三
「――ファイスさん」
呼びかけ、セレスは瞼を開けた。真っ直ぐに見つめ、静かに、惑いなく言葉を続ける。
「力は強まっています、確実に」
「わかっているわ。だから、従僕が増えている」
「いえ……封印が解けるのは時間の問題だと思います」
その言葉に、
「……それは、初耳ね」
ファイスは表情を変えた。
セレスの変化は、ファイスも気付いていた。その瞳が何より明快に物語っている。覚悟の視線――何を決意しての覚悟かは大体想像はできた。だからといって止めることはしない。聞かないほうがいいと感じていても、聞かないわけにはいかなかった。
「報告にもなかったことよ。どういうことなの」
(きっかけは、きっとあの子……)
ファイスの問いかけに、セレスの胸に一人の少女が浮かぶ。けれど、それを話すわけにはいかない。そして、他の聖女を巻き込むこともできない。
――私は今度こそ甘えを捨てる。
「時が来たということです。決着をつける時が」
まったく、この子は――ファイスは咄嗟に出そうになった怒号を何とか止め、ぐっと奥歯を噛み締めた。息をゆっくり吸い、吐くとともに静かに口を開く。
「あまり良い言い方じゃないわね、それは。全部を自分一人で背負い込む気?」
「一人では背負いません。ただ、ここに居る使徒は私が対応するというだけです」
ファイスの空気は察しているはずだった。それでも、セレスは一歩も引くことなく言葉を続ける。
「実際、封印が解けた後にどういう事態が起こるかは分かりません。他の都市に何も起こらない保証もない。ですから、ここは私一人で対応して――」
「その言い訳してるみたいな言い方が気に入らないっていってるのよ!」
我慢できず放たれたファイスの声が、セレスの言葉を止めた。セレスが宿す決意と覚悟の瞳を睨みつけ一歩踏み出し、その全てを壊すように、断ち切るように強く重く言葉の剣を振り下ろす。
「貴女が、そんな言い方と――表情をする時は、ろくなことにならない」
「……責任は、私が取るべきなんです。あの人を助けられなかった……だから」
それでもセレスは退かなかった。ファイスから視線を逸らさず、そして、願う。自分の我侭だと分かっていても、間違っているかもしれないと気付いていても、それでも願わずにはいられなかった。
「ファイスさん、お願いします」
真正面から見つめてくるセレスの瞳――惑いのない強い意志と願いを、ファイスは見つめた。
沈黙と静寂――今のこの沈黙が何のための時間か、それぞれの何を満たす静寂か――
そして、ファイスは静かに呟いた。
「――しばらく、ここに居たほうがよさそうね」
「ファイスさんっ!」
「話は、会議が終わった後にゆっくり聞かせて貰うわ」
セレスの呼びかけに応じることなく、話はそれまでと身体を翻し、ファイスは学園長室の扉へと歩き始めた。
二時間ほど後、アルカンシエルの市長と役員たちが学園へと来ることになっていた。もちろん、話は魔女の従僕の増加による今後の対応についてだ。
本来ならば、こちらから伺わなければいけないのだが、ファイスの時と同様、現在の状況で聖女が学園から離れることは危険と判断し市長らが訪れることとなった。会議には、学園長であるセレスを始め、隊長であるミュゲ、従僕対応の兼任もしている教師、そして、聖都からの使者であるファイスも参加する。
「ファイスさんっ!!」
もう一度呼びかけるセレスの言葉は無視し、ファイスは部屋を出る。まだ、何かを言いたそうだったが、セレスが追いかけてくることはなかった。
扉を閉めたところで足を止め、深い溜息を吐く。最年長であり、聖女の中で一番の先輩ともなると、こういう気苦労も背負わなければならなくなる。二、三歳しか違わないのに自然とそういう役割になってしまったことに後悔することはないが、多少、損をしている気分になるのは今に始まったことではなかった。面倒が多い聖女が揃っていると尚更、余計に年上として接しなければならなくなる。今のセレスのように。
「……おいしいランチはできそうにないわね」
そんなことを気にしながら、ファイスは再び歩き始めた。セレスはしばらく一人にしたほうがいいだろう……そう思い学園長室から出たのだが、学園の外に出ることもできないためゆっくりできる場所を失ってしまった。
かといって、聖女である自分がうろうろしていたら学園の生徒に気を使わせるだろうし、格好もつかないだろう。
――やっぱり、気苦労がたえない。
もう一度、胸中で嘆息し、ファイスは部屋へ戻ることにした。一応、学園には自分の部屋も用意されている。客室なので居心地が悪いわけではないが、あまり外へ出られないと考えると陰鬱にもなる。
全ての問題が終わったら、大いに贅沢させてもらおう――そう思い、そして、諦め。ファイスは、部屋へ続く廊下を歩いていった。




