第14話:神聖法は「管理不届きな不良資産」ですわ
王城の大広間は、もはや祝祭の場でも、ましてや王の住居でもありませんでした。
中央に置かれた二つの対面する机。片方には、山積みの帳簿と、冷徹な美貌を湛えたわたくし、セラフィナ。
もう片方には、黄金の装飾が施された聖法典を携え、凛と背筋を伸ばした審判官、イザベラ。
これより始まるのは、剣による殺し合いよりも残酷な、言葉による『資産の奪い合い』。
周囲で固唾を呑んで見守る貴族たちは、もはや陪審員という名の『人質』ですわ。わたくしか彼女、どちらかの論理が勝った瞬間、彼らの領地と財産の運命もまた決まるのですから。
「――審判を開始します。セラフィナ・フォン・アストレア。貴女が主張する『土地所有権』による教会の強制退去。これは聖法典第一章第四条、神聖不可侵権に抵触します」
イザベラ様が聖法典を開くと、そこから立ち上る光が文字となって空中に浮かび上がりました。
それは単なる視覚効果ではありません。この世界の魔力そのものが、その『法』を事実として認識し、わたくしの身体を押し潰さんとする物理的な圧力。
「神の家は、この地のいかなる世俗の法をも超越する。……貴女の差し押さえは、天の理において『無効』。これが私の判決です」
広間を支配する静寂。貴族たちはその威光に打たれ、一人、また一人と膝をつき始めました。
……あら。いい雰囲気ですわね。
わたくしは、扇子で口元を隠し、その『光の法』を左目の鑑定眼でスキャンいたしました。
「鑑定。……判定、消費魔力過多。権威による過大評価……要するに、ただの『虚飾』ですわね」
わたくしは、扇子を一振りしてその光の圧力を振り払いました。
「イザベラ様。貴方はその『神聖不可侵権』を錦の御旗になさっていますけれど……法とは、守られるべき対象が『健全に機能していること』が前提ですわ。……貴方の守る教会は、現在、機能不全による『管理不届きな不良資産』と化しておりますのよ?」
「……なんですって?」
「ご覧なさい。昨夜、わたくしが押収した大聖堂の修繕記録ですわ」
わたくしが指先で合図を送ると、アラリック様が数冊の分厚い帳簿をイザベラ様の机に叩きつけました。
「神聖不可侵を盾に、貴方がたは過去百年にわたり、外部の監査を拒み続けてきましたわね。……その結果がこれです。屋根は雨漏りし、地下の魔導回路は腐食し、寄付金の八割は教皇庁への上納金と司教たちの遊興費に消えている。……土地の所有者として、わたくしには『資産価値を著しく損なうテナント』を退去させる正当な権利がございますの」
「それは……一部の不心得者による管理ミスに過ぎません。法そのものの正当性とは無関係ですわ!」
「いいえ、大ありですわ。……法とは、秩序を維持するための契約です。教会が『神の加護を民に与える』という役務を果たせない以上、その特権(免税権)もまた、債務不履行によって消失します。……イザベラ様。貴方が守ろうとしているのは、もはや『神の意志』ではなく、ただの『不渡り手形』ではありませんこと?」
わたくしの言葉が放たれるたびに、空中に浮かんでいた光の文字が、パラパラと砂のように崩れ落ちていきます。
イザベラ様の美しい眉が、わずかに歪みました。
彼女はわたくしの論理が、感情論ではなく『契約の履行義務』という逃げ場のない正論に基づいていることを悟ったのでしょう。
「……ふふ。やはり貴女を甘く見てはいけませんでしたわね、セラフィナ。……ですが、私の『鑑定』では、貴女の主張にも致命的な欠陥がございますわ」
イザベラ様が、聖法典のさらに奥の、封印されたページをめくりました。
「貴女が根拠とする『五〇〇年前の土地貸与契約』……。……実はそのさらに前、この大陸が形作られた頃。……王国の創始者よりも先に、アストレア家の先祖そのものが、教皇庁の始祖と『血の連判』を交わしているとしたら? ……その契約において、アストレア家は『永遠の奉仕』を誓わされているとしたら、どうかしら?」
彼女が差し出したのは、羊皮紙ですらない、未知の素材でできた契約書の断片。
そこには、わたくしが西離宮で見つけた『世界の根抵当権』と同じ、禍々しくも美しい紋章が刻まれていました。
(……あら。……これは、わたくしの帳簿に載っていない『簿外債務』かしら?)
わたくしの胸が、一瞬、冷たい高揚感に包まれました。
計算し尽くしたはずの戦場に、未知の変数が現れる。これこそ、商談の醍醐味ですわ。
「……面白いですわね、イザベラ様。……その『古い呪縛』。……今のわたくしの資産価値を上回るほどの利息を、まだ保っているのかしら?」
「ええ。……これから、それを貴女の身をもって『精算』していただきますわ」
イザベラ様の背後に、教皇庁の真の闇を象徴するような、巨大な天秤の影が浮かび上がりました。
ふふ……。
国家の破産整理が終わったと思えば、今度は『歴史の清算』ですのね。
望むところですわ。……どんなに古い負債であっても、わたくしが『無価値』と断じれば、それはただの紙屑に過ぎませんのよ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
神聖法を「不良資産」と言い切るセラフィナ様の格好良さ、伝わりましたでしょうか?
ですが、イザベラ様が繰り出したのは、セラフィナ様自身の血筋に縛り付く「謎の連判状」。
「簿外債務」という言葉の響きに、ゾクゾクしてしまいますわね。
さて、次回。セラフィナ様の先祖が交わした、あまりにも重い「呪いの契約」の正体が明らかに。
イザベラ様の「審判」が、セラフィナ様の所有権そのものを剥ぎ取ろうと牙を剥きます。
そして、地下で帳簿を整理していたジュリアン様たちが、この「血の契約」の噂を耳にして……?
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