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「――――」


 ふっ――と、何かがシェオルの心に波紋を作った。何かが堕ち、闇が広がる。もともと静寂と沈黙の中にあった心の奥が、更に深々と透き通り純粋に穢れがなくなっていった。


「リュテちゃんっ!!」


 叫びと同時に、瞬時にセリッサは開花を唱えていた。白銀の魔方陣と閃光の花弁と共に魔法少女と成り、術を編み紡いでいく。

 母――セレスも同じく魔法を紡いでいった。エリスの魔法は強大だ。防げるかどうかは分からない。だが、何としても防がなければならなかった。防ぐことができなければ、一帯は全てなくなってしまう。


「――天使の祈りプリエール・ド・ランジュ


 母と娘の詠唱が重なっていく。唇を僅かに滑らせ、詩は小さくもささやかに周囲を満たしていった。銀雪の粒閃は踊り、幾重にも編み紡がれる。譜線は二人の詩に流れ、燐光が音律を顕した。


天使の歌声(シャン・ド・ランジュ)


 閃き、輝き、流れ、踊り、描き、顕し、編み、紡がれ、謳う。幾重にも幾重にも重なり――そして、天使の譜面は、精霊の舞台は整い清められた。


守護天使よアンジュ・ガルディヤン


 天へ祝福を謳い、旋律を奏でる。母娘の輪唱は一つに合わさり、閃光は溢れ天使の羽が舞った。


救え。銀白のサリュ・ネージュ・ブラン・ダルジャン雪、日に光り・リュミエール・デュ・ソレイユ!!』


 ―― ィィィィイイン ――


 白き燐光の螺旋は宙に大輪の花のような刺繍を編み施し、麗しい曲線は天へと昇った。穢れなき純粋な閃光は空気に優しく触れ、描かれた花々を結び包んでいく。

 宙に顕れた輝く花の壁は、黒き炎に満たされた闇の世界を分け隔てた。シェオルの前へと迫っていた漆黒の炎輪と破壊の奔流を防ぎ、光と闇を二分する。


「っ――!!」


 重圧がセレスとセリッサの全身を襲った。伸ばした腕は震え、折れそうな足を止め、吹き飛ばされないように内に力を込める。


(絶対に――守る!!)


 セレスは――セリッサは誓い、なお集中し魔法を構成した。もっと速く、もっと強く。幾重にも重ね纏わせていく。魔法の上に魔法を紡いでいくことは危険なことだった。体力と精神力、集中力が切れれば二つの魔法とも壊れてしまう。削られる心身に、意識が遠のいた。心と身体が悲鳴を上げている。それでも、絶対に止めなかった。逃げなかった。

 だが、


 ゴォォオオオオオオッッッ――――!!!!


 地の揺れは治まることなく、聖堂は震えていた。炎の現出は存在するもの全てを飲み込み噛み砕いていく。黒き柱と広がる螺旋は天井を壊していき、破片すら残さず燃やし蒸発させた。


「アアアァァアアアアアァアアアアアァァアアアァァァッッ!!!!」


 エリスの咆哮が聞こえる。瞬間、燐光の壁が瞬きとともに押され始めた。壊れることは防いでいる。だけれど、弾かれるのは時間の問題――


(そんなの駄目っ!!)


 セリッサは胸で叫んだ。絶対に守る。視線の先に立つシェオルは――リュテは傷だらけだった。今までエリスの魔法を受け耐えていたといっても、今度は分からない。いや、あの強大な黒炎を魔法で防ぐこともなく受けたら、魔法少女でなく受けたら、リュテは――


(だから、駄目っ!!)


 セリッサは力を込めた。自分がどうなってもいい。だから、願った。祈った。自分に、自分自身に。負けないと、諦めないと。

 誓った。絶対に離さないと。


 ゴオォォォォオオオオオォォォォッッ――――!!!!


 漆黒の灼炎は荒れ狂う。聖堂は何とかその形を保っているが、最初に施したセレスの結界とともに崩壊しそうだった。後何分、後何秒――いや、もしかしたら瞬きの瞬間には壊れているかもしれない。

 エリスが纏った全ての黒炎が一つに収束する。巨大な螺旋は核となり闇の刃を顕した。貫き弾けさせるつもりだ。もし撃たれれば全ては消失する。

 身体が揺れるのを抑える。少しでも、少しでも――あとちょっと、あとちょっとでいいから――


「……リュテ……ちゃん」


 虚無の刃は放たれた。


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