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発動しなかった異術


 炎の上位異術を展開させようと文字を空に書き始めると、突然ステラ嬢の全身が光り出した。その光に驚いた俺は、ラファエルの鋭い忠告もあって急いで文字と周囲に放っていた炎の壁を消す。

 それと同時に、周囲はシンと静まり返ってしまった。きっと、ここに居る誰もがこれから起こるであろう現象の正体を知っているんだろうな。……お屋敷の玄関先で顔を歪ませてこちらを睨む「ソフィー嬢」も、きっと。


「……ステラ嬢」

「ん……」


 腕の中で光り輝く彼女は、少々苦しそうな顔をしている。名前を呼ぶも、起きることはなく何やら悪夢でも見ているかのような印象を与えてきた。

 起こそうかどうか迷っているところに、近づいてきたラファエルが彼女の頭を優しく撫で上げてくる。俺もしたいが……体勢的に難しいな。


 この光は、異術を宿す瞬間のもの。

 光が消えれば、彼女は普通の人から異術者になるはずのものだ。故に、先ほどのように近くで異術を展開してしまうと、2つの異術が重なり合って最悪暴発が起きてしまう。だからこそ、ラファエルは止めてくれた。

 ステラ嬢は、どんな異術を宿すのだろうか。……ということは、今までの不思議な現象は異術を宿す準備だったのかもしれない。そんな話は聞いたことがないが。


「ステラ嬢? ……ステラ嬢?」

「気絶したままだね。さっきより顔色は良いけど……覚醒の光じゃなかった?」

「ルワール、診れるか?」

「待ってて、今診る」


 しかし、光が消えても彼女の体内に異術回路は確認できなかった。異術者同士ならできるはずなのにな。近寄ってきた2人も、不思議な表情になってステラ嬢を眺めている。

 体調は、先ほどと特に変わった様子はない。俺が癒したままの状態になっているのはわかるし、特段怪我や精神面の低下も認められないし……となると、さっきのはなんだったんだ? という話になる。


 無論、周囲も困惑中だ。少し離れた場所に居る団員とここの使用人のざわめきが、耳を掠ってくる。……が、若干2名だけ他の人々と態度が違うな。故に、かなり目立つ。


「はっはっは! やはり、出来損ないは出来損ないだな。異術を発動させる力すらない!」

「お父様、遅くなりましたわ。みなさまも、ごきげんよう」

「おお、ソフィー! アレが異術の光を宿したのにも関わらず、何も起きなかったんだよ!」

「まあ、お姉様が? でも、人間ですもの失敗はつきものでしょう? 笑ったら失礼だわ」

「ソフィーは優しいなあ」


 と、測ったかのようなタイミングで、先ほどまでものすごい表情でこちらを睨んでいたご令嬢が爽やかな顔をして現れた。会話を聞く限り、やはり彼女がソフィー嬢らしい。パーティーで会った気もするが……あまり覚えていない。

 しかし、なんだこの気持ち悪い会話は。ソフィー嬢の放つ言葉には、何か異術を感じる。それが、俺の内部にある異術回路を不快にさせてくるような……。


「……なあ、ラファエル」

「僕も同じこと思ってた」

「やはり。彼女の異術か」

「ちょっとうるさい。こっちは脈測ってんですけど!」

「ご、ごめんなさい」


 疑問に思ってラファエルに小声で話しかけたが、どうやら同じ意見らしい。しかし、声を出したせいで、診察中のルワールに怒られてしまった。

 先ほどから、「診づらい、地面に置け」と言われているんだ。それは、俺が嫌だから無視している。地面に彼女を置くとか、俺が地面にならない限り無理な要求だ。それか、ここにベッドを持ってこい。それなら考えても良い。


 しかし、静かにしていると、余計な言葉が耳に入ってくるな。

 今の一連の出来事によって、怒りはおさまった。となると、次は「早くここから出たい」という気持ちが段々に大きくなってくる。面倒なことにならないために、早く。

 そんな願いは、誰にも届かなかったらしい。唖然とする使用人や団員たちの間をすり抜けるように、こちらへと近づいてくるソフィー嬢が見えたから。


「……」

「……」


 ソフィー嬢は、マナーを存じているのだろう。こちらが声をかけてくれるのを待つかのように、ニコニコしながらも側で待機している。その圧が、なんとも怖い。

 チラッとラファエルを見たが……こいつ、見ないようにしてやがる。ルワールに至っては、気づいて居ながらも「私は患者を優先します」的な態度をしやがって。


 こういう時、どこを見れば良いんだ? 直感的に、ソフィー嬢を目を合わせたらいけない気がする。もしも、精神的な異術を使うのであれば、それは避けた方が良いだろう。

 先ほど、父親と話す彼女から異術独特の空気を感じたんだ。ラファエルも同じ考えのようだし……。


「お邪魔しております、ソフィー・ベルナール嬢」

「はい、レオンハルト様! お久しぶりです」


 とはいえ、話しかけないという選択肢は残されていない。

 ここで無視したら、ステラ嬢に皺寄せがくるだろう。今の流れを見ただけでも、彼女がステラ嬢に好意を抱いて居ないことは一目瞭然だからだ。あの異術の光を宿した時の表情が、それを物語って居ただろう。


 俺が話しかけると、ソフィー嬢はすぐにパーッと表情を明るくした。それがまた、不自然すぎるように感じる。……さっきの歪んだ表情を見てしまったからかもしれない。


「あの、お姉様は大丈夫でしょうか?」

「……え?」

「最近姿を見なくて……異術がないことに落ち込んでいらしたので、心配していたのです。まずは、お姉様をお助けくださりありがとうございます」

「いえ、当然のことをしたまでで……」

「ふふ、お優しいのですね。差し支えなければ、このままお姉様をお部屋まで運んでくださりますか? このままでは、お姉様がお辛いと思いますので」


 しかし、俺の予想とは真逆の出来事が目の前では繰り広げられている。

 ソフィー嬢は、本当に心配しているような感じでステラ嬢を覗き込んでいた。しかも、ルワールの治療を邪魔しないように気を遣っているのもわかる。

 なんだ、優しい子じゃないか。さっきは似てないなと思ったが、気の遣い方がステラ嬢にそっくりだ。


 そうだよな。早くステラ嬢を休ませたいと思っていたが、別にこのお屋敷内でも良いじゃないか。むしろ、いつも生活している自室で休んだほうが良いに決まっている。

 なぜ、それに気づかなかったのだろう。彼女を楽にさせたいなら、そっちの方が良いだろう。


「では、そうさせていただけると「ストップ」」


 ソフィー嬢の優しさに安堵して返事をしようとしたところ、ルワールが口を挟んできた。

 先ほどまで知らん顔していた奴は、瞳を真っ赤に染めながらソフィー嬢を真っ直ぐに見つめている。




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