第2話 変わる日常
謎の人間の襲撃から3時間が経った。突如駆けつけた王国親衛隊の騎士によって、謎の人間を撃退することには成功したが、ラマラシアが受けた傷が癒えることはなかった。
「母さん、具合はどうだい?」
俺は無力だ。敵の攻撃からラマラシアを守ることもできず、挙げ句の果てには攻撃を受けて倒れたままことの終わりまでを見届けることになってしまった。
「えぇ…、だいぶ楽にはなったわ」
そう言いながらもラマラシアの呼吸は浅い。敵の武器に何か毒でも仕込まれていたのか、それとも、傷が深いのか。いや、その両方だろうと隣に立つ騎士が言う。
「申し訳ない。私がもう少し早くあなた方のところへ到着していれば……」
顔を歪めながら騎士はラマラシアの前にひざまづく。
「いえ、あなたの助太刀のお陰で命を救われました。感謝いたします」
ラマラシアはシスターだ。例えどんな状況でも、相手が謝罪の弁を述べれば許すことを忘れない。
騎士は非力を嘆いているが、事実は全く異なる。彼が駆けつけなければ、俺たちはとうに天に召されていてもおかしくはない。
「くっ…!」
体が勝手に動いていた。情けなさか、ラマラシアを失いそうになった焦燥感からか、俺は無意識にその場を離れて外に出ていた。
辺りはすでに漆黒に染まっていた。まるで、情けない俺をけなしているかのようだ、などと自己犠牲の念に浸っていたところでラマラシアの傷が癒えるわけではない。
「君の傷は大丈夫なのか」
声のした方を振り向くと、そこには甲冑を脱ぎ、親衛隊の紋章が入った服を着た騎士が経っていた。
「はい…、俺は大丈夫です」
実際受けた傷は深くなかった。敵の武器による攻撃を受けておらず、光線によるショックで倒れていたに過ぎない。それが、より一層不甲斐なさを滲み出させる。
「君が気に病むことなどない。彼女を守るために戦っていたではないか」
「え…?」
俺は何もしていない。貴方が全部片付けてくれたんだ。そう思ったが口にはできなかった。代わりに、
「貴方が助けてくれなかったら、どうなっていたか分からない。ありがとうございました」
未だに礼を言っていなかったことを忘れていた。くだらない自尊心よりも、人に対する感謝を伝える方が余程重要だ。これも全て、ラマラシアから受けた教育の賜物なんだ。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。私の名前はハンストッド・ヴェリエントスという」
「俺は、リカルドです。名字は…ラマラシア…、母にも名字がないためありません」
ヴェリエントスは先程まで見せていた勇ましい顔はどこへいったといった風に疑問符を浮かべ、
「むぅ…?多少気にはなるが、別段支障はない。それでは、リカルドと呼ばせてもらおう。私も先程いただいた夕食の礼を忘れていた。ありがとう」
「い、いえ!助けていただいたのにあんなものをお出ししてすみません、ヴェリエントス様」
「おいおい、様はよしてくれ。私は騎士という身分ではあるがそういった敬称などはあまり好きではないのだ」
「はぁ…ではヴェリエントスさん」
騎士は、これまた違う表情を見せた。甲冑を纏い、その背丈では想像もつかなかったが、よく見れば俺とあまり年が変わらないようにも見える。
「ヴェルで構わない。部下にもそう呼ばれているんだ。それに、私は25になったばかりだ。君とそう変わらんさ」
年齢を聞き驚いた。俺と一回りしか変わらないこの男はかの王国の親衛隊に属しているのか。
そこでふと気になった。なぜ、大陸が離れた王国からこんな辺境の地へ来ていたのか。
「ヴェルさんはなぜここへ?」
そう聞くとヴェリエントスは、
「ふむ、まぁ立ち話もなんだ。一旦家に入らないか?」
ヴェリエントスの提案を受け、俺たちは家の中へと戻った。
外にいた時間はそう長くはなかったはずだが、二階のラマラシアの部屋の電気は消えていた。
「彼女なら先程眠ったところだ。君とも話しがしたかったから電気を消して部屋を出たんだ」
これが騎士というものか。行動一つ一つに義が溢れている。
俺を追って外に出たのも、ラマラシアの件で俺が落ち込んでいることを見越していたのだろう。
「さて、ではなぜ私がここへ来ていたのか、だったな」
腰を落ち着けて、コーヒーを渡すとヴェリエントスはありがとうと言い話を始めた。
「任務のため、詳しいことは話せないが、私はとある装飾品の調査をしている」
装飾品?そう言われて思いつくのはペンダントや指輪といった類のものだ。そんなもののために親衛隊の騎士が大陸を超えるのか。
「疑問に思うのも当然だ。しかし、これは王から勅命を受けたものなんだ。詳しくは私にも知らされなかったが、どうやらその装飾品は時空や時代に干渉することができる力を秘めているらしい」
なんのことだかさっぱり分からんとヴェリエントスはコーヒーを口へ運ぶ。
そこでふと、先程の謎の人間の発言を思い出した。
『輪環の章はどこだ?』
まさか…。
「その装飾品ですが、もしかして輪環の章…というものではないですか?」
そう言うとヴェリエントスは目を見開いて、
「君、知っているのか?」
まさかといって風にそう言った。
「い、いえ…詳しくは知りませんが、先程戦ったあいつが、母に向かってそう言っていたんです」
「つまり、君の母君なら何か知ってる、ということだな」
ヴェリエントスは悩んだ素振りを見せると、
「では、母君の容体が回復し次第、話を伺ってもいいだろうか」
断る理由などなかった。偶然とはいえ、命を救ってくれた恩人の頼みだ。
「ありがとう。それでは、あまり長居するわけにもいかない。私は宿を探しに街へ戻ろう」
なんと、騎士の任務であるにも関わらず宿の用意をしていなかったのか。
「よければうちへ泊まっていかれませんか?教会ですので、宿ほど快適ではありませんが。それに…」
また、いつあの様な敵が襲ってくるかわからない。俺では、ラマラシアを守ることはできない。それが分かっている以上ヴェリエントスにここにいて欲しかった。
「そうか、では、お言葉に甘えよう」
君ともっと話しもしたいしな、とその端正な顔に笑みを浮かべてヴェリエントスは言った。
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あれから2日が経った。未だにラマラシアの腕は治らない。それどころか、容体は悪くなる一方だった。
「彼女の様子は?」
ヴェリエントスは昨日街で仕入れた紺のジャケットを脱ぎつつそう言った。
「本人は問題ないと言いますが…熱も出てきたようで、悪くなる一方です」
「そうか……」
すまない、とでも言いたげな雰囲気だったが、彼が謝ることなど何一つない。
「君1人に看病をさせているだろう。調査任務があるとはいえ、本来であれば人々を守ることが役目のはずだ」
そんなことはない。むしろ、任務があるにも関わらず、昼になれば一度顔を見せ、夜早くには必ず戻ってくる。それだけで、彼の人間性が伺える。
「いえ、本当に助かっています」
ラマラシアが倒れてからというもの、俺はどうにも涙腺が麻痺してしまったらしい。ちょっとしたことですぐ感情が露呈する。
そんな俺をみかねてか、ヴェリエントスはそうだ、と何かを思いついたように言った。
「私の任務、伝説の装飾品の捜索。それは、君の話によるとこの家にあるかもしれない。彼女の体調が回復その話を聞ける。それまでは、私はここに残るつもりだ」
疑問符を浮かべる俺に対して、ヴェリエントスは年相応の顔で微笑みながら、
「今日の調査で、この街には問題がないことがわかった。つまり、やることがなくなったんだ。だから、明日からは君と鍛錬をしようかと」
それは思いもよらぬ提案だった。彼が滞在してくれるのは心強い。いつ敵に襲われても大丈夫だ、そう思ってきた。しかし、彼が何らかの都合で帰還しなければならなくなった場合、俺1人ではラマラシアを守ることはできない。
「本当ですか?!」
「あぁ、君には剣の才能が眠っていると私は思う。しかし、どんな才能も芽を出さなければ意味がない」
俺に、剣の才能があるだなんて。冗談だとしても気持ちがいい。
「嘘ではない。先日の戦い、あの時の君の振る舞いと目を見れば武を携えているものなら誰でも分かることさ」
そう言うと、ヴェリエントスは続けて、
「明日、2人で街に出よう。この家にはまともな武器はないだろう?」
あるにはある。ラマラシアの持つレイピアだ。しかし、彼女の許可なく使うのは気がひける。そこまで考えての発言だろう。それは嬉しい提案だ。年頃の男にとって、剣を見に行くなど、楽しいに決まっている。しかし、
「あっ、でも……、剣を買うほどの余裕は」
数秒前の喜びはどこへやら、急に沈んだ俺を見て、ふっと微笑み、
「気にすることはない。こう見えても王国の親衛隊の人間。偶然出会った街の男に剣をプレゼントするくらいは容易だ」
この男はどこまで優しいのか。どう生きればこうなれるのか不思議なくらいだった。
「もし、何か気に触るのであれば宿代として受け取ってくれ。それならば問題はないだろう?」
そこまで言われて断るのは無礼なことだった。俺は素直に頷いて感謝を述べる。
「よし、それじゃあ今日はもう寝るか。話していたらいつの間にかこんな時間だ」
いつの間には夜は更けていた。明日は忙しくなるだろうし、俺も寝よう。改めて、彼に感謝を伝え、ラマラシアの様子を見た後に俺は眠りについた。
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今日は、昨日ヴェリエントスと話したように街へ出ている。ラマラシアにもそう伝えると笑顔で見送ってくれた。とは言ったものの、一つ不安な点がある。
「知ってるとは思いますが…、ここはグリモワース領なので、魔法具は多くありますが剣が売っているかどうかは」
「それは、普段君が買い出しに出ている範囲の話だろう?グリモワース領とはいえ、私のように職務でこの街を訪れるものは多い。剣の手入れが出来なければ始まらないだろう?何時間かかかるが、街の中心の方へ行けば鍜治屋があるんだ」
街の治安確認の際に、2日に渡っていける範囲の場所は歩いたらしい。ならば、何も心配はいらないだろう。生まれて初めて行く中心街には心が躍る。
「やっと楽しそうな顔を見せてくれたな」
「え?」
言われてみればそうだったかもしれない。ラマラシアが倒れてからは、それだけで頭がいっぱいだったら。とても何かを楽しみにするなんてことはできなかった。その分、こうして機会を与えてくれた彼には感謝が募るばかりだ。
他愛のない話をしながら歩いていると、中心街に到着した。普段買い出しに出ている街とは異なる、いかにも中心都市と言えるような街並みに驚いた。彼の話によると、ここはまだまだ首都から離れているらしく、首都に行けばもっと綺麗な街並みが広がっているという。
「では、鍛冶屋に行こうか」
そう言って再び俺たちは歩きだした。見たこともない店の数々に、辺りをキョロキョロを見渡す俺を見て微笑むヴェリエントスを見て、俺は少し恥ずかしくなった。兄がいたらこんな感じだったのかな、なんて思うようにもなった。出会ってまだ3日だが、彼とは随分打ち解けたと思う。出会う場所が異なれば友人にでもなれたであろう。そう思っていると、
「着いたぞ」
そう言われて目の前を見ると、お洒落な雰囲気の街では、幾分か目立つ店があった。様々な装飾を施され、カラフルに彩られた街並みの中、古めかしく、威厳を保った店がそこにはあった。
「お邪魔します」
「……」
店主は何も言わず、こちらを見ただけだった。店に入ると、その荘厳な雰囲気はより力を増した。火にくべられた鉄が発する熱から、かなり屋内の温度は高い。壁一面に飾られた武具たちが来客を見下ろしている。
「用件は何だ」
店主は無愛想にそう言うと、作業の手を止めてこちらを向いた。
「今日は剣を見にきました。彼に合う一品を探しに」
ヴェリエントスの言葉を聞き、坊主に?と一言いい俺のことを見つめる。頭の先からつま先まで、品定めでもするかのように俺を見たあとにヴェリエントスも同じようにしたあと、
「お前さん、王国の騎士か」
「はい。ついでと言っては何ですが、私の剣の研磨もお願いしたいのです」
ヴェリエントスが差し出した剣を見て店主は表情を変えた。素人の俺にでもわかる。彼の剣は見るものを虜にするほど美しい。以前は戦闘中だったためじっくりと見るのは今が初めてだ。少なめの装飾に、見るものを吸い込むような真紅の刃。熱い炎に、どこか威厳を持ち合わせている雰囲気はヴェリエントスそのものであった。
「これほどの剣、持つのは初めてだ。完璧なものに仕上げよう。時間がかかる。ゆっくり見て行くといい」
先程までとは違い、俺たちを歓迎するかのように店主は言った。
「ありがとうございます。よし、じゃあ気に合うものを探そう」
剣、武器とはいえその種類は一つではない。ラマラシアの持つレイピア、ヴェリエントスの持つ一般的なロングソードより少し長めのもの、そして目の前に広がる多種多様の武器の数々。見ているだけで心が躍る。いくらか武器を見ているうちに、ふと目にとまるものがあった。
「ほう、それが気に入ったか。見たことのない形だな」
別段気に入ったわけではない。だが、なぜがこの剣に目がいったのだ。
「ならば、これが君を呼んだのかもしれんな」
ヴェリエントスは笑いながらそう言っていると後ろから声がかかった。
「それに目をつけたか」
全く気配を感じなかった俺は驚いてひぃと情けない悲鳴をあげそうになった。ヴェリエントスは気づいていたのか自然に会話を続ける。
「これが目に留まったみたいですね」
ふむ、と何か考えるかのような素振りを見せた店主だが、すぐに会話を続ける。
「それはな、このオノーレス王国が統治している三国から遠く離れた東方の国の剣だ。昔、資料を見て真似て打ってみたものだが…」
思いもよらぬ発言だった。ラマラシアのおかげで一般的な教養は身につけてはいたが、学徒のように知識を持っているわけではない。この国の外ですら夢物語の俺にとって、さらに遠く離れた地など想像すらつかないところであった。その話をきいてからは、よけいにその剣に見入るようになった。
「見たことのない形だろう。それはもう10年も前に打ったものだが誰も手にしなかったものだ。気に入ったのならくれてやる」
「えっ、いいんですか」
それは思いもよらぬ提案だった。元々自分の資金でやりくりするものでは無かったためか、ヴェリエントスに多少の負い目は感じていた。そんな俺にとって店主の提案はいいものだった。
「お言葉に甘えて頂戴しよう。その代わり、研磨代を払ってよりいいものにしてから持ち帰ろうか」
ヴェリエントスの提案も俺は受け入れた。研磨代であれば俺にでも払えるだろう。店主に、これをくださいと伝えると、店主は額からそれを外した。
店頭に戻り、研磨の終わったヴェリエントスの剣を見て、彼は驚嘆の声を上げていた。その顔を見て満足したのか店主は、
「お前さんもお代はいらん。もう何年も人が来なかった店だ。活きのいい剣を打ち直せただけでも十分なお代になる」
最初は無愛想な店主だと思っていたが、今の話を聞き納得した。何年も客足がない店に若者2人が訪れれば何の冗談だと言われても仕方ないことだ。しかし、こちらが本来の気のいい店主なのだろう。ヴェリエントスはお辞儀をして剣を受け取った。そして、
「お前さんが選んだあの剣。あれはカタナ、と言うらしい」
カタナ?初めて聞く言葉だ。確かに、俺が知っている剣とは異なり、とても刃が長く、柄の部分が短い。
「名をライキリ、東方の言葉で雷を切ると言う意味だそうだ」
「雷を…切る」
そう言われ、改めてこのカタナを見ると本当にできそうな気がしなくもない。それほどまでに、緩い曲線を描いた刀身には見るものを吸い込むような魔力が宿っていた。
店主に深く礼を言い、店を後にした。研磨用に砥石をいくらかサービスで貰って、より頭が上がらない。
「素晴らしい御仁だったな。本当に剣を愛しているのだろう」
そうですね、と同意する。その後、いつもの街でラマラシア用に花を買って帰った。寝台の隣に花でも飾れば少しは気が紛れるだろうとのヴェリエントスの提案だった。
教会に着くと、明かりがついていた。ラマラシアが起きたのだろうか?裏口の生活部屋の扉をあけて中に入るといい香りがした。
「2人とも、おかえりなさい」
普段着でもあるシスターの礼装に身を包んだラマラシアが出迎えてくれた。ただいま戻りましたと、礼儀正しくお辞儀をするヴェリエントスに習ってただいまという。
「母さん、もう立ち上がっていいのか?」
「えぇ、ゆっくり休ませてもらったから」
ヴェリエントスさんには感謝してもしきれませんといいラマラシアも頭を下げる。そして3人でリビングへ向かいラマラシアの作った料理に舌鼓をうった。
食事の後、やはり急に動いたから疲れてしまったのかラマラシアはすぐに眠ってしまった。俺とヴェリエントスも街へ繰り出したため、気持ちのいい疲労感に包まれていた。ラマラシアもこのまま良くなるだろうし、明日からはヴェリエントスから剣を教えてもらえる。ここ数日の間落ち込んでいた心はすっかりと元気を取り戻していた。あれこれと考えているうちに気づけば夢の中にいた。
それから数日間、ラマラシアは散歩ができるまでには回復した。俺はヴェリエントスから剣を師事してもらい、充実した生活を送っていた。
ラマラシアが急に体調を崩し倒れたのは、ひどい雷雨の夜だった。




