はそういう話をしたことなくて、どう話していいのかわからないだけで、わたしに話そうってちゃんと思ってくれてるよ」
たった君は、愚痴はこぼしても、弱音は吐かない。男の人だからってこともあるだろうし、自分の気持ちを人に話さないで生きてきた人だから、やり方がわからないんだってこと、たった君と話すと感じる。
『じゃあ、結婚について考えるのは、その話が終わってからが筋じゃないの。その子、そんなんで結婚しようなんてよく言えたわ』
「わたしが言い出したの! たった君は最初断って」
『そうなの。じゃあ、あんたよりはものがわかってるのかしらね』
相変わらず興味のなさそうに、お母さんは言った。
『あんたね。育ちが違うと、無理なのよ』
「育ちって」
『両円寺のお孫さんでしょ。覚えてるわよ、何度か保護者会で話題にのぼったし、複雑な環境だろうってことはご住職と苗字が違うあたりでわかるし』
え、そうなの? 喉元まででかかった言葉をのみこんだけど、ほら、って言われてしまう。
『私が言うのもなんだけどね、あんたはね、世間知らずなの。苦労させてないもの。でもその子はあんたの知らない苦労をたくさんしてきてるの。あんた、あの子が保護者会でどんなこと言われてたか知ったら、絶対泣くわよ』
わたしは黙る。外から見たたった君を、お母さんのほうが知っていたことに気持ちがとられてしまって。
『あんたから言い出したなら余計だめだわ。支えてあげたいって思ってるんでしょ。同情はやめなさい』
「同情じゃないってば! お母さん、わたし、たった君をかわいそうって思ってるわけじゃないよ!」
そりゃ、同情したことはあった。でも今は違う。
『思ってなくても、だめ。あのねえ、あんたが、その子にふさわしくないの。苦労知らずのあんたじゃ、そういう子を支えられないの。育ちの違いっていうのは、それくらい大きいものなのよ』
思っていた向きと違った。反論する言葉を見失って、わたしは黙る。
『あんたは昔からかわいそうなものに弱いから。でも、そんなことで結婚なんてうまくいくわけないんだからね。相手に変な期待持たせるのはご迷惑よ』
ちがうよ、と言おうとして、声が出なかった。
電話を切って、しばらくぼけっとしていた。
のそのそと立ち上がって、コートを着る。たった君とムサシの家へ向かう。
***
わたしが昔からお母さんに頭が上がらないのは、理屈で勝てないからだ。お母さんはわたしよりもずっとお嬢さん育ちだったらしいんだけど、ぼうっとしたわたしとは違って如才なく立ちまわれる人で、勤めていた頃は仕事のできる結構な高給取りだったらしい。職場の人達とは今でも親交があって、子供の頃はわたしもよくかわいがってもらった。
お母さんがだめっていうなら、たいていの場合、正しい。それは大人になってからのほうが強く感じるようになった。お母さんに見えている世界はわたしより広かったし、お母さんが抱えている責任はわたしが知るより重くて大きかったって、わかってきたからだと思う。
たった君の家のドアの前で一度だけため息をつく。それからインターホンを押した。
中から、はーいって、ちょっとだけよそいきのたった君の声。
「あれ、吉永。なにしてんの」
ドアを開けてくれたたった君は、わたしを見て首をひねった。そうだよね、わたしはもう、勝手にたった君の家に入っていいお許しをもらっている。わたしもいつもだったら、チャイムだけ鳴らしてすぐにドアを開ける。たった君がいてもいなくても。
顔が笑ってしまう。
「えへへ。なんかたった君にドアを開けて欲しいなーって思って」
「なにそれ?」
たった君はたいして気に留めず、中に入っていく。わたしも靴を脱いでコートを脱いで、いつものところへかける。定位置のムサシは顔を上げて、わたしを迎えてくれた。
「ムサシー」
顔を近づけて、両手でほっぺをわしわし。それから背中をなでるのがいつものご挨拶。ムサシは数度、わたしの顔をなめて返してくれる。あんまりなめさせちゃいけないらしいけど、たった君はムサシからのアクションはやめさせない方針。若い犬なら話は別、らしい。
「ちょっと電話する。途中だったから」
「あ、ごめん! 切らせちゃったんだね」
いけないいけない、なんか甘えたくなったんだけど、しっかり迷惑かけてた。
「いいよ別に」
たった君はそう言うと、携帯で電話をかけなおした。たった君はこういうの本当に気にしないから、そういうところ楽だなあ、好きだなあって思う。いや、ぶっきらぼうすぎて最初なら不安になったんだけど、今はたった君に裏がないってわかるから。
始まった話し声を背に、流しに行く。水切りラックに置いてあるムサシのお皿が乾いてるのを確認、たった君はまだおやつをあげていないようだ。ムサシの食事は基本的に朝晩の2食で、土日とかわたし達がいるときだけ、お昼におやつをあげている。
数種類のおやつから、小指くらいのサイズのジャーキーとクッキーを選んで、お皿に入れた。ドッグフードを食べなかったムサシだけど、おやつなら市販のものも食べてくれるようになって、楽になった。別にここを楽したかったわけでもないけど。
電話しているたった君の邪魔をしないように、ムサシのところへ持っていく。お皿を鼻先に置くと、彼はのそっと体を起こした。最近は「しかたねえなあ」って空気がなくなってきたと思う。
鼻先をお皿に突っ込んで、ゆっくり食べる。
「あ、またクッキー食べない」
小さな声でつぶやく。このクッキーはあんまり好きじゃないらしくて、いつも残す。
残ったクッキーを手にとって鼻先に持っていくと、ムサシはしぶしぶ食べた。
「それ食うの?」
いつのまにか電話を終えたたった君が、うしろに立っていた。見上げて、首を振る。
「手であげないと食べないよー」
「えー俺が手でやったって食わないぞ、ムサシ」
「そうなの?」
不満そうな声に笑ってしまう。
「吉永には甘えやがって」
たった君がムサシの耳をむぎゅっと引っ張る。もちろん、痛くないのはムサシを見てもわかる。
「電話中にごめんねえ」
「いいって。あ、ウォークウィズドッグの人だったんだけど」
「ああ」
ウォークウィズドッグは、たった君がよく利用している、動物を売っていないペットショップだ。ペット用品、ペットホテル、トリミング、しつけ教室なんかをやっていて、わたしは最初、ペットを売ってないペットショップもあるんだって驚いた。
「相談ってか営業ってか」
営業? と首をひねる。だって、たった君はよく使ってるのに。
ムサシがおやつを食べ終わったら、ブラッシングの時間。すっかりムサシ用になった右側の押し入れからお手入れ一式を取り出して、まずは抜け毛をとるためのスリッカーをかけていく。たった君も横に座って、目やに取りの水をムサシの目元に含ませはじめた。こうやって先にふやかしてから取る。
「うん。あそこ、生体販売はやってないんだけど」
生体販売。胸がどきっとする。この場合は、ペットショップで動物そのものを売ることを差している。たった君と出会ってから知った言葉なんだけど、わたし、この言葉が苦手だ。
たった君はペットショップでペットを売ること、買うことを嫌悪している。殺処分は、生体販売するペット業者とその客が作っている、って。
「今度、行き先のない犬引き取って、そこのショップで里親探すのを始めたいらしいんだ」
「ショップで里親探し? ……えっと、どういうこと?」
「いや、そのままなんだけど。ペットショップで行き先のない犬を預かって、客と会えるようにする。で、縁組してく。ネットでそういうことしてるショップ知って、自分のとこでもやれないか検討してるとこなんだって」
「へえ……」
目元を湿らせ終えたたった君は、今度はムサシの耳掃除用の薬を流し入れる。ムサシはたれ耳、多毛、高齢で、耳垢注意中。お薬を入れるときは、わたしもブラッシングの手を止める。ムサシ、ぶるぶるするから。
「どう思うかって聞かれたから、いいと思うって答えた。吉永、保健所に行くのいやじゃない? たとえ犬を引き取る目的でもさ」
「……うん」
いやだ。つらい。わたしは一度も保健所って行ったことがない。あそこは悲しい犬達の最期の場所だって思っている。
「それに、里親の会とかも敷居高いと思う。なんてか、意識高い系の人じゃないと来ないだろ、ああいうとこ。でもショップで会えるなら、一般人行きやすいしさ」
たった君が綿棒を取り出したので、わたしもスリッカーを置いて、ムサシを抱いて軽く保定する。たった君は左耳をつかみ、綿棒で軽くお掃除開始。こそばゆそうなムサシはかわいい。
「俺、家族連れがペットショップの生体販売見て『かわいいねー』なんて喜んでんの、死ぬほどもやもやするんだけど。でも、子供が犬猫見れる場所ってのはあったほうがいいとは思うんだ」
「犬猫を見れる場所?」
「テレビの仔犬特集とか仔猫特集とかもきらいなんだよな」
話が突然変わった気がして、まばたき。まあ、ここから話がつながっていくんだろうから待ってみる。
「ペットショップとかテレビとかで、仔犬仔猫のかわいさばっかアピールするじゃん。そりゃ子供はそれ見て、仔犬欲しい、仔猫欲しいって思うだろ。子供の時期なんてほんの一瞬なのに」
なんとなく、たった君の言いたいことがわかった気がした。
「でも街のペットショップで里親探しやったらさ、そこには2,3ヶ月の売れ線なんてほとんどいないわけ。でも子供って別に成犬だって好きになれるんだよ。身近に感じる機会さえあれば、大人だって」
真っ黒になった綿棒を、ティッシュに置く。
「それで、行き先のない犬達を見て、成犬の魅力を知った子供が大人になったら、俺のむかつく状況は減るんじゃないかって気がする。だから、いいと思うって答えておいた」
むかつく状況、って。真面目な話なのに、たった君の自分視点っぷりが小気味よくて、ちょこっと肩の力が抜ける。
「まあ、それで、捨て犬預りたいけど金銭面での不安はあるから、今後もうちにフード買いに来てねっていう営業されてたわけ」
「そっか、なるほど。たった君に言えば、他の人にも回してくれるもんね」
「別にあっちのツテは俺だけじゃないけど、そういうこと。スーパーでもペットフード安売りしてるけど、俺はそういう活動してるショップから買うから」
わたしもこう聞いたら、そこで買うだろうし、グリングリンもそうだろうと思う。そのお店は他にフードの通販も考えているらしくて、それなら遠方から活動を支持する人が応援してくれそうだ。
「フードの質もあるしなー。あそこ、いいのしか置かないし」
たった君は、綿棒を乗せたティッシュを丸めて捨てた。これであとはわたしが目元を含めたブラッシングを終えるだけ。用の済んだ道具を片付けるたった君を横目に、わたしはブラッシングを再開した。
ペットショップで里親を探す、かあ。抜け毛をひっかく、さりさりと言う音を聞きながらゆっくりと考える。
「うまく言えないけど、わたしもすてきなアイディアな気がするよ」
わたしは、普通に、ペットショップで動物を見るのが好きだった。動物園とは違うかわいさだと思う。たった君に出会ってから、それを恥じるようになってしまったけど、でも今ペットショップの動物を見て喜ぶ子供がいても、責めたいとはまったく思わない。それよりも、ケージの中のかわいらしい仔犬達がどこから来て、売れ残ったらどこへ行くのかを知ったとき、傷つくだろうことが悲しい。
ペットやペットショップのあり方について触れた子達がおとなになった社会なら。確かに、「俺のむかつく状況」は減るのかもしれない。
「どうかな。まあ、うまくいったらいいよな。店の『ウォークウィズドッグ』って名前、一生犬と生きていくって気持ちでつけたんだってさ」
そう言うとたった君は、立ち上がって冷蔵庫へ行った。
そっか。犬が好きなんだなあ。
私は、犬を好きな人が好きだ。
たった君を見つめる。冬でもポットで作る水出し麦茶、わたしの分も用意してくれている。
「さっきお母さんにね、たった君と結婚するって話したよ」
たった君が動きを止めて、わたしを見た。
「反対されたんだろ」
「あはは。うん。頭冷やせって言われた。わたしじゃ無理だって」
「吉永じゃ無理?」
「お母さんには、わたしが頼りなく見えてしょうがないみたい」
「なんで? 俺のせいじゃないの?」
麦茶を持って隣に戻ってきてくれる。膝のムサシを揺らさないように、受け取った。
「たった君に迷惑だって」
「迷惑ぅ?」
「お母さんは、わたしが頼りないから、お母さんが思う『しっかりした人』じゃないとだめだって思ってるの」
「なんだ。やっぱり、俺がだめなんじゃん」
ちがうよ、と反射的に言いかけて、とめる。たった君を見た。わたしの視線に気づいて、たった君は気まずそうに、でもなんだよと睨み返してくる。
「お母さん、『両円寺の息子さん』とか『両円寺のお孫さん』について、いろいろ知ってたみたい」
たった君の表情をひとつも見逃したくなくて、じっと見つめながら告げる。
たった君は、黙ったまま、わたしを見返していた。
いやな顔をされると覚悟してたんだけど、たった君はそのまま、むしろおだやかになったように見えた。
「そっか。まあ、手間省けてよかったかも。なんにも知らないで、あとから聞いてないとか話が違うとか言われるより」
「あ、確かにそうかも」
ほんとだほんとだ。うなずいて笑うと、呆れた目をされる。
「なに笑ってんの。吉永のことだっての」
「え!?」
「俺の親のこと、たいして知らないだろ」
「そういうこと言うの!? たった君が話してくれるのを待とうと思って待ってたのに!」
「だから、聞いてどん引きすんの、これからだろって。俺も吉永に頭冷やせって思うもん」
あれ、なんだかたった君もお母さんみたいなんだけど。すねちゃうぞ。
「で? 他になんて言われたの」
いじけた目で睨んでみたのに、たった君は相手にしてくれなかったので、しぶしぶ答える。
「……育ちの違いは無理だって。わたしじゃ、たった君を支えられないって」
言葉は変えられなかった。お母さんは性格も言葉もきつい人だし、たった君は曖昧な言葉を嫌うから、ここでわたしが取り繕うほうがこじれてしまう気がする。
「俺もそう思うんだよなあ」
ムサシに手を伸ばしてなでながら、淡々と言う。そのたった君の顔を見ていたら、ちょっと眉をひそめて目をそらされた。
「吉永、わざわざ俺じゃなくても、もっといいのがいるだろ。吉永の母さん、普通のこと言ってる」
たった君から受け取った麦茶のコップは、ひんやりと指先を冷やす。強めの暖房でしっかりとあたためられた部屋で、ここちいい。
「俺は、なんていうか」
言葉が切られる。たった君の言葉を待つ。言葉を選ぶ時間は長かった。
「吉永は、知らないんだよ」
結局、さっきと同じ言葉をたった君は繰り返した。
たった君は、わたしから目をそらしたまんま、ムサシをいじり続ける。少し離れた道路を、車が徐行していく音が聞こえる。そういえば最近、アナログ時計の針の音を聞くことがなくなったなあ、なんて思った。
「たった君、これ、結婚関係なく聞いて欲しいんだけど」
そう言っても、たった君はわたしのほうを見ず、ムサシの鼻先をかいている。
「たった君はわたしのお地蔵さまだからね」
あ、こっち見てくれた。微妙な顔だけど。
「……それ、なんなの? 前も言ってたよな?」
「へへ。そういえば最近、あんまり手を合わせてなかった。ありがたやありがたや」
手を合わせて、すりすり。
「あのね、わたし、たった君のこと尊敬してるんだ。たった君に会って、はじめて人を尊敬するって気持ち、実感しちゃったくらい」
「なにそれ!?」
「たった君、わたし、たった君が好きだよ」
たった君に好きだって言うのも、好き。言うだけで、顔が自然、微笑んでいる。
「ちょっと不器用なところも、男の子っぽく負けず嫌いなところも、自分のやりたいことをまっすぐ誤魔化さないところも、人付き合いが苦手なのにちゃんと人と関わりを作ろうとしていくところも」
指をひとつ、ふたつ、折っていく。
「仕方ないなあって言いながら、行き先のなくなったおじいちゃん犬を引き受けちゃうところも。自分が小さな子供なのに、病気の仔猫を放っておけなくて必死に走り回ったところも」
ちょっと内容的にかぶっちゃってるのもあるけど、まあいいやで数えていく。
「私と会ってから、いただきますって一緒に言うようになってくれたところも。好きな献立と嫌いな献立で食べ方が違うところも。目を合わせなかったのに、今はちゃんとわたしの目を見てくれるところも。わたしね、たった君と目が合うとすごくどきどきするんだよ」
「……なんか、途中からいろいろ変わってきてると思うんだけど」
「照れた?」
「そういうの言われるの嫌いってのも覚えろよ」
「えーたった君が言わせてるんでしょー」
「なんで!」
「だって、たった君が自信なさそうなこというから。わたしはこの愛の気持ちを伝えないといけなくなっちゃうの。ほら」
ほらじゃないよ、ってたった君が表情だけで言っている。
「何度でも言うからね。わたし、たった君と一緒にいたい。それは全然特別なことじゃないし、可能なことだって思うから」
そりゃ、不安なんてあるけど。でも、犬達の未来を考えていけるたった君が、弱い人のはずがない。わたしだって、弱くない。たった君と会った、白ケツを死なせてしまったあの日、やりたいことを見つけたから。
「……だから、たった君も一緒にがんばって、欲しいなー、……とか」
最後が情けなくなってしまったのは、かたっぽだけやる気でも仕方ないからです! おそるおそるたった君を見ると、息をつかれてしまった。
「よくわかんない脅しされた気分なんだけど、合ってんのかな」
「合ってない、脅してない!」
どうだか、とたった君は肩をすくめた。それから眉を下げて、わかった、がんばる、と微笑んでくれた。




