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第2章・第10話『作戦前夜』

夜明け前が、一番暗い。


 それはきっと、人の心も同じだ。


 何かを始める前。

 大切なものを守ろうとする時。

 人は必ず、不安を抱える。


 失敗するかもしれない。

 届かないかもしれない。

 失うかもしれない。


 それでも進む者だけが、運命を変えられる。


 だから少女たちは、夜の中で覚悟を決める。

 学院・旧資料室。


 普段は誰も使わない薄暗い部屋に、数人の姿があった。


「……つまり、ここが候補地」


 エルミナが古い地図を机に広げる。


 地下水路。


 廃棄研究区画。


 封鎖指定区域。


 赤い印が、地下深くを示していた。


「旧S計画関連施設、“第零隔離研究棟”」


 その名前だけで空気が重くなる。


「まだ残ってたんだ……」


 ミレイアが小さく呟いた。


 その表情は珍しく硬い。


「知ってるの?」


 アルルが尋ねる。


「……知ってるも何も」


 ミレイアは目を伏せる。


「私がいた場所だから」


 静寂。


 アルルは言葉を失った。


 ミレイアが“実験体”だったことは聞いている。


 でも。


 こうして実際に聞くと、胸が痛かった。


「現在は表向き閉鎖済み」


 エルミナが続ける。


「ですが内部魔力反応は継続」


「つまり、今も稼働中」


 セレスが低く言った。


「そういうこと」


 リュクスが眉をしかめる。


「完全に黒じゃん……」


「問題はここから」


 エルミナが地図の一角を指す。


「施設周囲には多重結界」


「通常侵入は不可能」


「正面突破は?」


 リュクス。


「自殺行為」


 セレスが即答した。


「わぁ容赦ない」


「事実よ」


 重い空気。


 だがその時。


「……なら、別の入口を使えばいい」


 ミレイアがぽつりと呟いた。


「え?」


 全員の視線が向く。


「昔、緊急避難路があった」


 その指が地図の端をなぞる。


「ここ」


 地下水路のさらに奥。


 細い旧通路。


「ただし」


 ミレイアの目が細くなる。


「使える保証はない」


「それでも行く価値はある」


 セレスが静かに言う。


 アルルは地図を見つめる。


 この先に、フィノがいる。


 そう思うだけで胸が締め付けられた。


「……行こう」


 小さな声。


 でも、迷いはなかった。


 その瞬間。


「却下」


 部屋の入口から、低い声が響いた。


「っ!?」


 全員が振り向く。


 そこに立っていたのは――


 学院長だった。


「……話は聞かせてもらった」


 静かな声。


 だが圧がある。


「学院長……」


 エルミナが息を呑む。


「無断で違法研究施設へ侵入」


 学院長の視線が鋭くなる。


「正気とは思えんな」


 空気が凍る。


 アルルは思わず拳を握った。


「……でも」


 顔を上げる。


「助けたいんです」


 学院長の視線が向く。


 怖い。


 でも、逃げない。


「見捨てたくない」


 真っ直ぐ言い切る。


 沈黙。


 やがて。


 学院長は、小さくため息を吐いた。


「本当に面倒な子を拾ったものだ」


「……え?」


「正式には認めん」


 その言葉に、全員が息を呑む。


「だが」


 学院長が机の上に、古い鍵を置いた。


「旧地下区画への封鎖鍵だ」


 アルルが目を見開く。


「学院長、それって……!」


「聞こえなかったか?」


 学院長はそっぽを向いた。


「私は何も認めていない」


 一瞬の静寂。


 そして。


「……ふっ」


 ミレイアが吹き出した。


「不器用すぎ」


「黙れ元問題児」


「否定できない」


 少しだけ空気が緩む。


 アルルは鍵を見つめる。


 冷たい金属。


 でもそれは確かに、“道”だった。


「ありがとうございます」


 深く頭を下げる。


 学院長は、少しだけ目を細めた。


「勘違いするな」


 低い声。


「必ず帰って来い」


 その言葉に。


 アルルは、強く頷いた。


 会議終了後。


 夜風が吹く学院中庭。


 アルルはひとり、空を見上げていた。


 不安だった。


 怖い。


 本当に助けられるのか。


 自分にできるのか。


「らしくない顔してる」


 隣に、リュクスが立っていた。


「……リュクス」


「怖い?」


 アルルは少し迷ってから頷く。


「うん」


 リュクスは少し笑った。


「そりゃそうだ」


 軽い口調。


 でも優しい。


「俺も怖いし」


「え?」


「当たり前だろ」


 そう言って、夜空を見る。


「でもさ」


 リュクスが静かに言った。


「アルルが“助けたい”って言った時」


 一拍。


「なんか、行かなきゃって思った」


 アルルの目が少しだけ見開く。


「お前の歌って、不思議だよな」


 照れくさそうに笑う。


「聞いてると、“諦めたくなくなる”」


 その言葉に。


 アルルの胸が、少し熱くなった。


「……ありがと」


 夜風が吹く。


 遠くで鐘の音が鳴る。


 そしてその夜。


 地下施設・最深部。


 フィノは、小さく目を開けた。


 胸の奥が、少しだけ温かい。


「……来る」


 誰に教えられたわけでもない。


 でも、わかった。


 あの歌は。


 きっと、自分を見つけに来てくれる。

 第2章・第10話です。


 今回は“救出前夜”の回でした。


 戦闘ではなく、

 それぞれの覚悟と感情を描く静かな回です。


 特に重要なのは、

 学院長の立ち位置。


 完全に肯定はしない。


 でも見捨てもしない。


 大人としての責任と、生徒を想う気持ちの両立を書いています。


 そしてリュクス。


 彼はアルルの“歌そのもの”だけでなく、

 “人柄”に惹かれ始めています。


 歌唱魔術はただの能力ではない。


 人の心を前向きにする力でもある。


 ここが今後かなり重要になります。


 そして次回。


 いよいよ救出作戦開始。


 地下施設潜入編へ突入です。


 ここから第2章の空気が一気に変わります。


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