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十一


 ――扉の音が聴こえた気がして、セリッサはゆっくり瞼を開けると寝ぼけたままベッドから身体を起こした。

 母もリュテもいない真っ暗な部屋。隣の部屋から明かりが洩れているから、リュテはいるのだろうと何となく思う。眠たいけれど何だか寂しくなってセリッサはベッドから降り、イヌのヌイグルミを抱いたまま明かりのほうへと歩いていった。


「……お母さん、リュテちゃんは?」


 隣の部屋には母だけしかいなかった。立っている母と、リュテがいないことを確認してセリッサは問いかける。


「セリッサ……」


 ――その時の母の表情を、セリッサは今でも忘れることができなかった。母は泣いていた。涙は流していなかったけれど、確かに泣いていた。


 その後のセレスの話を聞いて、セリッサは何かが終わった気がした。

 戦いのこと、戦いの後のこと――仕事で遠くにいったリュテの母のこと。

 セリッサは話す母の顔を見つめ、もしかしてリュテのお母さんは死んでしまったのではないかと思った。ただそう感じただけだったけれど、心の深くにそれは刻まれた。

 だから、母の話を聞いてどうしたらいいか分からなくなって、次の日からリュテに会えなくなってしまった。リュテから離れてしまった。

 なんて話しかけたらいいか分からなくて。

 どんな顔をしたらいいか分からなくて。

 セリッサはリュテから離れてしまった。でも、それはいつでも会えると知っていたから。

 いつでも傍にいると分かっていたから。だから、離れることができた。

 だけど――



  ――――――――――



 ――泣くのはこれが最後。

 どうしてそう思ったのか……泣いてもよかったのに。大声を上げて泣き喚いてもよかったのに。

 父が亡くなり、母はいなくなった。泣き続けたとしても、誰も責めたりはしないだろう。いや、むしろそうすることが正しいのだ。

 だけれど、少女は、リュテは涙を一粒流しただけで、泣くのを止めた。


「…………」


 誰もいない家――暗い部屋の窓から夜空を見上げる。

 聖女を讃え、魔法少女を讃え、奇跡に歓喜する人々……英雄となった黒白の聖女。アルカンシエルは毎日お祭りのような賑わいを見せている。

 自分が泣いてしまったら、そのお祭りを壊してしまう……そう思ったわけじゃない。

 悲しみじゃない。怒りでもない。憎しみでもない。

 ただ、リュテの中には「何か」が確実に宿った。


(――女神なんていない。奇跡なんてない)


 女神は、奇跡は母を助けてくれなかった。

 だから、


「わたしが助ける……待っていてね、お母さん」



  ――――――――――



 ――いつでも傍にいると分かっていたから。だから、離れることができた。

 だって、いつでも会えるって知っていたから。


「――――」


 誰も居ないリュテの家の中で、セリッサはどうしていいか分からなくて……ただ、ずっと家の中を見つめることしかできなくて。


「っ……っ、んっ……」


 セリッサは膝をついた。

 終わってしまった……何かは分からないけれど、全てが終わってしまった。


「ん…く……わぁぁああぁあああっ――――!!!!」


 セリッサは泣いた。そうすることしかできなくて……ずっとずっと大声で泣き続けた。



 リュテ・ヘスティアは、セリッサの前から――アルカンシエルから姿を消した。

 それから十年後――


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