ダンス! 1
色々と頑張ってはいるものの、なかなか乙女の夢にたどり着けない。
それどころか、逆に周りに迷惑をかけっぱなしだと気がついたため、私は冬の間、少し大人しくすることにした。
だいたいここの冬は雪がそこそこ積もる。
特に今年は多いようで、十年に一度の大雪らしく、家の庭もどっかどかの雪まみれになってしまった。
だから新年最初の大舞踏会が済めば、普段ならば社交シーズンの始まりとなるのにもかかわらず、どこの貴族もしばらくは様子見のようだ。
そのためお母様もさほど根を詰めてまで王宮へは顔を出さず、家の中でお父様といちゃいちゃしている。呆れるほどいちゃいちゃしている。
大事なことなので二回言わせていただいた。
つまり私としては下手に目立つようなことはしない方がいいだろうとの戦略的撤退判断である。
「暇、ねえ」
かといって、愚痴がでないわけではない。大きな欠伸とともにこぼした言葉をアッシュがすかさず拾い上げる。
「そうでもありません。お嬢様にはそろそろ習得すべき基本科目が増やされることとなりますので、その予習をなさらないと」
「うへ」
いやいや、アッシュ。そんなただでさえ毎日しごかれている教育課程に、これ以上消費されてなるものか。
「予習のご準備をいたしましょうか?」
「そういうのじゃないの、わかってるでしょ?勉強以外にすることがないから暇なんだって!」
乙女の夢に向かう為のピアノの練習も、ボジロ先生が忙しくて全く進まない。
お父様に頼み込んで『荒らさない、騒がない』の誓約のもと、ようやく庭を愛でる権利を獲得したというのに、この大雪のせいで全然楽しむことも出来ない。
今、庭と言えば私の枯山水しか見どころがないのだ。
冬の枯山水って綺麗だけどね。こう……心が無になって、煩悩が消えていきそうだ。
いやだから逆に遠慮しておこう。私はこの世界では煩悩の塊でいたいと決めている。
おもいっきり開き直った私の言葉を受け、アッシュは少し考えたような素振りをした。そうして、ふう、と聞こえるか聞こえないかといったくらい小さな息を吐いた後でこう言った。
「それでは、ダンスの練習などいかがでしょうか」
「ダンスっ?今、ダンスって言った!?」
「はい。ダンスホールが使用できますので」
うおぉおお!ダンス!憧れのダーンスっ!!
華やかな音楽に、シャンデリアの下でくるくると回りながら波立つドレス、見つめ合う二人。なんって素敵なシチュエーション!
コブラ・兵頭に似合うダンスアンケートナンバー1の『ハカ』みたいに、胸や腿を叩きながらうっほうっほと鼓舞する方じゃないよ。やるに決まっているじゃなーい!
コクコクと高速頷きしすぎて、ちょっとヘッドバンキングみたいになってるけど気にしない。
おかげでもさもさになってしまった髪の毛を、すかさずアッシュがブラシを手に取り直してくれた。そうして元通りのふわふわ金髪になったところで言葉を続ける。
「お嬢様のご年齢ですと、少々早いかと思われますが」
「ですが?」
「……エリーシャルお嬢様は、こういうのがお好きでしょう?」
「アッシュ……っ!!」
ああ、アッシュ、アッシュ、アッシュ!まさか、アッシュが私に向かって、こんな乙女気分をラッピングしたような台詞を言ってくれる日がくるだなんて……っ!
「もちろん、お好きでーっす!!」
あまりの感動に、思わずアッシュに抱きついた。
その勢いにビクリと肩を揺らしたアッシュの銀色の髪が、さらりと揺れて私の頬にかかる。うーん、良い香り。
この間の一件から、私がしたがる「男がするもの」に対して、なんとなく刺が取れてきているような気がしていたけれど、ここまで私の気持ちを汲んでくれたのは初めてだ。
「あのね、アッシュ。私、真面目にレッスンするよ。先生の言うこともちゃんと聞く。だから、お願いします!」
にっこりと笑いかけながら頼むと、アッシュの頬もそれにつられたようにうっすらと緩む。
「はい、お嬢様。では、早速お願いしてまいります。今からならば間に合うでしょう。少々お待ちください」
ん、間に合う?って、今レッスンしているの?という疑問を投げかける前に、アッシュが扉を開ける。あ、待って。
「うん。あ、ダンスの服装って、このままでいいの?」
普段着のスカート姿でも動けない訳じゃないけれど、やっぱり運動しやすい服装の方がいいのかと尋ねると、無表情アッシュから小さくクスリと笑う声が漏れた。
「クローゼットの中に用意してございます。エリーシャルお嬢様がお一人で着替えられるものを選んでありますが、もしも必要ありましたらお呼びください」
そう言って、一礼を残し出て行った。
前世の記憶を思い出してからというもの、私は誰にも着替えを手伝わせるなんて真似はしていない。
それはアッシュだけでなく他の従僕誰であろうとも、絶対。
だって、恥ずかしいじゃーーんっ!
そりゃあこの世界では、従僕が主やその家族の着替えやお風呂の手伝いをするのなんて当たり前のことかもしれないけれども、前世コブラ・兵頭の、年齢イコールむにゅむにゃ人生のこの私が、男の手を借りて着替えをするだなんて考えられない。
仕事着だったプロレスコスチューム姿でいることとはわけが違う。絶対に違う。
そんな理由で断固としてその手の手伝いを断り続けた結果、諦めたお父様の指示により私の着替えは自分で脱ぎ着のしやすい服となったのだ。実際この世界の女性の服は思ったよりも脱ぎ着が簡単だったしね。
専属従僕であるアッシュは、当然私のことを一番わかっているので、さりげなく着替えタイムには席を外してくれる。
きっと今だって、私から聞かなければちゃんと伝えてくれたはずだ。
「やっぱりアッシュは気が利くなあ」
あんなに自分を低く見るようなことないのに。
なんて考えながらクローゼットを開ければ、明るいレモンイエローのドレスが一番に目に入った。
「お、おおー!やった!これよ、これなのよ!!」
いまいち飾りは少ないものの、ふんわり盛り上がったくるぶしまでの長さのスカートに私の心も沸き立つ。
王宮へ行った時以来のドレスだ。その下には靴の箱らしいものと、綺麗に畳まれた布が置いてある。
「ええと、これは?あ、下着かな?」
確か前にドレスを着た時にも専用の下着を付けた覚えがある。まだ七歳という年齢だけにコルセットなんかはないけれど、それでも一応はドレス用のものだったよね。
ウキウキしながら、じゃあ、と一番上に畳まれているもの手に取ると、いやに布面積が小さい。
……あれ?ハンカチぃ……びゃっ!?ひ、ひ、ひ……
「紐パン……っ!?」
なぜに、紐パンがここに?思わずフリーズ。
え、この世界のダンスって、紐パンがドレスコードなのぉ!?




