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ダンス! 2

「なんだ。エリシャ、本当に来たんだね」


 可愛い妹に対しての第一声がそれですか、スレイドお兄様。

 いや、こっちこそお兄様がダンスを教えてくれるだなんて思ってもみなかったですよ。


 ダンスの先生だっていうならば、普通ちゃんとした大人の人を想像するじゃない?

 それがスレイドお兄様だったなんて最初から知っていれば、あそこまでアッシュに感謝することもなかったのかも。


 私の感動を、そして用意された紐パンを履くべきかどうしようか悩んだ時間も返して欲しい。

 結局紐パンはクローゼットの中に押し込んで、気が付かないふりをしてきたけど。


 唇を尖らして、ちらりとアッシュへ顔を向けると、いつも通りの無表情でさらりと答える。


「エリーシャルお嬢様が先生に師事なされるのはまだお早いので、スレイドお坊ちゃまに基礎を教えていただけるようにお願いいたしました」


「ぐぬう……」


「なに?エリシャ、文句あるの?」


「……いえ、まあその」


「だいたいねえ、普通は成人する二、三年前からレッスンを始めるものだから。本当ならエリシャはまだまだダンスホールだって出入り禁止なんだよ。それを、この僕が面倒見てあげるということで入れるのだから感謝して欲しいなあ」


「あー……、はい。それは重々承知しています」


 ダンスは貴族の社交に必須なものだけど、成人するまでは人前で踊る機会はまずありえない。スレイドお兄様が言う通り、ダンスのレッスン自体は二年ほどで間に合うというのはわかる。


 けれども、じゃあ何故今年十歳のはずのスレイドお兄様がこのダンスホールに自由に出入りし、レッスンも受けられているのかと言えば、そう。


 めちゃくそ肉食系男子なのである、このスレイドお兄様という少年は。


 齢十歳にして『女性にモテるためならどんな努力も惜しまない』という大志を抱いている。なんというか、前世でもいたなあこういういうタイプ。


 それでもその志の通り、この世界の「おとこのするもの」に対しての情熱はすさまじく、スレイドお兄様は意欲的にガツガツと令息教育をこなしている。

 その姿はまるでアスリートのようだ。ただし女性受けするものに限るが。


 だからこそ、ちょっと私の目指すところとは違うんだよねえ。

 可愛く、乙女チックなものを愛でるように楽しみたい私とは、少々「おとこのするもの」に対しての情熱の方向性がずれている。


 とはいえ、スレイドお兄様がダンスのレッスンを真面目に取り組んでいることは確かなので、ここは大人しく下手に出るのが吉だ。

 今の私の年齢では、アッシュが言う通り先生はついてはくれないだろう。どうせなら本当は完璧令息のキリアスお兄様の方がよかったなどとは口に出さず、へこへこと頭を下げる。


「本当に、スレイドお兄様のお時間を取らせてしまってすみません。でも、私もお兄様みたいな素敵なダンスを踊りたいんです。教えてもらえますか?」


「ふーん、そう。そんなに素敵だと思う?」


「はーい、もちろん!」


「それならまあ、まずは軽く基本的なことから。それにエリシャが上手に踊れるようになれば、僕のレッスン相手にもなるだろうし。手伝ってあげるよ」


 そういって、ツンっと顔を上げた。うーん、褒められてちょっとデレた?



 とまあ、そんなこんなでスレイドお兄様にダンスを教えてもらい始めたのだけれど、結論から言うと……


 くっそスパルタなんですけど。え、これ本当にダンスの練習ですか?


 基本の足運びやステップをひたすら踏ませるのはわかる。こういうのは体に染みつかせないといけないからね。基本中の基本。

 たとえ一時間ぶっ通しでも、そこはまあやれと言われればやります。


 けどさあ、スクワットとか腕立て、さらには懸垂とか、本当にダンスに関係あるのだろうか?

 言われた回数の数セット分をなんとかこなしたところでひっくり返った私は、その格好のままスレイドお兄様へと問いかけた。


「お、お兄……様……ちょ、これ、ダンスに、関係……な、い」


「大丈夫、エリシャなら出来るよ」


 うるさい。無理だから!てか、最初はちゃんとステップ教えてたじゃん!

 それが、アッシュが他の用事で呼ばれて席を外した途端、地獄のトレーニングに変わったんでしょうに!


「ぶ……ひ、ぃ……」


 無理、と叫ぶ代わりに瀕死の子豚が鳴くような声を漏らすと、スレイドお兄様はむうっと口を突き出して残念そうにつぶやく。


「なんだあ、エリシャでもすぐには無理か。これくらいさらっとこなせたらリフトもいけるかなって思ったんだけどなあ」


 そりゃあコブラ・兵頭だった時はジャーマンスープレックスも得意技の一つだったけどさあ。ダンスのリフトってそういうもんじゃないよね。


「とにかく、エリシャは今日からこのメニューをこなして、早く僕をリフト出来るようになってよね。そのためにダンスを教えてあげるんだからさ」


 鬼か?お兄様、無茶言わないで。そもそも私は七歳だ。


 いくらこの世界の女性の体が頑丈で体力オバケだとしても、さすがにそう一朝一夕にはいかない。むぅう、とうなるように声を出すと同時に、ダンスルームの扉が大きく開かれた。


「スレイド……エリシャが大人しくしているからといって、流石にこれはやり過ぎだよ」


「キリアスお兄様……っ!?」


 スレイドお兄様が、しまったという顔で頭に手を置く。


「あのね、キリアスお兄様。その……僕、早くエリシャと踊れるようになりたくて、つい」


「どういうつもりでも、これはエリシャが出来る範囲を超えている。調子に乗り過ぎだ。スレイドには少し反省してもらおう。いいね」


「はい……」


 一気に大人しくなってしまったスレイドお兄様が、目に見えてシュンとしている。

 うーん、やっぱりキリアスお兄様の言葉は強い。


 ちょっとだけスレイドお兄様ざまあみろと、床に転がったままでスッキリしていると、キリアスお兄様と一緒に戻って来たアッシュが私の元へ駆け寄り体を起こしてくれる。


「エリーシャルお嬢様、大丈夫でしょうか」


「らいじょーぶ……あ、そっか。アッシュが、キリアスお兄様をー呼んできてくれたのかあ」


「遅くなりまして、申し訳ございません」


「いーの、いーの。これくらいなら、そのうち体が慣れるし……でも疲れちゃった」


 普段使わない筋肉を急に使うと疲れるよねえ。アッシュに支えられている背中が温かくてなんだか眠気に誘われる。


「ふわぁあ」


 大きな欠伸を一つ吐き出すと、さらに眠たさが増してきた。そんな私の様子をアッシュはちゃんとわかっているようで、額にかかった髪の毛をゆっくりと直しながら優しく囁いた。


「お疲れでしょう。ゆっくりとお休みなさいませ。僕が責任をもってエリーシャルお嬢様をお運びいたします」


「う、ん。お願い、ね……」


 それだけ絞り出すと、私はそのまま眠りの世界に落ちた。

 ゆったりと、そして心地よい揺れに体を預けながら、それはもうぐっすりと爆睡したのだった。


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