表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明日があるさ  作者: いぬまた
第二章
12/20

明日があるさ2【第二話】




 カレンダーはあっという間に過ぎていった。

 約束日当日。時刻は9時ジャスト。明日葉は北口に向かって走っていた。

(やばい、寝過ごした! あいつ絶対1時間前に来てるタイプだ!)

 業務開始30分前には必ず来る彼のことだ。ちなみに明日葉は8時15分ギリギリにタイムカードを押す派だった。

 えーっと、北口、北口。雑踏を走り抜けて、駅構内から出る。と、眼前にはビルが聳え立っている。中二階の通路、ビルの入り口にはカフェが併設されていた。亜笠はそこにいると言っていた、が……。

 カフェの入り口に立つ青年の姿があった。

 明日葉は嫌な予感がして、足を止めた。眉根を寄せて、その姿にじっと見入る。

 亜笠は、当たり前だがいつものスーツ姿ではなかった。

普段は下している前髪を、ワックスで緩やかに上げている。眉がはっきり出るので、その整った容貌が際立っていた。その身を包むのはYシャツにジャケット。細身のパンツに、革靴。黒革のバックパック。どれもシンプルだが、彼の身体に沿っていて品よく見える。ぐうの音も出なかった。

 後ろのカフェでは店員が見惚れてグラスを落としたり、ホール内に座る女性陣が勝手に写真におさめたりしていた。が、彼はそれらを一切黙殺し、振り返りもせず澄ました顔で立っていた。

 幸いなことに、彼はスマートフォンの画面を見つめたまま。こちらには気が付いていない。明日葉は普段の優柔不断っぷりが嘘のように瞬時に決断した。

(うん、帰ろ!)

 が、踵を返そうとしたまさにその時、彼が顔を上げた。明日葉の回れ右をしようとした足が鈍る。

 しまった、目が合ってしまった。

 改札へ向かって走り出したが、時すでに遅し。自分の鈍足もさることながら、類稀なる瞬発力を見せた相手にあえなく追い付かれる。ラグビー選手ばりのタックルを受け、明日葉はコンクリートの地面に思い切りスライディングする羽目になった。

「まったく油断も隙も無いですね」

 振りほどこうともがく明日葉の腕を、細腕に似合わない剛力で押さえつけながら、彼は上着のポケットを探った。出てきたのは、二つの金属製の輪っかだ。短い鎖で繋がれたそれを当然のように差し出され、思わず抵抗も忘れて凝視する。

「おはようございます、2分57秒の遅刻ですよ」

 亜笠は言うなり明日葉の右手を取ると、ためらいなく嵌めた。腕時計を覗き込みながら。明日葉の脳内に刑事ドラマのワンシーンが甦る。

「容疑者か、おれは!」

「明日葉さん、ツッコミどころ違うと思います」

「何で手錠がポケットに入ってるの!?」

「もしもの時のための、逃走防止用具です」

「おれが逃げるの前提!?」

「実際逃げたじゃないですか」

「いやぁああ! おうち帰る! 放して!」

「駄目です無理です無駄です」

「嫌だ、絶対に嫌だ! お前と並んで歩くなんて拷問だ、生き地獄だ!」

 明日葉は叫んだ。こんな完璧な容姿の人間と並んで歩くなんて、考えたくもなかった。亜笠が照れながら言った。

「褒めてもらえて光栄です」

「褒めてない! 褒めてるけど褒めてない!」

「日本語大丈夫ですか」

 ひとしきり揉めた後、明日葉は泣き泣き立ち上がった。周囲にちょっとした人だかりが出来ていて恥ずかしくなったので。

 立ち上がって洋服についた砂埃を落としていると、向かいに立つ亜笠の無遠慮な視線とぶつかった。頭の先からつま先までをしげしげと眺められる。

「え、なに」

 明日葉の問いかけに、亜笠が首を捻る。

「パーカー、Tシャツ、ジーンズにスニーカーって、舐めてます?」

「はあ? 舐めてるって何を」

 言ってる意味が本気でわからなかった。

「デートを」

「お前デートの意味をもう一回辞書で調べなおして来いよ、なっ? っていうか今すぐググれ」

 明日葉のツッコみはあえなく無視された。亜笠がよれたパーカーの裾をつまむ。

「しかも手ぶら? どういうつもりですか」

「ちょっとお前が何言ってるかわかんないんだけど……」

「まあいいでしょう。別に期待もしてなかったし」

「じゃあ言うなよ」

 思うだけにしようと思ったら口から出てしまった。だが亜笠は気にする様子もなくさらりと宣言した。

「途中で買いますよ」

 明日葉は目を閉じた。

「…………いやもうツッコまないよ、面倒くさい。で、どこ行くの?」

 改札に歩こうとすると手錠がグッと引っ張られた。足を止める、と、亜笠は少し伏し目がちに言った。

「みなとみらいです」

「横浜ぁ!? 遠っ! やだよ、絶対人いっぱいいんじゃん! こっから2時間かかるし! 何それ今日じゃなくちゃダメなの!?」

 明日葉の盛大な文句に、先日同様亜笠の顔が能面化した。二人の背後が北極の地吹雪のように冷えた。明日葉はしばらく黙った後、控えめに言った。

「…………うん、まあ、たまには、いい、かな」

「さ、行きますよ」

「…………はい」

 手錠を引かれて歩き出す。こいつは本当に好き放題生きてるよな。明日葉は腹をくくって、亜笠の後に続いた。






 360度、人、人、人。電車に揺られながら、明日葉はげんなりと立っていた。向かいには亜笠が澄ました顔で立っている。

 逃げないことを条件に、なんとか手錠は外してもらった。亜笠は本気で手錠をしたまま自分を横浜に連れて行こうとしていた。恐ろしい男だった。

「どうせ暇なんでしょう?」

 車窓を眺めている亜笠から、当然のように言われる。

「何だよどうせって。わかんないだろ、おれにだっていろいろ予定が、あるかも、しれないだろ……!」

「どうして涙目なんですか」

「そうだよ唯一の友達は実家帰っちゃったよ、人混みが嫌なのと帰ってもすることないから実家にも帰りませんよ! どうせ何の予定もないよ! なんだよ、GWなんてどこ行っても混んでんだから自宅でゴロゴロしてるのが一番だろ!?」

「僕がいるじゃないですか」

「何で休みの日まで後輩に付き合わなきゃなんないんだよ」

「後輩じゃなくて恋人ですよ。何回言わせるんですか」

「お前こそ恋人の意味を……何回言わせんだよ」

「じゃあただの先輩後輩では出来ないようなことをしますか」

「ヤメロ! 絶対恋人繋ぎとか言い出すだろお前は!」

「何でわかったんですか」

 二人は気が付いていなかったが、隣で会話を聞いていた女子高生の集団は思っていた。

(ゲイだ……ゲイのカップルだ……)

(しかも付き合いたてっぽい……)

(いいなぁ、美形彼氏……)

 と、女子高生たちは明日葉を羨んだ。

 GW真っ只中の移動とあって、土日の混雑の比ではなかった。ほぼ通勤ラッシュ時に近い満員の電車の中で、帰りたいと明日葉は力なく呟いた。

「ちょっとは我慢して下さい。これでも楽な方を選んだんですから」

「楽?」

 こいつマジで何様なんだろう。淀んだ眼差しで見上げると、彼は窓の外を眺めながらさらりと言った。

「お台場と、千葉の巨大リゾート施設とで悩みました」

 明日葉の脳内を路線図が駆け巡った。

 お台場=新宿通る、絶対混んでる。千葉の有名なリゾート施設=都心抜けてく、絶対超絶混んでる。ちなみに、明日葉は一度新宿駅で京王線を見つけられずに2時間近く迷子になったことがあった。

 明日葉は目を閉じて何かを堪えるように言った。

「……みなとみらいで、結構です」

 が、その後みなとみらいに降り立つと同時に、明日葉はおれ何でここにいるんだろうと猛烈な虚無感に襲われることになった。

 初めてきた。みなとみらい駅。近未来的、きれい――――人、すごい。カップル家族連れの多さが半端ではない。しかもみんなおしゃれ。最後のは明日葉の妄想が少し入っていた。

 場違い感がすごかった。隣に立つ男はそれはもう見事に溶け込んでいた。いやこいつなら渋谷だろうが銀座だろうが溶け込めるだろう。

 明日葉が呆然としていると亜笠が手を引っ張ってきた。

「明日葉さん、そこに突っ立ってると邪魔になりますから」

 行きますよ、と言われそのまま手を握られる。明日葉は慌ててその手を振り払った。

「明日葉さん……」

 亜笠は傷付くどころか呆れていた。

「迷子になりますよ」

 その言葉に、文句を言おうと開いていた明日葉の口が、閉じた。新宿でのトラウマが蘇った。

亜笠はため息をついてもう一度明日葉の手を取った。ぎゅっと握られる。

「行きましょう」

 明日葉は、今度は黙って引きずられていった。

 引きずられていった先は、駅近くのショッピングモールだった。

 ガラス張りの店に、品の良いスーツ姿のお姉さんが何人も立っているショップだった。おしゃれすぎて明日葉は店に入るのを抵抗したが、最終的には手錠をちらつかせた亜笠に屈服した。

 明日葉はそのまま試着室に連れ込まれ、亜笠が持ってくる服を何着も着る羽目になった。試着室の扉を開く度に、なぜか一人ずつ店員のお姉さんの数も増えていった。

「何着てもパッとしませんね……」

 亜笠が顎に手をあてて言った。明日葉はキレた。

「そこまで言われて誰が買うかよ! いいよおれはこのままで! しかも何だこの値札ふざけんなよ!」

 安くても5ケタだった。亜笠が店員に謝罪し、明日葉はその場をようやく後にすることが出来た。結局服は買わなかった。店員のお姉さんたちはなぜかとても残念そうだった。

 店を出る時、亜笠が明日葉の黒い癖毛頭を撫でながら、言った。

「せめて寝癖くらい直して来たらどうなんです?」

「こういう頭なのぉ!」

 亜笠の手を振り払い、明日葉は吠えた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ