贅沢を求めた私
「良い感じの布があって良かったですね」
「ええ! これで、マジョー奥様に刺繍のハンカチを送れるわ。フィン様にも作りたいのですが、受け取ってくださいますか?」
「もちろんです! 嬉しい!」
あれから数週間。
何度かルワール様たちに「お屋敷に行きたい」と言ったのだけど、ぜんぜん許可が降りないの。レオンハルト様に教えていただき異力のコントロールが多少できるようになって、こうやって城下町へのお買い物するのはOKを出してくださったのに。
理由を聞きたいけど、そういう雰囲気じゃないから聞けないまま。
それより、今日はお買い物を楽しみましょう。
マジョーさんがお店を出すって話を聞いて、そのお祝いに金の糸を使って刺繍したハンカチをプレゼントすることにしたの。フィン様がついてきてくださってね。今は、布地と糸を買ったところ。
「では、戻ったら早速作りましょう」
「はい! 私も、何かお手伝いできることがあれば」
「ありがとうございます。フィン様はお優しいですね」
「そんなこと。ステラ様がお優しいからそう見えるんだと思いますよ」
ほら、フィン様はこんなにお優しい。
こんな私に……いけない。暗い気持ちになったらダメなんだった。外に居る時に、異術が暴走したらもう次からお出かけできなくなっちゃう! それは嫌。
そうやって暗くならないよう前を向いて歩いていると、とても懐かしく見知った背中が2つ見えた。
あれは、多分……。
「……あ」
「どうされました?」
「ちょっと知り合いが居まして……。ご挨拶してきてもよろしいでしょうか?」
「はい! では、この辺りでお待ちしていますね」
「お願いします」
あの後ろ姿は、間違いない。お父様とお母様だわ。数ヶ月会ってないけど、見間違えるはずはない。
でも、どうして城下町なんかに? 王宮に用事でもできたのかしら?
私は、荷物をフィン様に預けて走り出した。
心が躍るわ。
***
最初に何を話そう。
お元気かどうかを尋ねようか。それとも、異術の話をした方が良い? 最近、マナーのお勉強もしてるから、ご挨拶の仕方もちゃんとわかってる。それを見せようか。
どんな顔するかな。
戻ってこいって言われるかも。本邸に戻って、一緒にお夕飯を召しあがろうって。そしたら、ルワール様にお願いしてみましょう。
「お父様、お母様」
「!?」
「!?」
「お久しぶりです、ステラです。あの、突然居なくなってしまい、手紙も出せずにすみませんでした。私その、まだ資格は取ってないですが、ソフィーと同じように異術を宿しました。だから、あの……」
その後ろ姿は、やっぱりお父様とお母様だった。
正装しているから、王宮に行ってきた帰りとか? ゆっくりとお辞儀をして顔をあげると、とても驚いたような表情で私を見ている。
でも、いつまで経っても返事がない。
それに、お父様もお母様震えているような?
そう思った瞬間、私の視界は地面一色になった。
「どの面下げて来たの!」
「お前のせいで、私は爵位を剥奪されたんだぞ!」
「こんな恥ずかしい身体で外歩いて! 隠しなさいよ! この売女が!」
額に強烈な痛みを受けた私は、状況を理解できずただただ上から降ってくる罵倒に唖然とするしかない。起きあがろうとしても、何かに邪魔されてそれが難しいの。
それに、背中と後頭部が痛い。何度も何度も、何かに蹴られてるような。
この服は、王妃様からプレゼントしていただいたものよ。先週、異術のコントロールに成功した私に、ご褒美と言ってくださったの。だから、恥ずかしい格好ではないはず。
……ああ、そうか。最近サラシをしてないから忘れてたわ。お母様は、そっちを言ってるってこと? 格好じゃなくて、身体って言ったものね。
「ソフィーだって、お前がいじめたから異術が弱くなってしまったんだぞ! どうしてくれるんだ、この!」
「ふぐっ……! あ、い、痛い、です。痛い」
「お前のせいで! お前のせいで!」
「あのまま死んでれば良かったのに!」
「殺してやる!」
「ヒギィ! ふっ、ああああ!」
痛い、痛い!
尖った何かが、私の背中に突き刺さった。ピキッと、身体から変な音がする。それが、とても痛い。
頭もガンガン鳴り響く中、なぜこんな状況になっているのかを考えた。
お父様とお母様は、私を娘って言ってくださったのでしょう?
確かに、挨拶もなしに出て行ってしまったのは私が悪かったわ。もしかして、最初に謝罪を入れたほうが良かった? 失敗したな。
城下町の店が並ぶ中、私は周囲の人々の注目を浴びながら身動きが取れない状態で地面に伏せる。
楽しいことを考えないと。異力が暴走したら、お外に出掛けられなくなっちゃう。楽しいこと、楽しいこと……。
「あんたにこんな高級な服は似合わないんだよ!」
「いや! やめて!」
「アクセサリーだって、生意気だ! こっちは、金が入らなくなったのに!」
「そうよ、取りなさいよ!」
地面から離れたと思いきや、お母様がものすごい力で服を裂いてきた。そんなすぐに破れるような素材じゃないのに。
私は、人々が見ていることに気づいて、必死に身体を隠した。でも、それをお父様が止めてくる。ブレスレットを取ろうとしてるのも、どうにかして止めないと。これがないと、まだ異力が安定しないの。
やめて! お願い!
話しかけてごめんなさい。異術を宿したから、褒めて欲しかったの。ソフィーのように、可愛がって欲しかったの。昔のように、みんなで笑って暮らしたかっただけなの。
ごめんなさい、ごめんなさい。
「わっ!? な、なんだ!」
「キャ! 寒い!」
「……?」
急に、寒さが降ってきた。まるで雪でも降るような寒さが。
それと同時に、お父様とお母様が私から手を離した。バランスを崩した私は、そのまま地面へと倒れていく。このままだと叩きつけられると思い、怖くなってすぐに目を閉じた。
……でも、いつまで経っても、衝撃はやってこない。
「遅くなってごめんなさい、ステラ嬢」
「ちょっと下がってて。僕の異術って、加減ができないんだよね。特に、怒ってる時は」
最初、その声が幻聴かと思った。
でも、この温かさは幻じゃない。この声は、体温は……。
「……レオンハルト、様。ラファエ、ル、さま」
目を開けるとそこには、お2人の姿があった。
レオンハルト様は眩い光で私を優しく包み込み、ラファエル様はお父様お母様と私の間に入ってあちらを向いている。
その光景に安堵した私は、涙を頬に一筋零した。




