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第1話:婚約破棄を承諾いたしましたら、王城がわたくしの差し押さえ物件になりました

「愛しているからこそ、この婚約を破棄する!」

そんな王子の寝言を、わたくしは『債務不履行のサイン』として受理いたしました。

お金で買えないものなんて、この世には存在しませんのよ?

「セラフィナ・フォン・アストレア! 貴様との婚約を破棄し、真実の聖女たるシャーリーを新たな王太子妃として迎えることを、ここに宣言する!」


華やかな卒業記念パーティーの最中、シャンデリアの輝きを切り裂くような怒声が響き渡りました。

 わたくしの婚約者――いえ、元婚約者であるジュリアン王太子殿下が、その隣に可憐な少女を抱き寄せてわたくしを指差しています。


周囲の貴族たちは、待ってましたと言わぬばかりに嘲笑を浮かべていますわ。

「ついにあのお堅い公爵令嬢も年貢の納め時か」

「愛のない女はこれだから」


ふふ、実に興味深い。

 わたくしの耳に届くのは、彼らの嘲笑ではなく、崩れ落ちていく王国の『信用格付け』の音です。


(……ジュリアン殿下の発言による王家の信頼度下落率、マイナス四〇パーセント。隣の少女が身につけているドレスの推定価格、一二〇万ギル。もちろん、わたくしの寄付金から出たものですわね)


わたくし、セラフィナは、手にした扇子を優雅に閉じました。

 震えることも、涙を流すこともありません。ただ、目の前の『不良債権』をどのように処理すべきか、頭の中で帳簿を整理するだけです。


「……あら、それはわたくしへの正式な通告と受け取ってよろしいのかしら?」


「そうだ! 往生際が悪いぞ、セラフィナ! 貴様のような、血も涙も通わぬ計算機のような女など、我が王家には不要だ。即刻この場から立ち去り、辺境の修道院へ行け!」


ジュリアン殿下の顔は勝利の悦びに歪んでいます。その隣で、自称聖女のシャーリーが、勝ち誇ったようにわたくしを見つめています。


「申し訳ありません、セラフィナ様。わたくしたち、愛し合ってしまったのですわ。愛は……お金や契約では縛れないもの。わかりますでしょう?」


愛。

 わたくしの最も苦手とする、非論理的な単語ですわね。

 わたくしに欠落しているものがあるとすれば、それはそんな『不確実な幻想』に価値を見出す機能かもしれません。


「愛、ですの。ええ、素晴らしいことですわ。……ですが殿下、婚約破棄を宣言される前に、一点だけご確認させていただきたいことがございますの」


「なんだ、見苦しいぞ! 言い訳など聞く耳持たぬ!」


「いいえ、言い訳ではございません。……事務的な確認事項ですわ。殿下、貴方は今、『我が王家には不要だ』とおっしゃいましたわね? それは、アストレア公爵家……ひいては、わたくし個人とのすべての契約関係を解消するという意味で相違ありませんか?」


ジュリアン殿下は鼻で笑いました。


「当然だ! 貴様との繋がりなど、今この瞬間にすべて断ち切ってくれるわ!」


「左様でございますか。……承知いたしましたわ。では、婚約破棄、謹んでお受けいたします」


わたくしが深く、そして優雅に一礼すると、会場が少しだけざわつきました。

 もっと取り乱し、縋り付くと思っていたのでしょう。残念でしたわね。わたくしにとって、価値のない投資先に固執するほど無駄な時間はありませんの。


わたくしは、付き添いの侍女から一束の書類を受け取りました。


「さて、殿下。契約が解消された以上、わたくしには『清算』の義務がございます」


「清算だと? ハッ、貴様の荷物など、まとめて城の外へ放り出してやるわ!」


「いいえ。放り出していただくのは、わたくしの荷物ではなく……殿下、貴方のほうですわ」


わたくしは、書類の中から一枚の紙を引き出し、殿下の目の前に提示しました。

 そこには、王家の紋章と、現国王陛下、そして公証人のサインが刻印された『不動産担保設定契約書』が。


「な、なんだこれは……」


「三年前、王都を襲った大干ばつ。そして昨年の流行病。王国の国庫は当時、底を突いておりましたわ。それを救うために、わたくしが私財を投じて王家に融資したこと……お忘れではないでしょう?」


「そ、それがどうした! 王への献上は臣下として当然の務めだろう!」


「いいえ。わたくしが差し上げたのは『献上金』ではなく、『融資(借金)』ですわ。そして、この婚約が継続している間は利息を免除し、元本の返済も猶予するという特約がございました。……ですが、たった今、殿下自らその契約の前提(婚約)を破棄されましたの」


わたくしは、扇子で書類の最後の一行を指し示しました。


「特約条項第十八条。……婚約が王家側の過失によって解消された場合、融資全額の即時返済を求める。返済不能な場合は、担保として設定された『ルーンガルド王城』の所有権を、即座に債権者――つまり、わたくしセラフィナ・フォン・アストレアへ譲渡する。……そう書いてございますわ」


会場の空気が、一瞬にして凍りつきました。


「は……? 何を……バカなことを。城が、貴様の所有物になるだと……?」


「ええ。法律ルールとは残酷なものですわ。この城のレンガ一個、床の絨毯一枚から、今殿下が座っていらっしゃるその椅子に至るまで。すべて、たった今からわたくしの私有物ですの。……さあ、騎士団の皆様?」


わたくしが声をかけると、背後に控えていた王宮騎士たちが、戸惑いながらもわたくしの前に跪きました。


「な、貴様ら! 何をしている、その女を捕らえろ!」


「殿下、申し訳ありませんが……」

 騎士団長が、苦渋の表情で口を開きました。

「我々の給与、そしてこの鎧や剣の整備費。すべてはアストレア公爵家……セラフィナ様からの寄付金で賄われております。彼女との契約を解除するということは、我々は今この瞬間から、無給の浪人になるということです」


「そ、そんな……っ!」


「安心してくださいな、皆様。わたくしと個人契約を結ぶのであれば、給与はこれまでの二割増しでお支払いいたしますわ。……ただし、主人はわたくし一人。わたくしの私有地を不法に占拠する者は、誰であっても排除するのが仕事ですわ」


騎士たちが、一斉に剣を抜きました。その刃が向けられたのは、わたくしではなく、壇上の王子と聖女です。


「……セラフィナ、貴様……っ! 正気か! これは反逆だぞ!」


「いいえ、正当な権利の行使ですわ。殿下……いえ、無職のジュリアン様。わたくしの物件に、勝手に上がらないでくださるかしら?」


わたくしは、シャーリーが震えながら握りしめているグラスを指差しました。


「あら、そのシャンパングラスも、わたくしの資産ですの。……不快ですので、置いていってくださる?」


聖女の顔から血の気が引き、グラスが床に落ちて砕け散りました。

 その音は、これまでの不条理をすべて粉砕する、最高のファンファーレのように聞こえましたわ。


さて。

 準備はすべて整いました。


国を買い取った大家として、まずはこの汚れた城の『大掃除』から始めるといたしましょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

婚約破棄された瞬間に大家さんになってしまうセラフィナ様。

彼女の「帳簿」に逆らえる者は、この国にはもう誰もいないようです……。


次回、「城を追い出された王族、物置部屋を月極で借りる」。

無職になった王子と、メッキの剥がれ始めた聖女に、セラフィナ様が突きつける「家賃」とは?

このざまぁの行末を見届けたいと思ってくださった方は、ぜひ評価やブックマークで応援していただけると、セラフィナ様の資産(やる気)が爆増いたしますわ!

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