七
「――――」
ふっ――と、何かがシェオルの心に波紋を作った。何かが堕ち、闇が広がる。もともと静寂と沈黙の中にあった心の奥が、更に深々と透き通り純粋に穢れがなくなっていった。
「リュテちゃんっ!!」
叫びと同時に、瞬時にセリッサは開花を唱えていた。白銀の魔方陣と閃光の花弁と共に魔法少女と成り、術を編み紡いでいく。
母――セレスも同じく魔法を紡いでいった。エリスの魔法は強大だ。防げるかどうかは分からない。だが、何としても防がなければならなかった。防ぐことができなければ、一帯は全てなくなってしまう。
「――天使の祈り」
母と娘の詠唱が重なっていく。唇を僅かに滑らせ、詩は小さくもささやかに周囲を満たしていった。銀雪の粒閃は踊り、幾重にも編み紡がれる。譜線は二人の詩に流れ、燐光が音律を顕した。
「天使の歌声」
閃き、輝き、流れ、踊り、描き、顕し、編み、紡がれ、謳う。幾重にも幾重にも重なり――そして、天使の譜面は、精霊の舞台は整い清められた。
「守護天使よ」
天へ祝福を謳い、旋律を奏でる。母娘の輪唱は一つに合わさり、閃光は溢れ天使の羽が舞った。
『救え。銀白の雪、日に光り!!』
―― ィィィィイイン ――
白き燐光の螺旋は宙に大輪の花のような刺繍を編み施し、麗しい曲線は天へと昇った。穢れなき純粋な閃光は空気に優しく触れ、描かれた花々を結び包んでいく。
宙に顕れた輝く花の壁は、黒き炎に満たされた闇の世界を分け隔てた。シェオルの前へと迫っていた漆黒の炎輪と破壊の奔流を防ぎ、光と闇を二分する。
「っ――!!」
重圧がセレスとセリッサの全身を襲った。伸ばした腕は震え、折れそうな足を止め、吹き飛ばされないように内に力を込める。
(絶対に――守る!!)
セレスは――セリッサは誓い、なお集中し魔法を構成した。もっと速く、もっと強く。幾重にも重ね纏わせていく。魔法の上に魔法を紡いでいくことは危険なことだった。体力と精神力、集中力が切れれば二つの魔法とも壊れてしまう。削られる心身に、意識が遠のいた。心と身体が悲鳴を上げている。それでも、絶対に止めなかった。逃げなかった。
だが、
ゴォォオオオオオオッッッ――――!!!!
地の揺れは治まることなく、聖堂は震えていた。炎の現出は存在するもの全てを飲み込み噛み砕いていく。黒き柱と広がる螺旋は天井を壊していき、破片すら残さず燃やし蒸発させた。
「アアアァァアアアアアァアアアアアァァアアアァァァッッ!!!!」
エリスの咆哮が聞こえる。瞬間、燐光の壁が瞬きとともに押され始めた。壊れることは防いでいる。だけれど、弾かれるのは時間の問題――
(そんなの駄目っ!!)
セリッサは胸で叫んだ。絶対に守る。視線の先に立つシェオルは――リュテは傷だらけだった。今までエリスの魔法を受け耐えていたといっても、今度は分からない。いや、あの強大な黒炎を魔法で防ぐこともなく受けたら、魔法少女でなく受けたら、リュテは――
(だから、駄目っ!!)
セリッサは力を込めた。自分がどうなってもいい。だから、願った。祈った。自分に、自分自身に。負けないと、諦めないと。
誓った。絶対に離さないと。
ゴオォォォォオオオオオォォォォッッ――――!!!!
漆黒の灼炎は荒れ狂う。聖堂は何とかその形を保っているが、最初に施したセレスの結界とともに崩壊しそうだった。後何分、後何秒――いや、もしかしたら瞬きの瞬間には壊れているかもしれない。
エリスが纏った全ての黒炎が一つに収束する。巨大な螺旋は核となり闇の刃を顕した。貫き弾けさせるつもりだ。もし撃たれれば全ては消失する。
身体が揺れるのを抑える。少しでも、少しでも――あとちょっと、あとちょっとでいいから――
「……リュテ……ちゃん」
虚無の刃は放たれた。




