第2章・第2話『観測される歌』
未知の力が現れたとき、
人はまず名前をつけたがる。
分類し、記録し、定義する。
それは理解のためでもあり、
制御のためでもある。
だが――
本当に未知のものは、既存の枠に収まらない。
少女の歌は、誰も知らない領域へ踏み込み始めていた。
研究棟・特別会議室。
アルルは、少し緊張した様子で椅子に座っていた。
向かい側には、先ほどの女性。
淡い灰色の髪に、知的な雰囲気を纏っている。
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「改めまして」
女性は静かに微笑む。
「私はエルミナ・フォルクレイン」
丁寧なお辞儀。
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「王立魔導研究院・第七解析部門に所属しています」
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「……解析部門」
アルルが小さく呟く。
なんだか難しそうだ。
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「そんなに警戒しなくて大丈夫ですよ」
エルミナは柔らかく言う。
「今日は“調査”ではなく、“観測”ですから」
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「その違いは?」
セレスが即座に聞き返す。
相変わらず鋭い。
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「強制力の有無です」
エルミナは淀みなく答えた。
「私たちは管理局と違い、“封印”を目的としていません」
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「では目的は?」
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「理解です」
静かな返答。
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「歌唱魔術という現象を、正しく把握したい」
その目は真剣だった。
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「……歌唱魔術って」
アルルが少し戸惑いながら言う。
「そんなに珍しいんですか?」
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その瞬間。
エルミナとセレスが、同時に黙った。
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「……?」
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「珍しい、という表現では足りません」
エルミナが静かに答える。
「前例が存在しないんです」
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空気が、少し重くなる。
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「現在確認されている魔術体系は、大きく五つ」
エルミナが指を折る。
「詠唱型、構築型、感応型、契約型、そして先天固有型」
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「ですが」
視線がアルルへ向く。
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「あなたの力は、そのどれにも完全一致していない」
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「……え」
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「歌による精神同期」
「周囲魔力との共鳴現象」
「複数対象への波及支援」
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一つ一つ並べられる。
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「しかも」
エルミナの声が、少しだけ低くなる。
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「干渉を受けながら“再同期”している」
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セレスの目が細まる。
「……そこまで分析済みなの」
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「ええ」
エルミナは頷く。
「正直に言えば、異常です」
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アルルの肩がびくりと震える。
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「ですが、誤解しないでください」
エルミナはすぐに続けた。
「危険だと言いたいわけではありません」
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「では?」
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「可能性です」
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その言葉は、管理局の“危険”とは真逆だった。
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「歌唱によって魔力波形を安定化させる理論が成立するなら」
エルミナの目に熱が宿る。
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「既存の魔術体系そのものが変わる可能性があります」
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「……変わる?」
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「はい」
頷く。
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「今の魔術は、“個人制御”が前提です」
「ですがあなたの力は、“共有と同期”に近い」
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アルルは、昨日の戦いを思い出す。
セレスと繋がった感覚。
流れが重なった瞬間。
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「……あ」
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「心当たりがありますか?」
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「ちょっとだけ……」
アルルが小さく答える。
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「やはり」
エルミナが静かに息を呑む。
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そのとき。
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「――そこまでにしておけ」
低い声。
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部屋の空気が変わる。
扉の前。
ミレイアが立っていた。
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「……またあなた」
セレスが警戒する。
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「盗み聞きは趣味悪いですよ」
エルミナも眉をひそめる。
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「仕事柄ね」
ミレイアは軽く笑う。
だが、その目は笑っていない。
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「“同期型魔術”の話を、こんな早い段階でするなんて」
ぽつりと呟く。
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「……同期型?」
アルルが反応する。
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ミレイアは数秒、黙った。
そして――
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「それ、下手すると」
静かな声。
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「世界の魔術構造、壊れるよ」
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空気が凍る。
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「何を言って――」
セレスが言いかけた瞬間。
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ミレイアの表情が、初めて真剣に変わる。
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「管理局が本気になる理由、まだわかってないんだ」
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軽い調子が消えていた。
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「歌唱魔術は、“強い”から危険なんじゃない」
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一拍。
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「“広がる”から危険なんだよ」
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誰も、すぐには言葉を返せなかった。
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アルルだけが、自分の胸元を見つめる。
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(……広がる)
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その意味を、まだ完全には理解できない。
だが確かに。
自分の歌は、“誰かと繋がった”。
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そしてそれは――
この世界にとって、想定外の現象だった。
第2章・第2話です。
今回はかなり重要な“世界観の核心”に触れました。
歌唱魔術は単なる特殊能力ではなく、
「既存の魔術体系そのものを揺るがす可能性」を持っています。
特に重要なのは、
・個人制御型 → 同期共有型
への変化です。
これが成立すると、魔術の概念そのものが変わってしまう。
だからこそ、
・研究院は“可能性”として注目し
・管理局は“拡散危険性”として警戒しているわけです。
そしてミレイアが初めて、かなり真面目な顔を見せました。
ここから彼女の背景も徐々に見えてきます。




