第9話 栄光の影
地上に戻ると妙に街が騒がしかった。
「どうかしましたか?」
近くにいた街の人にヴェリエントスが問いかける。
「向こうの…、あまり人が立ち寄らない廃工場で爆発事故があったらしくて」
爆発事故…、廃工場?!
「ヴェル、廃工場って確か!」
ヴェリエントスは神妙な面持ちで俺を見た。
「あぁ…、突入隊の目的地だ。恐らく突入隊との衝突の余波だろう」
「急ごう!」
警護隊の人たちにも声をかけ、突入隊の元へと駆けた。
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「あそこが廃工場、マフィアどものアジトです!」
警護隊の1人がそう言う。
「よし、警戒しつつ中に…」
ヴェリエントスが俺たちに声をかけようとしたその時、耳を裂くような爆音が辺り一面に響き渡った。
「?!」
直後、何人もの叫び声が聞こえた。
「全員、警戒しつつ突入だ!」
「了解!」「はい!」
廃工場に入ると、そこは辺り一面が火の海になっていた。
警護隊の制服を着ている人が何人か倒れている。そして、マフィアのものと思われる死体もいくつか倒れていた。
「こ、これは…!」
猛烈に襲いくる吐き気を抑えきれずに胃液を吐き出した。
初めて目の当たりにした酷い"死"の光景に、とても安定した精神状態ではいられなかった。
「無理せず、離れていてもいいんだぞ」
ヴェリエントスが肩に手を置いて声をかけてくれた。
「ごめん、大丈夫。警護隊のみんながまだ中にいるかもしれない、助けに行かないと」
「こういうのは慣れるものではない。辛い時は無理するな」
ありがとう、と返事をして再び中へと進む。
そして、しばらく進むと戦闘の音が聞こえてきた。
「皆、戦闘態勢!怪我人がいたら救助を優先に!」
ヴェリエントスの指示を受け、皆武器を構え突っ込んでいく。
「ちぃ!?援軍が来やがったか!」
てめぇら!気合い入れろ!とマフィアの1人が奴らの仲間に向かって鼓舞する。
俺は戦闘に不慣れだ。まずは状況を確実に確認してから狙うべき敵を狙う。
ヴェリエントスにはじめのうちはそうして戦闘に慣れていけばいいと言われた。
そして、今も俺は離れた場所で怪我人の手当てをしながら様子を見る。
「すまん…、不意打ちにやられてこのザマだ」
「大丈夫です、手当はしました。あとは安静にしててください」
あぁ、ありがとうと突入隊の人たちは礼を言ってくれる。
ヴェリエントスの指示を受けたとはいえ、第一線に加わらないのは、やはり恐れがあるからかもしれない。
旅をはじめて、何回か魔物とは戦って来た。けれど、人を斬るということは一度もない。
人との戦いはあの未来人との一度だけ、それも一瞬で敗北したため向き合ってすらいない。
「あんた、若いのにこんなところに来て…すげぇな」
「いえ、俺は何にも…」
突如、後ろから爆発音が鳴り響いた。
続いて、警護隊の人たちの叫び声とマフィアたちの叫び声が同時に聞こえた。
まずい、このままでは仲間が死んでしまう。そう思った途端俺は前線へと走った。
そこには、かろうじて息をしている警護隊の人たちと、マフィアたちが倒れる中、向かい合って立っているヴェリエントスとマフィアがいた。
「ヴェル!」
「リカルド!前線に出てきたのか!」
「サポートくらいならできる!邪魔にはならない!」
そうだ、いつまでも恐れていてはいけない。これからもこう言った場面に出くわすことはあるだろう。
そのためにも、この戦いに背を向けてはいられない。
「わかった、しかし無理はするな」
ヴェリエントスの言葉に頷き、今の状況を確認する。
「ヴェル、あいつがボスか?」
「あぁ…、厄介だ。私も初めて見たが、奴は魔法結晶を使っている」
魔法結晶?初めて聞く言葉だ。
「魔法結晶は、グリモワースとスキエンティスが共同開発をした、魔法を使えない人間でも上位魔法まで扱うことができるようになる、所謂ブースターだ」
そんな危険なものが存在するのか。使い方を間違えれば誰しもが危険な魔法を使えるということだ。
「しかし、まず一般人では知り得ないものだ。それに、私も手に入れられないほど1つ1つが高額なものだ。それを奴は4種類、基本属性全てを使ってきた」
先程から起きていた爆発はこの魔法結晶マギシス使いの仕業だったのか。
しかし、そんな反則級の相手とどうやって戦えば…。
「アンタ…、親衛隊の騎士サマだよな。さすが魔法結晶のことは知ってたか。ま、もっとも?それより大事なことは知らないみたいだけどな」
「なに?」
ヴェリエントスが訝しげな眼差しで問う。
「ハッ!そうだよなぁ…、アンタらみたいな栄光の騎士サマが俺ら底辺の事なんてわかるわけねぇよなぁ?」
なにを言っているんだ?奴の言葉を理解するなら、奴はヴェリエントスのことを知っている…?
「貴様、何が言いたい」
「泣けてくるねぇ…、これを見ても分からないかい?」
そういうと、マフィアは腰に差していた短剣を抜いた。
それは見事な漆黒に染まったものだった。まるで、何者の介入をも拒む、孤独な夜のような色をしていた。
「それは…!」
ヴェリエントスが途端に狼狽える。
「ほぉ、これを見て分かるならアンタはまだ常識人だ」
「それは…、オノーレス騎士団の暗部の者だけが所有する短剣…!なぜ貴様が持っている!」
「暗部?」
なんのことだ、とヴェリエントスに問うと、
「オノーレスの騎士団には、大きく分けて3つの役割がある。1つは我ら親衛隊。この世界の国々全てに足を運び、民の安全を守るもの。次に学術隊。民の安全を守るのはもちろんだが、そのための作戦を練ったり、ここスキエンティスと同じく生活の向上のために開発などにも勤しむ部隊だ。そして…」
ヴェリエントスは言い淀んだ。この先をいうのが躊躇われると言った風に口を閉じている。
「はっ、そして3つ目は俺たち暗部隊さ」
ヴェリエントスの説明を待たずして、マフィアが口を開いた。
「暗部隊はな、そこの栄光の騎士サマと違って、裏社会には媚びる悪党を影で抹殺する。要するに、王サマの命令でいろんな悪党を殺す奴らのことさ」
ヴェリエントスがさらに険しい顔つきになる。
知らなかった。王国の騎士は華やかな印象しかなかったし、そんな闇を抱えていたとは…
しかし、マフィアは俺たち暗部隊と言った。それはつまり…、
「察しの通り、俺は、ここにいるマフィアの幹部は元暗部隊で結成されているんだよ。何故かって…?ハッ!それはそこにいる騎士サマに聞くのが早いんじゃねえか?」
マフィアが言う通り通り、横目でヴェリエントスに先を促す。
ヴェリエントスは、やはり苦虫を潰したような表情で、
「暗部隊は…、現在は存在しない。4年前、とある抹殺任務の際に全員が殉職したという報告を受けている」
殉職…?ならばなぜ、目の前の男は暗部隊を名乗っているのだ?
すると、マフィアの男は憎悪の念をその目に宿しながら低い声で続けた。
「へぇ…、やっぱその程度の扱いなのかよ。糞みたいな奴らだな。お前らは」
「……どういうことだ」
ヴェリエントスの顔に汗が滲み出ている。俺も冷や汗が止まらない、この場の緊張感はとてつもないものがある。
「いいぜ、教えてやるよ。王国の闇ってやつをな」
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-四年前-
「以上が、今回の任務内容だ」
「承知しました」
王国騎士団の知られざる精鋭部隊、暗部。その隊長であるデクスは、任務内容の確認のため騎士長の元を訪れていた。
「我々が出向くとなれば…、殲滅となると後々の国同士のいざこざに繋がるのでは」
今回の任務内容はこうだ。昨今、スキエンティスとグリモワースの二国が裏で共同開発をしているという噂があった。
暗部隊の偵察によってその実態は明らかになり、オノーレス統治の元成り立っている世界情勢に支障をきたす可能性が示唆されるものだった。
「仕方がない。後々のことを考えるのは、その時になってからでいい。今は魔法結晶マギシスとやらが危険であることが重要だ。もし、そんなものが市民に流布すれば戦争が起こりかねん」
騎士長の言い分は最もだった。国同士のパワーバランスはオノーレスが絶対的権力を誇ることで成り立っている。それを、どこかの国が超える力を所持したとなれば統治のあり方を変えることも予測できるだろう。
「承知しました。元より、我ら暗部は命を受け実行するのみ。そこに是非はありません」
「それでいい。君の、君たちのそういったところを私たちは評価している。厳しい任務だがやり遂げてくれ」
「はい」
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そうして、俺たち暗部隊は目的地へと向かった。
今回の任務は簡単ではない。相手は未知の技術を使ってくる。それに、普段通りただ"消す"だけでは失敗になる。
魔法結晶に関わっているもの全てを抹殺し、かつそれを回収すること。
可能であれば1人を生け捕りにし、王都まで連れ帰るということ。
ここまでの高難度な任務は初めてだ。これがうまくいけば、俺たちは暗部でありながら正式な騎士の紋章を王からいただけるらしい。
俄然、腕がなる。望んで暗部隊になったわけではなかった。守るもののため、そのためには正しい道だけでは駄目だと悟ったから。
しかし後悔はしていなかった。人を殺すことはいつまでも慣れない。いや、慣れてはいけないことか。
悪事を働いた人でも大切な人はいただろう。そう考えると刃が鈍った。
しかし、それではより多くの大切なものを失う。だからこそ、俺は光り輝く剣を、漆黒の短刀へと変えたのだ。
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任務自体はうまくいった。
暗部隊もかなりの犠牲を出したが、幸い手筈通りに終わらせることができたため市民に情報が漏洩することも被害が及ぶこともなかった。
戦いの場が地下であったことも幸いだった。奴らのアジトであったが特に罠などもなく、市民に見られることもないためミッションが遂行できた。
「照合は終わったか」
「はい、15名中6名がやられました。」
「そうか…。新人もいたんだろう?」
「……はい。生き残った者は全てが任務を一度経験している者でした」
敵地で弔うのは悔やまれるがそれでも何もしないよりはマシだろう。
部下の遺体を弔うよう指示し、俺は魔法結晶マギシスの回収をしようとしたその時だった。
「デクス」
「あ、あなたは…!」
そこには王国騎士団のNo.2である副騎士長が立っていた。
「どうしてここに、我々の任務のはずでは」
「君の持つそれを回収しに来たんだ」
そんなことのためにわざわざ副騎士長が来られるのかと若干疑問に思ったが、これを回収しに来たのであれば渡すだけだ。
「こちらが目的のものです」
「これが…、ご苦労だった」
「あ、副騎士長」
敬礼の姿勢をとり、続ける。
「部下が、何名か殉職しました。敵地での埋葬は本望ではありませんが、弔いの時間をいただいてもいいでしょうか」
「構わん。君たちにはいつも世話になっているんだ。それに、これが最後かもしれないのだ、十分に弔え」
最後…?よく分からないが、許可は得た。仲間を弔おう。
そう思って部下の元へ戻ろうとした時だった。
地下空洞に爆発音が響き渡った。
「なっ?!」
この爆発はまずい、明らかに爆弾などの火力ではない。上位の魔法によるものだと悟った。
「残党がいたか!」
部下の元へ戻ると、そこにはただ狼狽える部下が数名いただけで、敵の姿はない。
「今の爆発音はなんだ?!残党ではないのか?」
「い、いえ…敵は確実に全員片付けています。今のは外部からのものかと…」
外部からの攻撃…?
『これが最後かもしれないんだ…、十分に弔え』
「まさか?!」
気付いた時には遅かった。
天井が落下し、目の前の仲間たちを崩壊に巻き込んでいく。
俺が最後に見たのは目の前に降ってきた巨大な岩の残骸だった。
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「……と、まぁあとはこの通りさ。死に損なった俺は、かろうじて生き延びた仲間と一緒に地上に脱出して、治療を受けたさ」
言葉が出なかった。華やかな王国の歴史の裏にそんなことがあったとは…。
俄かに信じられる話ではないが、目の前の男の憎悪を秘めた目を見れば、嘘ではないことが分かった。
「俺たちは最初から捨て駒だったのさ。それまで多くの人間を殺した。悪人だから仕方ないと割り切ってな。その最後は、自分が葬られる側だと知らずにな」
「そのあとは地獄だったよ。その時はまだ俺たちが捨てられたという確証を持てなかった、いや、持ちたくなかった。だから、王都へ戻ろうとした」
「けれど現実は甘くなかったよ。俺たちが生きていることが分かったんだろう。きっちりと王国の連中は追っ手を出してきやがった。そん時には全部悟ったよ。もう俺たちが守るべき者はないんだってな」
マフィア-デクスは声を荒げて続ける。
「それで俺も吹っ切れた。連中に復讐するために、マフィアの残党どもを探し手を組んだ。悪の道に落ちたものをあいつらは快く受け入れてくれたよ。それで、俺は新しい場所を手に入れた」
「そっから4年。お前みたいな騎士を殺すために準備した。まずは金だ。そのために身寄りのない子供を騙して盗みをさせた。そして、男には戦闘能力も付けさせたさ」
「魔法結晶ってのは、色んな使い方があってよ。ここはスキエンティスだ。裏の科学者に話を持ちかけたらすぐ乗ってきたよ」
色んな使い方?魔法を発動させるだけじゃないのか?
「俺はもういい年だからよ、無理はできねえが…子供は別だ。年端もいかねぇガキの体にこいつのかけらを埋め込んだのさ」
「なんだと?!」
「そしたらどうなったと思う?実験体は4人だったが3人は魔力の暴走に耐えきれなくて死んじまった。1人、女のガキだったか。あれは親が借金まみれだかなんだかでなんでも言うこと聞くやつだった」
親の借金、女の子、その条件に当てはまる子を俺たちは知っている。
「まさか…、エリカが…?!」
「エリカ…?あぁ、確かそんな名前だったか。最近戻らねぇから死んだか捕まったと思ってたが、なんだ。お前らが匿ってたのか」
エリカが魔法結晶の実験体だった。つまり、あの子は当時亡くなった他の子供たちと同様にいつ死んでもおかしくないということだ。
「お前…!」
俺は怒りのままに叫ぶ。ヴェリエントスは何も言わない。未だ、歯を食いしばり震えていた。
デクスは、そうそうといい、
「お前らと戦ったマフィアの中には、当時のガキも何人か混ざってるぜ?どうだ、子供殺しの烙印を押された気分は」
不自然だと思っていた。先程見た亡骸の中には、確かに俺よりも少し若い男の死体も混ざっていた。
回り回って、少年たちを殺したのは王国の騎士たちという事実が、俺の心に深くのしかかってくる。
ヴェリエントスは俺以上に震えていた。騎士の裏側にこんな事実があったことを彼はもちろん知らなかったのだろう。
彼は本物の騎士だ。光そのものだ。だからこそ、自分の信じていた騎士道が、血にまみれていることを知って傷心している。
「……が、やはりお前らは国の部隊だけあるな。俺たちがどれだけ隠蔽しても軽く居場所がバレやがる」
「だからあえてでかい動きをすることにした。お前たちをここに誘い込むためにな」
つまり、この1ヶ月の捜索は全てこいつらの掌の上でのことだったということか。
思えば不自然だったんだ。警護隊の人たちが手を焼いていると言っていたのをわずか1ヶ月でアジトを見つけるに至るはずがなかった。
「もうお前たちに逃げ場はねぇ。仲間もガキ共もやられた。俺も、ここから出るつもりはねぇよ」
「親衛隊の騎士が来てくれたのは好都合だった。まさか最後に最も憎い上級騎士を葬れるとはな」
そういうと、デクスは胸元のポケットから魔法結晶を取り出し、
「一緒に逝こうぜ。暗部のみんなが待ってる」
魔法を発動しようとした、その時だった。
「リカルド!ヴェル!」
と、少女の声が聞こえた。




