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明日があるさ  作者: いぬまた
第一章
7/15

明日があるさ【第七話】

押しかけ女房世話焼き攻(年下)×自己肯定感低め天然社畜受(年上)の社会人BLコメディです。

 三日目は最早脳内バックミュージックすら聞こえなかった。明日葉は昨日同様高カフェイン飲料の空き缶を握り締めたまま、自分のデスクに突っ伏していた。

 ファーマみらいのピッキングは終わった。が、棚卸の返品在庫が合わない。現物が、ない。しらみつぶしに倉庫を探したが、結局一晩かかっても見つからなかった。

(データは合っているのに……現物はいずこ……修正伝票出さなきゃかなぁ……)

 在庫が合わない場合、修正伝票を出すこともできる。だが明確な理由付けが必要だった。そして修正伝票を出すということは、もちろん社長の許可が必要になる。

(怒られる……絶対……)

 いや、その前にこの自分の惨状を見たらまた新人が怒気を放つかもしれない。

 明日葉は高カフェイン飲料の空き缶を事務所まで捨てに行った。ゴミ箱の奥の方に突っ込んでおく。

 案の定、亜笠は7時前にやってきた。お前弁当作ってこの時間に出勤ってどんだけ早起きしてんだよ、と言いたかったが、そう言うお前は徹夜何日目なんだよとツッコまれそうだったので、止めた。

「おはよう、亜笠さん」

 相手はやはり眉間に皺をつくった。不機嫌そうに、それでも挨拶はきちんとする。

「おはようございます」

「今日も早いね」

「明日葉さんは今日もクマがありますね」

 ギクリと肩が震えてしまった。明日葉は笑顔を崩さずに乾いた笑いを漏らした。

「昨日はちゃんと家に帰ったんですよね」

「…………帰ったよ」

 これは本当。帰った。一度は。

「その間はなんですか」

 尋問が始まる前に目を反らし、明日葉は充電器に差しておいたハンディスキャナーを腰のホルダーにセットした。荷受けしたらいつでも入荷登録できるように。

 亜笠は何か言いたげにじっとりと明日葉を見ていたが、そのうち諦めたようで、深いため息をついた。

 明日葉は少し罪悪感を感じつつも、返品在庫を探すため倉庫へ向かおうとした。

「明日葉さん」

「はいっ」

 思わず背筋が伸びる。亜笠は呆れたように言った。

「おにぎり、置いておきますから。朝礼までには食べて下さい」

 休憩はちゃんと取って。そう言って亜笠は事務所へと上がっていった。

 見ると、明日葉のデスクの上に紙袋が置かれていた。中を覗くと、丸いアルミホイルがふたつ、並んで入っていた。

 今日の具は何だろう、とまで考えて、明日葉はかぶりを振った。いかん、餌付けされている。空腹に胃が音を立てた。

 だがせっかくの好意を無駄にするのももったいない。明日葉は誰ともなく言い訳をして、椅子に座った。

 おにぎりを食べていると亜笠が戻ってきた。手にはマグカップが二つ。一つは自分用のコーヒー。もうひとつ、こちらは明日葉のデスクに置かれた。

「ありがとう」

 湯気を立てるほうじ茶に礼を言う。亜笠はお茶を差し出しながら伏し目がちに言った。

「お昼も作ってきました」

「えー……そんな、おれ材料費払うよ」

「僕が好きで作ってきてるので、いりません」

 相変わらずぶっきらぼうだ。けれど、眉間の皺は少しだけ和らいでいた。

 明日葉はおにぎり二つをぺろりと平らげ、お茶を飲みほした。冷え切っていた体が暖まる。

 返品在庫を探しに倉庫へ向かった。が、8時近くになっても目当てのものはやはり見つからなかった。

 その間に荷受けしたものを亜笠が倉庫の各所へ配置してくれる。ざっと倉庫を眺めるが、今日もやはり量が多かった。すでに出力されている伝票分のピッキングもある。こちらも始めなければいけない。

 明日葉は深いため息をついた。さすがに徹夜3日目とあって、かなりの疲労を感じる。時々霞む目を眉間を押さえることでやり過ごした。

 朝礼を終えてからもバタバタと日常業務が進んでいく。亜笠は本当によく動いてくれた。入荷処理をする明日葉の横で、ピッキングや荷受けを優先的に引き受けてくれる。

 今日こそは、と明日葉は棚入れをしながら思った。

(今日こそは棚卸を終わらせて家に帰る。絶対に。で、自分の布団で寝る!)

 もはや切実な願いだった。

 ――――が、しかし。

 明日葉の切実な願いとは裏腹に、現実は厳しかった。

 倉庫にまた会田の叫び声がこだました。

「明日葉さぁ――――ん!」

 入荷の手を止め、急ぎ詰所へ戻る。明日葉が顔を出すと、会田がメモを手にオロオロとしていた。大柴の姿はなかった。

「会田さん?」

 声をかけると、メモを差し出してくる。

「明日葉くんどうしよう、誤配送で見つからない商品があって」

「え!?」

「西多摩調剤に行くはずだった抗がん剤が見つからないの」

 西多摩調剤は配送ルートの中でもかなり遠方に位置する薬局だ。車で30分近くはかかる。営業の榎木が先日話していたことを、明日葉は思い出した。

「え、だってあそこ、今日患者さん来るって――――」

「そうなの!? どうしよう!」

 榎木から事前に連絡をもらい、用意していた品だった。本来であれば昨日のうちに納品するはずが、メーカーの遅配で入荷がずれ込んでいた。昨日の夕方にようやく入荷したものを、今朝の配送で流したところだったのだが――――

「西多摩調剤なら担当は泉さんだから……たぶんさくら薬局かリオン薬局かその辺りだと思う! おれ電話してみます!」

 配送ルートで心当たりがありそうなところに、手当たり次第に電話をかけた。目当てのものは3件目で見つかった。事務所へ急ぎ駆け込み、事を会田に伝える。

「よかった、じゃあ泉さんに取りに行ってもらって――――」

 と二人でホッと肩を撫でおろしていたところ、電話対応をしていた尾花が「待って」と口にした。尾花は青い顔をして電話を切り、二人に向き直った。

「明日葉くん……」

 深刻そうな表情に、明日葉は事態を察した。

「尾花さん……まさか」

「西多摩調剤から電話。今、もう患者さんがいらっしゃってて……遠方にお住まいの方だし、今日から服用するから何とか今日中に――――って」

「泉さんは!?」

「今立花調剤を周ったところだって、さっき私が電話受けたの。最低でもあと15分はかかるって」

「ああああああ!」

 やっぱりぃ!と叫ぶ明日葉の背後から声がかかった。明日葉の様子を見に来た亜笠だった。

「明日葉さん、僕が行きます」

「え! ぜったいダメ!」

 即答した。亜笠が眉を寄せる。

「どうして」

「今の時間だとナビのルートでは着いたとき薬局閉まってる! あそこ今日は午後休診だから!」

「――――それ、全部頭に入ってるんですか?」

 亜笠が目を見開いていた。尾花に急ぎ伝票を出すよう指示する。明日葉は営業車の鍵を手に取り、亜笠を連れて倉庫へと降りた。

「慣れると嫌でもこうなるよ! それより、急いでアオキ薬局に誤配送分取りに行かなきゃ! 亜笠さんは入荷作業とピッキングお願いします!」

「明日葉さん!」

 行ってきます!と叫ぶ。明日葉はもう振り返らなかった。亜笠が呼び止めようと差し出した手が、空を掴んだ。

読んでいただきありがとうございます!

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