十
「とても大事なお仕事で、いつ帰ってこれるか分からないけれど……でもね、リュテちゃんのお母さんは必ず……」
「どうして嘘をつくの?」
「ぇ……」
迷いのないリュテの視線。確信ではなく事実を言ったその言葉に、セレスは自分の心が揺れるのを隠し切れなかった。
「お母さんは近くにいる。わたし分かるよ」
リュテ自身、どうしてそう思ったのかは自分でも分からない。でも、何故かそれは分かっていた。母親のことならなんでも分かる。だって、娘だから。
「…………リュテちゃん、あのね……」
どうしよう――心が叫び、セレスは数秒を空けて声を絞り出した。手を組み、強く握り締める。気付かれないで、と願っても駄目だった。セレスは微かに震えていた。
「お母さんはどうなったの? エリスは倒したの?」
問いかけに、セレスはとうとう視線を落としてしまった。誤魔化すことなどいくらでもできただろう。相手は幼い子だ。いくらでも話すことはできた。
でも、それはできなかった。嘘を付くことはできない。誤魔化すことは尚更したくない。だけど、真実を話すことが本当に正しいのか――答えの出ない自問がずっと続く。
「……あのね……」
言葉を捜した。何と言っていいか分からないが、無言でいることはできなかった。無言が一番残酷だと思った、卑怯だと思った。だから、話を続けようと口を開き――
「わたしは、お母さんのことが聞きたい」
「…………」
リュテの言葉に、セレスは顔を上げ黙ってしまった。
「セリッサちゃんのお母さん。わたしは大丈夫だよ」
その視線、その口調に――
「…………」
セレスは再び俯き、唇を噛んだ。
――私は……私はあなたの娘の前でも迷い、助けられている。
「……リュテちゃん」
セレスは顔を上げた。泣くわけにはいかない。私は泣いてはいけない。
「わかったわ……話すね、お母さんのこと。今までのこと、全部」
だから、胸の奥だけで泣いて、セレスは話を続けた。何が正しいのかは今だ分からない。だが、話さなければいけないと思った。
今までのことを――エリスとの戦いのこと全てを。
――全てのことを話すのにどれだけの時間がかかったのだろう。
短かったのか、長かったのか。そんなことを感じる間もなく、セレスはただ話を続けた。
リュテはずっと黙っていた。泣くことも怒ることもなく、ただセレスの話を聞いていた。
そして――
「……リュテちゃん」
全ての話が語り終えた後、リュテは俯き机にある本を見つめていた。セレスの呼びかけにも応えることなく、静かに口を開くことなく。
何かを考えているようで、何も考えていないようで……リュテ自身、自分が何をしているのかも分かっていなかった。
ただ一つ、ただ一つだけ思ったことはある。今はただ、とにかく一人になりたかった。
「わたし……帰るね」
椅子から降りるリュテに、セレスは手を伸ばした。
「リュテちゃんっ」
後一歩……後一歩踏み込めば、リュテの肩を掴むことができた。だけれど、
「ありがとう。おやすみなさい」
振り返り、それだけを伝えてくるリュテにセレスは手を触れさせることができなかった。
「……リュテちゃん」
後姿だけを見送り、触れようとしていた手を握った。自分が何をしたいのか、何をしようとしていたのかも分からない。
ただ、扉が閉まる音だけを聞き、セレスは立ち尽くした。その場に、ただずっと。




