明日があるさ【第十話】
押しかけ女房世話焼き攻(年下)×自己肯定感低め天然社畜受(年上)の社会人BLコメディです。第一章出会い編、完結です。
さすがは超有能新人、現物は探し始めてすぐに見つかった。包装のデザインがよく似た薬品に紛れて棚に置かれていた。2箱。不足分と一致する。
明日葉は泣きそうだった。というか実際ちょっと泣いた。自分が探しても全然見つからなかったのに、亜笠が探し始めて1時間もしない内に見つかったからだ。
「そりゃあ3日間徹夜してるなら集中力もだだ落ちでしょうよ……」
徹夜って効率悪いんですからね、と呆れたように言われた。
空も白くなり始めた頃、棚卸データが完成した。亜笠はずっと隣で手伝ってくれた。明日葉は感動していた。前任者がいない中での棚卸作業、まさか月初4日目の朝にデータが完成するとは……!
これも新人様様だった。明日葉は告白された事実をすっかりと脳の奥底に追いやって、亜笠に輝くような笑顔を向けた。思わずハグもした。そのくらい大変だった。
「ありがとう亜笠……! 本当にありがとう……!」
どっちが教育係やねん。櫟がいたらツッコまれそうだ。
「明日葉さん、嬉しいんですけど押し倒したくなるのでやめてください」
明日葉がわざわざ脳の奥底に追いやっていたものを亜笠が強引に引きずり出した。明日葉はすぐさま離れた。何ならちょっと椅子も離した。
「あー……なんか安心したら、どっと疲れが……」
安堵と共に強い疲労感がやってきて、明日葉はデスクにぐったりと上体を倒した。隣に座る亜笠は涼しい顔をしてコーヒーを飲んでいた。喜ぶ明日葉とは裏腹に、亜笠のテンションは低かった。
「結局家に帰れませんでしたね」
「ごめん……本当に、お前まで泊まり込みさせちゃって……」
お前はさすがに帰れないよな、と思っていたら、亜笠が唐突に閃いた!みたいな感じで手を打った。
「明日葉さんの家でシャワー借りるので、大丈夫です」
「お前この期に及んでまだ言うか……」
全然大丈夫じゃねぇよ。明日葉が言うと、亜笠はテキパキと帰り支度を始めた。
「いやだから」
「冗談です。僕はともかく明日葉さんは帰れるでしょう。送っていきますよ」
「いい、一人で帰る……」
データが完成した安心感で飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止める。
「そんな状態じゃひとりで帰れないでしょう。タクシー呼んできます。待っててください」
亜笠が顔を覗き込んでくる。もうあの笑顔は消えて、いつもの無表情に戻っていた。が、なんとなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。
「あのー……ひとつ、聞いていい?」
襲い来る睡魔と戦いながら、かろうじて口にする。
「はい」
「もしかしてお前ってゲイ?」
自分でもちょっと間抜けな質問かな、と思った。だが相手は特に気分を害した様子もなく、むしろ質問されるとわかっていたかのように平然と答えた。
「もしかしなくてもゲイですが、何か」
「……そういうこと、最初に言ってよ」
「言いましたよ、最初に」
「いつ!?」
自分で言っておいて、ハタと気が付いた。
最初? 最初って――――一番最初の、アレか!?
『明日葉さんは童貞ですよね。処女ですか?』
嫌がらせだと思った、と伝えたら亜笠は呆れるように言った。
「明日葉さん、鈍感ってよく言われません?」
いや、初対面であの一言って、わかりにくいだろ。
反論する前に意識がブラックアウトした。
――――そう言えばこの三日間、ろくに眠っていない。
自分が爆睡してしまったせいか、気が付けば朝で、応接室のソファに寝かされていた。結局四日連続で会社に泊まり込んでしまった。どこから調達したのか、毛布が掛けられていた。
ふと向かいに目をやってビクリとした。亜笠が毛布に包まって、座ったまま寝ていた。彼も会社に泊まったらしい。気まずくてとてもじゃないが声などかけられない。そっと出て行こうと思ったが、身体を動かした瞬間亜笠の瞳がバチッと開いたので悲鳴を上げてしまった。何だコイツ、身体にセンサーでもついてんのか!?
明日葉は目も合わせなかったが、亜笠の方は非常に落ち着いていた。むしろ口数が増して、コーヒーを持って来たり朝食を買ってくれたりあれこれ世話を焼いてくるので、鬱陶しいのとありがたいのと告白された気まずさとで、明日葉の内心は朝から非常に複雑だった。
ぐったりと重い身体を起こす。亜笠に腕を引かれて、何とか朝礼には参加する。数人から「顔が大丈夫か?」と失礼な声をかけられたが、大丈夫ですの一点張りで押し通した。
(詳しい事情なんか死んでも言えるか……ああ、眠い……)
亜笠の腕を振り払い、やや傾いた状態で朝礼を聞いた。つつがなく終わり、今日もまた目まぐるしい一日が始まると憂鬱になっていると、おもむろに隣の新人が挙手をした。最後の、社員報告の時間のことだった。
「はい、亜笠くん」
明日葉は特に気にしなかった。ちくしょう、立ってる時間長くしやがって程度にしか思っていなかった。
――――止めなかった自分を激しく責めることになるとは知らずに。
事務長から指された彼は、極めて事務的に、冷静に語った。
「私事で大変恐縮ですが」
4日目の新人の挙手に、立った屍状態の明日葉以外、誰もが注目した。
「この度、晴れて明日葉護さんと結婚を前提にお付き合いする予定となりました。皆様方、今後共どうぞよろしくお願い致します」
事務長が持っていたマーカーが床に落ち、静まり返った事務所内にカコーンと間の抜けた音が響き渡る。
応対中の受話器を握ったまま、オペレーターの女性らは二人を呆然と見つめた。営業の人間も揃っているので、おそらく近郊の営業所や取引先にはあっという間に広まるだろう。
当の本人は言い終えると、一人満足気に一礼した。
「今日もよろしくお願いします、明日葉さん」
明日葉の顔を覗き込んで、晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。
最早ツッコむ気も起きない。
明日葉は襲い来る睡魔に任せて、目を閉じて床へと身体を放り出した。
――――おれの明日って、どっちだっけ?
そんなのわからない。わかるわけがない。
わかってたらこんな道、きっと選ばない。
もしも、明日――――今日をひっくり返すような出来事が起きたとして。
今までの自分を全部壊して、価値観覆されるような人に出会えたとしても。
それでも、日常は当たり前みたいに続いていくのだ。
薄れゆく意識の中で、そう思った。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
第一章出会い編、完結です。次回より第二章初デート編になります。




