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炎、再び


 ステラ嬢の穏やかな寝顔を見ながら本邸の正面へと足を進めていると、干場に差し掛かったところでラファエルが話しかけてきた。


「レーヴェの異術、ステラ嬢の身体に結構馴染んでるね。君の体調は大丈夫?」

「ああ。不思議なことに、いつものようにふらつきも何もないんだ」

「なんだろう。前は、異術が弾かれたって話してなかった?」

「そうなんだよ。……彼女の体調が戻り次第、神殿で診てもらおうと思ってる」

「その方が良いかもね。僕が申請しておくよ、そっちの方が早いし」

「ありがとう」


 本当は、後ろに居るルワールが「私が抱くから寄こしなさい」と言って彼女を奪おうとしてきた。でも、「異術がまだ馴染んでいないので」と言って断ったよ。……そんな時間のかかる異術じゃないだろうって? いいんだよ、俺がステラ嬢を抱いていたいだけだ。

 彼女は、先ほどよりも穏やかな顔をして、俺の腕の中ですやすやと寝息を立てている。足裏の出血も止まっているようだ。ラファエルの上着を取りたいが……嫉妬してるようでみっともないと思って止めた。


 それよりも、ステラ嬢の体質についてはラファエルも気になるらしい。

 そうだよな。異術を弾くなんて、バリア系の異術持ちでないと不可能なんだ。それに、こうやって上位異術を使っておきながら俺に疲労がないのもおかしい。以前使った時は、体力だけでなく精神面もメタメタにやられてしまったのに……。その時に、彼女に会ったのだったな。


「なんか騒がしいねえ」

「伯爵が気づいたんだろ」

「ねえ、戦闘になったら大変だから、やっぱり私が持つよ」

「いや、今のレーヴェが手持ち無沙汰になったら伯爵を殺しちゃうと思う。このままにしてあげて」

「確かに、そうね」

「……お前なあ。俺を殺人鬼のような扱いにすんな」

「じゃあ、殺さない自信ある?」

「ない」

「ぶはっ、即答!」


 もうすぐ本邸が見えるところまで差し掛かると、誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。ここまで響いているってことは、相当大声で話しているのだと思われる。……喉を痛めないのか? ベルナール家の奴らなら心配に値しないが、それでもその声量は思わずそう感じてしまうほど。

 まあ、品性はないな。眠っているとはいえ、あれをステラ嬢のお耳に入れるには少々教育に悪い。


 とはいえ、耳を塞ぐようなものは近くにないな。口ならいつでも塞い……いやいや、俺はこんな時に何を考えてるんだ? 彼女が生きていたことに、舞い上がりすぎている気がする。まだ何も問題は解決していないのに。


 本邸前の庭を視界に入れるや否や、そこには騎士団メンバーたちが誰かを囲んでいる様子が見えた。

 その人物の背が低いためか俺からは確認できないが、ルアーが最前線に立ってどうどうとなだめているような? 周辺には、メイドたちがオロオロとしながらその様子を見ている。俺もそれに加わろうとしたが……。


「おお、オルフェーブル侯爵の御子息、レオンハルト殿ではないか!」

「……は?」


 今の今まで不機嫌に怒鳴り散らしていた男性が、急に愛想の良い態度で俺のところへと歩いてきた。この人がベルナール伯爵か? そういえば、あのパーティに居た気もする。

 にしても、この人物が「伯爵」だと? ステラ嬢は教養が途中だと気にしていらしたが、彼女よりもこいつにこそ教養が必要な気がしてならない。

 まず、親しくもない相手のファーストネームを勝手に呼ぶなんてどういう神経してるんだ? それに、その悪趣味でド派手な服装も正直視界に入れたくない。


 そんな見た目の悪さと、人によって急変させる態度から教養のなさが目立つベルナール伯爵は、こちらに向かってヘコヘコを頭を下げている。先ほどまで、俺の部下に怒鳴り散らしていたのに。


「おい! ソフィーの婚約者のレオンハルト殿に汚いものを持たせっぱなしにするな! 早く回収しろ!」

「は、はいっ! 今すぐに!」


 突然の出来事で、一瞬だけ時空が止まったかのような錯覚に陥った。

 今、なんと言った? 「ソフィーの婚約者」? 「汚いもの」?

 その隣では、ラファエルが「あーあ」と深いため息をつく音が聞こえてくる。でも、それしか聞こえてこない。


 俺はとりあえず、ワッと群がるように近づいてきたメイドたちの前に異術を使って炎の壁を作った。急にこちらに来るとか、怖すぎる。火傷したくないだろうからな、みんな一斉に止まってくれたよ。

 しかし、汚いものってなんだ? 俺の身体に何かついてるとか?


「ラファエル」

「ホイホイ、どうしたん?」

「俺の身体に何かついてるのか? 背中までは見えん」

「どうして?」

「伯爵が汚いものと言っただろう。さっきの小屋で寝転がった覚えはないが、もしかしたらゴミでもついてるのかと思って」

「あー……。うんとねー、そういう意味じゃないと思うんだけど」

「ここの使用人に身体を触られるくらいなら、お前に取って欲しい」

「ん、ん、ん……」

「……?」


 ラファエルに尋ねると、なぜか気まずそうな表情をされた。何か、変なことを言った覚えはないんだが。それよりも、俺は早くステラ嬢を治療できるところへ連れていきたい。一応、保護者である伯爵に許可をいただかないといけないし。不本意だが。


 しかし、その「汚いもの」が何を指しているのかを、伯爵の側に居たルアーの言葉によって知らされる。


「ステラ嬢を汚いとは、どういうことだ!」

「アレは、異術持ちでもなんでもない! ただの金食い虫だ!」

「なんだと? レオンハルト様の恋人をそのように言うとは、失礼だぞ!」

「嘘を言うな! レオンハルト殿は、うちのソフィーのパーティにおいでくださったし、聞けばプレゼントを送ってくださっているとのこと! それを、羨ましくなったアレが盗んだんだぞ!」

「え……。ステラ嬢が?」

「そうだ、あいつは盗人だ! 早く回収して小屋の中にぶちこめ! レオンハルト殿に失礼なことをさせるんじゃない!」

「で、でも、火が……」

「関係ない! 早くしろ!」


 ベルナール伯爵の言葉に、周囲で反論をしていた団員たちが一斉に押し黙った。一部では、「じゃあ、お付き合いしていると噂になっていたのはステラ嬢ではなくソフィー嬢だったのか」と囁く声すら聞こえてくる。


 違う、俺の愛する人はステラ嬢だけだ。

 今すぐそう叫びたいのに、声が出ない。唇がワナワナと震えて、言葉が出ないんだ。先ほど納めたはずの怒りがふつふつと体内に湧き出てくるのを静かに感じることしかできない。


 ステラ嬢が、汚いものだと?

 ステラ嬢が、盗人だ?

 誰を、あの小屋に「ぶちこむ」んだ?


 ごめん、ラファエル。限界のようだ。


「異術、展開」


 屋敷が燃えようが、誰が死のうが関係ない。

 これ以上、彼女を侮辱するような言葉はいらない。

 

 俺は、ステラ嬢を抱き寄せたまま、指先を小さく動かして空に文字を書いた。

 


 

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