1.まさかのシンデレラ
継母と義姉の顔を見た瞬間、ピシャーンと脳内に衝撃が走った。
「うそやん」
思わず呟いた。
前世の記憶と共に、これから私の身に起こる出来事がはっきりと見えてしまったのだ。
継母や義姉からのいじめに耐える日々
魔法使いからもらったガラスの靴
かぼちゃの馬車で舞踏会
そして王子様と運命の出会い
(これって、まさかの…)
「シンデレラ、挨拶しなさい」
父の言葉に、はぁ~と大きくため息をついた。
(やっぱりかぁ。むちゃくちゃ有名な童話ですやん。しかも主人公がまさかの私…)
はっきり言って、萎える。
「ほら、シンデレラ、早く」
父が急かすので、仕方なくドレスの裾を軽くつまんだ。
「…初めまして」
よろしくする気はないので、最低限の挨拶で済ませた。
「すまない。娘はどうやら緊張しているようだ」
苦笑いする父に、義母は肩をすくめた。
「あらまぁ、これでは先が思いやられますわね。きちんと挨拶ができるよう、私が一から教育いたしましょう。よろしいですね?」
義母はニコリと微笑んだが、その目は全く笑っていなかった。
おお、怖っ!
さて、どうしたものか。
はっきり言って、シンデレラは性に合わんのよ。
優しくて健気、我慢強くて従順、人知れず泣くとか無理無理。絶対無理。
私は、やられたらやり返すし、幸せは自分で掴みにいく。
“耐える系ヒロイン”なんか、やめてやるわ!
というわけで、まずは地道にコツコツと、義母や義姉たちへの仕返しに励むことにした。
「シンデレラ、掃除はもう終わったの?」
上の義姉が、意地悪な笑みを浮かべた。
「勿論です。さぁ、見て下さい! ピッカピカのツルッツルです」
自信満々に答える私に、義姉は粗を見つけてやろうと意気込んだ。
「本当かしら。私がチェックし、えっ、ちょっ、きゃああっ!」
義姉は床に足を取られ、それはそれは見事な尻もちをついた。
「ちょっと!ワックス塗りすぎよ。今すぐ私を助け起こしなさい‼︎」
そこへ、2番目の義姉が顔を真っ赤にして怒鳴り込んできた。
「シンデレラ!あなた、どういうつもり?」
「どうかされました? お義姉様の言いつけ通り、洗濯は済ませましたが」
「これ、何よ! 下着に名前を書くなんて一体どういうつもり? こんなの恥ずかしくて着られないじゃない。今すぐ消しなさいよ!」
いやでも女が4人もいるから、名前を書いておかないと誰のか分からないし。
騒動を聞きつけ、今度は義母がやって来た。
「先ほどから騒々しい。シンデレラ、何を怠けているの? 草刈りはもう済んだんでしょうね」
「ええ。私が今日しようと思った箇所は済みましたよ。そうだ、見て下さい。庭にはこんな立派なミミズが5匹もいたんです!」
私は、ミミズを入れた木箱をパカッと開けた。
「ちょっ、止めなさい! そんなもの、家に持ち込むんじゃないわよ‼」
義母が思わず仰け反った。
義姉たちは密かにミミズと距離を取りつつ、シンデレラのせいで酷い目にあったと義母に訴えた。
「聞いて、お母様! シンデレラはいつも意地の悪いことばかりするのよ!さっきだってわざと私を転ばせて笑っていたわ。しかも『ざまぁみろ』って罵ったのよ」
「私も酷い目にあったわ。シンデレラは私の下着にデカデカと名前を書いて、それをわざと隣家に見えるように干したのよ。もう恥ずかしくて外を歩けないわ」
シンデレラの行いを聞いた義母は、こめかみに手を当て、ため息をついた。
「シンデレラ。私たちはあなたのためを思って、家事を学ばせているのです。決して意地悪で言っているんじゃないの。それを何ですか。逆恨みも大概になさい」
義母が私を睨みつけ、義姉たちも「そうよそうよ」と騒ぎ立てる。
「そんな逆恨みやなんて、人聞きの悪い。私は全力で床を磨いただけ。洗濯物が混じらないように工夫しただけです。罵ったとか、見えるように干したとか、そんなの嘘ですし。それより言いつけどおり仕事を済ませたんで、文句じゃなくて家事スキルの高さを褒めて下さい。そうすれば私のモチベーションが上がります」
私の反論に、義母は声を荒げた。
「お黙り! 全く、口だけは達者なんだから。もういいわ。私たちに迷惑をかけた罰として、今日は食事抜きよ。分かったわね」
義姉たちはニヤリと笑うと、すぐに次の用事を言いつけた。
「いい気味だわ。さぁ、ドレスの準備をしてちょうだい。あなたのせいでドレスが台無しになったんだから。今すぐ用意して!」
「私はお腹がすいたわ。すぐに食事の準備をして。いいこと? 次、何か変なマネをしたら、ただじゃ済まないんだから! 返事は?」
「了解で~す」
私はまずドレスを選んだ。
(このピンクのドレス、ちょっと太って見えるんだよね。うん、これにしよう)
私に準備を任せたんだから、どんなドレスでも文句はないよね。
「わぁ、ステキ! とってもお似合いですぅ〜」
と一応言っておいた。
次に台所へ行き、食事の準備に取りかかった。
いやぁ、こういう時は食事担当で助かる。
つまみ食いも数をこなせば、お腹が膨れるんだから、食事抜きでも問題なし。
私はガッツリ味見しながら、食事を作り上げた。
ちなみに今日の料理は、素材の味を最大限生かした超薄味仕立て。
決して意地悪で薄味にしたんじゃない。家族のためを思って、健康的な料理にしただけだ。みんな喜んでくれるといいな。
さて用は済んだし、内職でもするか。
こんな家とはさっさとサヨナラして、自由に生きたいのよね。
そのためには、交通費と当面の生活費が必要だ。
私は得意の刺繍をジャンジャン刺して、どんどん売って、小銭を稼いでいる。
あと、女の一人旅は危険だから対策が必要だ。
私は戦えないので、自家製の唐辛子スプレーを作った。大きな音が鳴る鈴も買ったし、踏むと地味に痛いトゲのある実も集めた。あとは、市場まで往復ダッシュすることで、逃げ足を鍛えている。
「次は何しよう。なんかワクワクするなぁ」
“耐える系ヒロイン”をやめた私は、結構楽しく生きている。