かくご
昨日は霧と雨で分からなかったけど。
ホテルは小高い丘の上にあった。
大きな駐車場からは。
青く霞む対岸の四国の山々。
高い空に雲はなくて。
凪の海に白い航跡を連れた船。
島の山々の緑と。
鮮やかな瀬戸内海の風景が息づいていた。
その中でやたらに目立つ。
黄色の軽自動車に乗り込んだ。
運転席に座ったけんくんは。
シートの位置をしきりに調節していた。
私は私で。
お天気の良さと。
久しぶりのドライブに。
純粋に気分が上がっていた。
「じゃあ、覚悟して下さいね。いきますよ」
「はい、お願いします」
覚悟って。
大袈裟な気もするけど。
運転してないって言っても。
男の子だしね。
ガクンとなる車。
「ん、んんっ……」
しれっとサイドブレーキを外したけんくん。
「仕切り直しで」
「あ、はい」
ここは、さすがに突っ込めない。
私もきっとしてたかもだしね。
そうだね……
覚悟します。
ゆっくり走り出した車。
坂道を下って。
県道に入る。
けんくんの運転は慎重。
制限時速を守り。
模範のような安全運転。
でも、そのお陰で。
昨日、全く分からなかった。
夕凪島の景色や町並みを見ることが出来た。
今いる瀬田町は。
四方を山に囲まれている。
長閑な佇まい。
畑や民家が並んで。
すぐそばが海。
瀬田港近くは商店や建物が密集していたけど。
高さがないからか。
どこか空が広い。
海がなければ田舎の雰囲気に似てる気がした。
無口なけんくんは。
ガチガチのハンドルさばきで。
右折。
左折と車を走らせている。
国道から路地に入った。
「ここであってるのかな」
けんくんの不安もそのはず。
車の幅くらいの坂道を進んでいる。
「ナビは合ってるよ」
「ですよね」
道の両側にはオリーブ畑が顔出した。
エンジンを唸らせて。
坂を上りきると。
一本の大きな桜の木の前に出た。
その前を整備された道路が横切っている。
ナビは桜の脇を抜けていく道を示していた。
「行きますよ」
「うん」
桜の木を通りすぎて。
道は左に逸れた。
まっすぐ伸びる坂道。
離合が出来ない一本道。
左手の斜面の下には瀬田町がほぼ一望出来た。
道幅はそのままに平坦になった。
鬱蒼と木々が覆い被さってきて。
フロントガラスに木漏れ日が跳ねていく。
数百メートル山中を進むと。
『西龍寺入口』という立て看板が右手に見えた。
「ここですか……」
フロントガラスを覗き込むけんくん。
「ここですね……」
西龍寺への道はすぐそこから傾斜がきつそうで。
山肌を上へと続いているようだった。
それを示すように。
ナビが描く道は。
ヘアピンのようだった。
木々のせいで。
薄暗いのもあるかもしれないけど。
まだ。
着いてもいないのに。
どこか。
畏敬の念を抱いていた。
けんくんは。
ゆっくりとハンドルを切った。
想像以上の狭さと急勾配。
所によっては。
空へと向かっているようだった。
文字通りのヘアピンカーブを幾つか堪能して。
空が開けると。
駐車場に出た。
「はあ……」
車のエンジンを切ったけんくん。
なんか。
けんくんのエンジンも。
切れちゃったみたいな吐息。
「けんくん。ありがとう」
「あ、いえ。久々の運転には難易度高すぎました」
「ううん。上手だったよ。ありがとう」
「そうですか。ゆうさんに何かあったら、ご両親に申し訳ないですからね」
「え? もう、そんなこと気にしなくていいのに」
車を降りると。
陽射しは暖かいけど。
空気はヒヤリとして。
風が吹くと寒い。
私はカーディガンを羽織る。
「ゆうさん! 見てください……」
駐車場の縁で。
けんくんが指差した先。
遠く遠く対岸の四国が見える。
屋島に……
「寝観音様……」
「ええ。ちょっと震えました」
「うん。気持ち分かるかも」
「実際、目にすると違いますね」
「そうだね」
真下は崖。
でも、視界には。
空と海と山が。
伸び伸びと。
おおらかに佇んでいた。
お読み下さりありがとうございます。感謝しております。




