第30話:神域買収、および「世界の経営権」の取得
「……や、やめろ……。その『闇』を、システムの中核に接続するな! 世界が、世界の定義が崩壊する!」
絶叫。
最高監査官の白銀の法衣は、いまやボロボロの糸屑となって剥がれ落ち、背負っていた最後の天秤は、わたくしが放つ「漆黒の負債」の重圧に耐えかねて、ミシミシと悲鳴を上げています。
わたくしの左目から溢れ出すのは、五〇〇年分の未清算債務。
神域が隠蔽し、排出しようとしていた「世界のゴミ」。
それが今、わたくしという器を通じて、神聖なる理へと逆流しているのです。
「……あら、怖いのかしら? 監査官様。……安心してくださいな。……わたくし、無意味に世界を壊すような『無駄遣い』はいたしませんの。……ただ、少しだけ“資本構成”を整理して差し上げようとしているだけですわ」
わたくしは、アラリック様の逞しい腕に支えられながら、不敵に微笑みました。
わたくしの指先が、空間に浮かぶ「世界管理コンソール」に触れる。
本来、人間が触れることすら許されない神の領域。ですが、今のわたくしは「巨大すぎて潰せない負債(Too Big to Fail)」そのもの。システムがわたくしを拒絶すれば、その瞬間に世界は全損処理されます。
「……アラリック。……わたくしがこの闇を流し込んだら、貴方がその『漆黒の剣』で、古い契約の鎖をすべて断ち切ってくださる?」
「……御意。……オーナーが望むなら、神の法も、運命も、一ギルの価値もない鉄屑に変えて差し上げましょう」
アラリック様の剣が、闇を纏って咆哮しました。
「――デット・エクイティ・スワップ(債務の株式化)、執行!」
わたくしが叫ぶと同時に、わたくしの内側にある「負債」が、神域の核へと一気に流し込まれました。
神域が抱えていた未清算の歪み。それが「所有権」という名の株式に変換され、わたくしの帳簿へと書き換えられていく。
光と闇が混ざり合い、大広間が、いや、世界そのものが激しく振動しました。
「あ……あああ……! 我らの……我らの神聖なる権限が、一介の娘に上書きされていく……! 監査権が、通貨発行権が、そして……生命の管理権までもが……!」
監査官の姿が、急速に透けていきます。
彼らが保持していた「管理権限」は、いまや負債の肩代わりとして、わたくしの手元にある『アストレア・クレジット』へと統合されていきました。
やがて。
激しい閃光の後、世界に「静寂」が戻りました。
空を裂いていた巨大なひび割れは消え、紫色のノイズに汚れていた街灯は、再び透き通った……けれど、以前よりも力強い「黄金色」に輝き始めました。
わたくしは、ゆっくりと目を開けました。
左目の激痛は消え、そこにはもはや黒い泥ではなく、世界の全てを資産として認識する、究極の『オーナー・アイ(統治眼)』が宿っていました。
「……ふふ。……鑑定、終了ですわね」
目の前で、力なく床に膝をついている最高監査官。
彼はもはや「神の代行者」ではなく、わたくしに買収された「倒産企業の元役員」に過ぎません。
「……さて。……監査官様。……いえ、『特別嘱託職員』の一号さん。……世界(弊社)の経営権は、たった今、わたくし、セラフィナ・フォン・アストレアが完全に取得いたしましたわ」
「……ぐ……。……神域を、買い取ったというのか。……負債を、支配に変えて……」
「ええ。……これからは、奇跡も加護も、すべてわたくしの帳簿を通じて提供させていただきます。……もちろん、一ギルの誤差も許しませんので、覚悟なさってくださいな」
わたくしは、バルコニーから黄金に輝く王都を見下ろしました。
民衆は、暗闇から救ってくれた「新しい神」――わたくしの名を叫び、跪いています。
王家は潰れ、教会は解体され、銀行は吸収された。
そして、神すらもわたくしの「社員」となった。
「……オーナー。……世界が、貴女の色に染まりましたね」
アラリック様が、わたくしの肩を抱き寄せ、耳元で囁きました。
その声には、冷徹な皇帝の威厳ではなく、自分の全てを預けた「資産」としての、甘く深い悦びが混じっていました。
「……ええ。……ですが、これからが本当の忙しさですわよ、アラリック。……世界中の国々の帳簿を洗い出し、不要なコストを削減し、不当な利益を回収する。……人類の生存にかかる『管理手数料』、いくらに設定しましょうかしら?」
わたくしは、懐から新しい帳簿を取り出し、最初の一ページに筆を走らせました。
『新世界管理勘定:第1期。……資産:全世界。……負債:なし(すべて資本に振替済)』
ふふ……。
さて。……お父様、ジュリアン。……それに、元・神様。
「……皆様。……明日の朝食から、少しだけ『管理費』を値上げさせていただきますわよ? ……わたくしの世界で生きる喜び、たっぷりと支払っていただきますわ」
アストレア公爵令嬢セラフィナ。
彼女の「取り立て」は、今、世界という名の巨大な市場へと解き放たれました。
【完結のご挨拶】
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
婚約破棄という「不渡り」から始まったセラフィナの物語、これにて第一部『世界買収・神域監査編』、無事に全勘定の清算が完了いたしました。
愛も、奇跡も、神の加護すらも。
すべてを「数字」と「契約」で買い叩いてきた彼女の足跡は、読者の皆様という「賢明な投資家」の方々の支えがあってこそ、ここまで鮮やかに描き出すことができましたわ。
さて、世界を個人資産としたセラフィナですが、経営者の朝は早いものです。
次なる市場(第二部)では、異世界の理を持つ「新規参入者(魔王軍)」や、母エレインが遺した「真の遺産」を巡り、さらにスケールの大きな経済戦争が幕を開けます。
「この物語、なかなかの優良銘柄だったわ」と思ってくださった投資家の皆様。
ぜひ、以下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に塗り替えるという「配当」と、「ブックマーク」という名の「追加投資」をお願いいたしますわ。
皆様の応援という名の「信用供与」こそが、わたくしの筆をさらなる高みへと加速させる唯一のエネルギーなのですから。
それでは、また次の「徴収」の時間にお会いいたしましょう。
皆様の帳簿に、幸多からんことを!




