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おしかけ勇者嫁〜勇者は放逐されたおっさんを追いかけ、スローライフを応援する〜  作者: 日富美信吾
第6章

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41#自分のことなのに、まるでわからない。


 皆さん、お久しぶりです。お元気でしたか?

 わたしです。アルアクル・カイセルです!

 犬の獣人の双子である、アモルちゃんとフォルティくんが、元凄腕冒険者のファクルさんの食堂で一緒に働くことになって。

 そのファクルさんがわたしに大事な話があるから聞いて欲しいと言って。

 これからの毎日は楽しいことばかりがずっと続くはずだって、そう思っていたのに。

 そんなふうにはならなかったのです。

 あの日、朝ご飯の時間に、フォルティくんが突然泣き出して、わたしたちと距離を取るようになってから――。

 なんで? どうして?

 いきなりそんなことになった理由が知りたくて仕方がありません。

 でも、そんなわたしの思いを一方的に押しつけるだけでは駄目なのです。

 わたしは妖精さんの一件で、それがよくないことだと学びました。

 でも、日に日に元気を失っていくフォルティくんをこれ以上見ていたくなくて、わたしたちはフォルティくんを元気づけるため、フォルティくんの好きなものを用意することにしました。

 フォルティくんの好きなもの――それは家族の味です。

 アモルちゃんに聞いて、ファクルさんが完全に再現しました。

 さすがです、ファクルさん! 尊敬します!

 これならきっとフォルティくんも元気になるに違いありません!

 わたしはそう確信していました。

 おいしいものを食べて元気にならない人がいないように、大好きなものを食べて元気にならない人がいるはずありませんから!

 ですが、結果はまったくの逆でした。

 ――いいえ、違いますね。

 むしろフォルティくんを怒らせてしまったのです。

 誰にだって、他人には触れて欲しくないことがあると思います。

 ファクルさんで言えば、髪の毛のことでしょう。

 わたしはファクルさんなら、どんな髪型であっても似合うと思いますし、変わらずにずっとそばに居続けたいと思います。

 ファクルさんはファクルさんというだけで素敵なんですから!

 でも、ファクルさんにとって、それは絶対禁忌。

 どんなことがあっても口にしてはいけません!

 かくいうこのわたしにもそういうものがあります。

 それは何かと言えば……。

 つるーんとか、ぺたーんという言葉です!

 あるいはそれを連想させるような、平坦とか、なだらかとか、特に『絶壁』なんて言葉は滅びればいいと思っています……!!

 というか、できることならばわたしが率先して滅ぼしたいところなのですが、勇者にもできることとできないことがあるのです。

 魔王を倒すことはできたのに。

 ……いえ、まあ、正確に言うならば、倒すことはできなかったんですけど。

 今も、わたしのすぐそばにいて、隙あらば抱きついて甘えてこようとするんですけど。

 その姿がめちゃくちゃかわいいんですけど。

 それはさておきます。

 わたしは自分が本当に無力な勇者だと実感します。

 絶壁という言葉を滅ぼせない以上、せめて、そんなことをわたしの前で口にするような人がいたら、テーブルの椅子に足の小指を思いきりぶつけてください! と呪いをかけたいと思います。

 勇者の呪いで苦しめばいいと思います!

 ……い、いけません、いけません! 話が盛大に逸れてしまいました。

 フォルティくんの話に戻ります。

 フォルティくんはすっごく怒って。

 その結果、アモルちゃんと衝突することになりました。

 フォルティくんのためを思って、そうすることがいいと思ってやったのに。

 まさかその結果がこんなことを引き起こすなんて予想もしていなくて。

 もうどうすればいいかわかりませんという弱音を、わたしはファクルさんに漏らしてしまいました。

 どんなことだって、何だってできる、とってもすごいファクルさんに甘えていたんだと思います。

 実際、ファクルさんはわたしを甘やかしてくれました。

 わたしが寄りかかっても嫌な顔ひとつせず、それどころかわたしの頭をぽんぽんと撫でてくれたのです。

 その時の感触を思い出していれば、ファクルさんの言葉が蘇ります。


『見守ろう、アルアクル。今は。フォルティのそばにいて。寄り添って』


 わかりました、ファクルさん!

 勇者として使える力を全部使って、フォルティくんのそばにいて、寄り添います!

 大丈夫です、わたしはやればできる子ですから!




 ――というわけで、フォルティくんに寄り添うと決めた、その次の日です。

 朝、目が覚めたわたしは首を傾げました。

 いつもならわたしが起こすまで全力で寝たふりをしているイズの姿が見当たらなかったのです。

 どこにいったのでしょう?

 トイレでしょうか?

 わたしは、以前、イズが言っていたことを思い出します。


『アルア、覚えてて。魔王はトイレにいかない。もちろん、勇者も。これ大事。明日試験に出る』


 冗談かと思っていたら、次の日、本当に試験はありました。

 試験といっても、わたしがどれだけイズのことを知っているかを教えて欲しいという、かわいらしいおねだりでしたけど。

 あと、わたしはトイレにいきます。

 なので、イズの語ったトイレにいかない勇者というのは、わたし以外の誰かだと思われます。

 さらに付け加えるなら、イズも普通にトイレにいっていました。

 あの時の発言はいったい何だったのでしょう。気になります――って、気にするところが違いますね。

 イズはいったいどこにいってしまったのでしょう?

 気になりますが、今はそれよりも……。

 わたしはベッドの中、丸くなって眠っているアモルちゃんを見て微笑むと、起こさないように気をつけながら身支度を調えます。

 そして、部屋を出て、共同スペースであるリビングへと向かいました。

 そこには、みんなの朝ご飯の準備をしている、ファクルさんとクナントカさんがいました。

 相変わらず、いつもどおり、料理をしている時のファクルさんは最高に素敵です!

 きらきら輝いて見えます!

 わたしがあまりにも熱心に見つめていたからでしょうか。

 ファクルさんが「ん?」という顔をして、こちらに気づきました。

 そうすれば、当然、目と目が合うわけで。


「おはようございます、ファクルさん!」

「お、おう。お、おはよう」


 ファクルさんの声が、何だか微妙に裏返っているような……?

 心なしか頬も赤くなっているような気もします。

 どうかしたのでしょうか?

 ……はっ!? もしかして体調を崩してしまったのかもしれません!

 だとしたら大変です!

 わたしは急いでおでことおでこをくっつけて熱を測ろうとしたのですが、ファクルさんは

「だ、大丈夫だから!」

と、やっぱり裏返った声で、顔を赤くしたまま言いました。

 強がっているようには見えないので、本当に大丈夫なのかもしれません。

 ですが、ファクルさんが気づいていないだけ……という可能性もあるので、わたしは回復魔法を使いたいと申し出ました。


「本当に大丈夫なんだが……」


 ファクルさんはそう言いながらも、わたしが回復魔法を使うことを受け入れてくれました。

 勇者として、全力で回復魔法をかければ、ファクルさんは「大げさだな」と言いながらも、「ありがとう」とお礼を言ってくれます。

 その後は、昨日のことに話は移りました。

 わたしは昨日、ファクルさんに甘えて、そして勇気をもらったこと。

 そのおかげでぐっすり眠ることができたことについて、感謝を伝えたのです。


「本当にありがとうございました! ファクルさんのおかげです! ファクルさんは本当にすごいです!」

「俺は別に何もしてないだろ」

「そんなことありません! ファクルさんはファクルさんというだけですごいんです!」


 気合いを入れて告げれば、ファクルさんは驚いたような顔をして「お、おう」となってから、表情を崩しました。照れくさそうに、はにかむ形で。


「まあ、なんだ。アルアクルが元気になったのなら、よかった」

「はい!」


 ファクルさんが頭を撫でてくれました。

 朝から撫で撫でマスターであるファクルさんに頭を撫でられるとか、最高すぎます!

 わたしは胸の奥からわき上がってくるあたたかい気持ちに、ぴょんぴょん飛び跳ねたくなりましたが、グッと我慢しました。


「どうしました、アルアクルさん。ぴょんぴょん飛び跳ねたりして」


 クナントカさんに言われます。

 何てことでしょう。グッと我慢できていなかったみたいです。わたしとしたことが……。迂闊です。


「別に、何でもありません」

「では、僕と結婚してください!」


 脈絡がなさ過ぎます。何がどうなったら、『では』なのでしょうか。


「何があっても絶対に無理ですごめんなさい」

「くぅ~! 朝から『ごめんなさい』をいただきましたよ! しかも何があっても絶対に無理という駄目押し付きで! アルアクルさん、ありがとうございます!」


 変態を喜ばせてしまいました。まあ、わかっていましたけど。

 クナントカさんは本当に度し難い変態ですね。

 朝からそんな変態さんの相手は大変です。ここはひとつ、ファクルさん分を補給しないといけません!

 ファクルさん分というのは、ファクルさんから滲み出ている何かのことで、イズに教えてもらいました。

 正確に言うなら、教えてもらったというのとはちょっと違うのですが。


『アルア分を補給しないとイズは生きていけない』


 などと言いながら、イズはよく、わたしに抱きついてくるのです。

 わたしもファクルさん分を補給しないと生きていけません。

 イズのようにいきなり抱きついてみるのはどうでしょう?

 ファクルさんは怒ったりしないでしょうか?

 わたしがファクルさんをちらちら見ながらそんなことを考えていた時でした。

 そんな考えが吹き飛ぶようなことが起こったのです。

 イズがやってきたのですが、何と、嫌がるフォルティくんを小脇に抱えているじゃないですか。

 そこに、もふもふの毛に寝癖を付けて、くしくしと目をこすりながらアモルちゃんも姿を現します。

 イズはぐるりとみんなを見回すと言いました。


「ん、みんな集まってる。ちょうどいい」

「イズ、何がちょうどいいんですか? フォルティくんを小脇に抱えて、いったい何が――」

「それはこれからわかる」


 イズはわたしの言葉を途中で遮ると、イズの拘束から逃れようとジタバタしているフォルティくんを、わたしたちの真ん中に放り投げました。

 床にべちゃっとなったフォルティくんを見下ろし、言います。


「フォルティ。お前、いい加減うっとうしい。お前のせいでみんながどれだけ大変な思いをしてるか、気づいてないとは言わせない」


 イズの言葉に、フォルティくんの顔色が悪くなります。それはつまり、イズの言葉が正しいということなんだと思います。

 フォルティくんが何を思い、何に悩んでいるのか。気にならないと言ったら嘘になります。

 ですが、だからといって、こんなふうに無理矢理聞き出すのはよくないです。

 そのことをフォルティくんに告げようと、フォルティくんに近づこうとしたわたしを、イズが止めました。


「アルア、駄目。これ以上はただの甘やかし。ここで一緒に暮らしていく、仲間になるって決めたなら、これ以上、和を乱すようなことはするべきじゃない。それでもまだ自分勝手をするというなら」

「いうなら?」

「そんなのは仲間じゃない。ここを出ていけ。それで好き勝手しろ」


 厳しすぎますと思う一方、イズの言うことにも一理あると、わたしは思ってしまいました。

 実際、わたしが育った孤児院でも、似たようなことがありました。

 いろんな生い立ちの子が孤児院にはいて、だからこそみんなで暮らしていくために守らなければいけない規則があって。

 ですが、新しく入ってきた子はそれを守らず、和を乱したのです。

 そんなの知ったことじゃないと、もっと汚い言葉で言い放って。

 それを聞いた院長先生は怒りました。

 出口を指さし、言います。それなら出ていきなさい。みんなで暮らしていくための規則を守れないのなら、ここに置いておくことはできない、と。

 その子は顔を真っ赤にして出ていくと告げ、本当に出ていきました。

 でも、次の日には泣きながら戻ってきて、みんなに謝っていました。

 今ではみんなのお兄さんとして、ちっちゃい子をまとめてくれています。

 フォルティくんのお姉ちゃんであるアモルちゃんが、強く手を握りしめて、フォルティくんを見つめています。

 喧嘩をしていても、やっぱり心配なんでしょう。

 果たしてフォルティくんは、どう答えるのでしょうか。




 わたしたちが見守る中、フォルティくんは俯いて、ずっと黙り込んでいました。

 ……それが答えなのかもしれません。

 そうわたしが思い始めた頃、フォルティくんは口を開きました。


「あ、あの、ね」


 ぽつりぽつりと、要領を得ない話し方ではありましたが、それでもフォルティくんは、確かに本心を打ち明けてくれたのです。

 それはこういうことでした。

 フォルティくんは、ある日突然、家族を失いました。

 大事なことを何も伝えられないまま。


「大事なこと……?」


 尋ねるわたしに、フォルティくんが教えてくれました。


「大好きだって……愛してるって……伝えられなかった」


 家族に大好きだと伝えられないままお別れしてしまったことと、ここ最近、フォルティくんの様子がおかしくなったのと、いったいどんな関係があるのでしょう。


「それは……ここでの暮らしが、同じだったから」

「同じ?」


 ファクルさんの呟きに、フォルティくんが俯くようにうなずきました。

 ここで、わたしたちと一緒に過ごす毎日は、家族と過ごすそれとまったく同じなのだと、フォルティくんは言いました。


「まるで陽だまりみたいで……すっごくしあわせ……しあわせすぎて」


 また失ってしまうのではないかと、不安になってしまったのです。


「だから自分から距離を取ろうと思ったんですか? 再び失ってしまう前に」


 クナントカさんの指摘を、フォルティくんがうなだれるようにして認めました。

 フォルティくんの気持ちが、理解できるのでしょう。アモルちゃんを見れば悔しそうな、辛そうな、そんな感じの表情をしています。


「………………」


 わたしは何度か口を開いたり、閉じたりを繰り返すことしかできませんでした。

 かけるべき言葉が見つけられないのです。

 わたしは勇者です。

 その力で魔王を倒し、世界を救うことができます。

 それは他の人にはできない、とてもすごいことだと言ってくれた人がいます。

 確かにそうなのかもしれません。

 ですが、それがどうしたというのでしょう。

 今そこで、すぐ目の前にいるフォルティくんは救えないのです。

 こんなことで、本当に勇者と呼べるのでしょうか。

 いいえ、呼べません。

 勇者失格です!

 情けなくて、泣きたくなります。

 もちろん、本当に泣いたりなんかしませんよ?

 だって、わたしなんかよりずっと、フォルティくんの方が泣きたいはずですから。

 しあわせなのに。しあわせにならないといけないのに。

 それを失うのが恐いからといって、そこから逃げ出したくなるなんて。

 そんなことだって、本当ならしたくないはずなのに。

 誰だってしあわせになりたいのに。

 しあわせに包まれていたいのに。

 何で……どうして……こんなことになってしまうのでしょう。

 何もできないわたしは、ファクルさんを見ました。

 大きな手をギュッと握りしめ、ファクルさんはフォルティくんをじっと見つめています。

 ファクルさんなら――。

 ファクルさんなら、絶対に何とかしてくれます。

 魔王退治の旅を一緒にしていた時、どんな困難もファクルさんは乗り越えてきました。

 ファクルさんは本当にすごい人なんです!

 ですが、この事態を打開したのはファクルさんではありませんでした。

 では、誰でしょう?

 イズです。

 ぱん! ――という乾いた音が響き渡ります。

 それはフォルティくんの頬を叩いた音。

 フォルティくんは自分の頬を叩いたイズを、呆然とした表情で見上げます。


「甘ったれるな」


 いつもの、ぽや~っとしたイズじゃありませんでした。

 フォルティくんを見つめる眼差しは鋭く、射貫かんばかりです。

 普段の言動からつい忘れてしまいがちですが、イズはかわいいだけの女の子ではなく魔王。

 見つめられたフォルティくんだけじゃなくて、アモルちゃんまで固まってしまいました。


「大事な思いを伝えられなかったことを後悔してるなら、それを繰り返さないようにすればいいだけ。自分から距離を取るなんて馬鹿のすること。というか、みんなに心配をかけた分、余計たちが悪い。マジ最悪」

「ぼ、僕、そんなつもりはなくて……」


 蒼ざめた顔でみんなを見つめるフォルティくん。

 そんなことないという顔をしようとしましたけど、難しいです。

 だって本当に心配したんですか。

 中でも一番わかりやすかったのは、アモルちゃんでした。


「……ごめんなさい」


 フォルティくんがイズに謝りました。


「イズに言ってどうする」

「……みんな、ごめんなさい」

「それで終わり?」

「え?」

「言ったはず。大事な思いを伝えられないまま別れてしまった後悔を繰り返さないようにすればいいだけって。なら、今すべきことは何? 好きだって伝えること。大好きだって、世界で一番愛しているって。迷っている暇はない。アルア、イズはアルアがちょー好き。ちょー愛してる」


 イズが思いきり抱きついてきます。

 さっきまでの魔王モードではなく、いつものイズで。

 わたしが受け止めると、胸に顔を埋めてふがふがしてきます。

 イズを抱きしめながら、わたしはフォルティくんを見ます。


「……ぼ、僕は……みんなが好き、です。大好き。こんな僕……ですけど、迷惑をかけてしまいましたけど……これからも、一緒にいたいです。だめ……ですか?」


 縋るような眼差しで告げるフォルティくん。


「駄目なわけがないでしょ……!」


 答えたのはアモルちゃんです。


「そういうことなら、なんでもっと早く言ってくれなかったの!? 大事なことでも何でも、思っているだけじゃ伝わらないんだからね! 言ってくれなくちゃわからないんだからね!」

「ごめ……ごめんね……」


 アモルちゃんに抱きついて、大声を上げて泣くフォルティくん。


「もう、フォルティの馬鹿……! このままお別れすることになっちゃうかもしれないって思ったんだから……!」


 なんて言いながら、アモルちゃんもフォルティくんを抱きしめて泣いています。


「これで問題はすべて解決」


 わたしの腕の中でイズが呟きました。

 イズのやり方はちょっと――いえ、かなり強引だったかもしれません。

 でも、わたしにはどうすることもできなかったことを成し遂げてくれました。

 イズは魔王なのに。

 世界を崩壊に導く存在なのに。

 フォルティくんを救ってくれたのは、間違いなくイズです。


「ありがとうございます、イズ。大好きですよ」

「ん。もっと言って? 具体的にはあと百万回くらい」

「多すぎます! せめて百回くらいにしてください」

「仕方ない。それで手を打つ。あと『愛してる』も百回追加で、それに寝る時は抱きしめることも」

「全然手を打ってません!?」

「そこに気づくとは」


 気づかれないと思ったのでしょうか。

 ……もう。

 わたしがこつんとイズの額をつつけば、イズがほんのりと笑います。

 何にしても、イズの言ったとおり、これで問題は解決。

 これからはみんな笑顔で過ごせる楽しい時間がやってきます!

 そう思ったわたしがファクルさんを見れば、


「……思っているだけじゃ何も伝わらない。そのまま永遠に別れてしまうことだってある」


 恐いぐらい真剣な顔で、何かを呟いていました。


「あの、ファクルさん……?」


 声をかけるのがはばかれる雰囲気でしたけど、それでも勇気を振り絞って呼びかければ、その表情と同じくらい真剣な眼差しがわたしを貫きました。

 鋭くて、強くて――そして、ただならぬ熱を感じて、わたしの胸が強く鼓動を打ちます。


「アルアクル、聞いてくれ。俺はアルアクルにずっと伝えたいことがあったんだ」


 ファクルさんがその場で片膝をつき、手をさしのべてきます。まるで祈りを捧げるみたいに。


「俺は――――」


 と、そこまで口にしてから、急に黙ってしまいました。

 ファクルさん、顔がビックリするぐらい真っ赤です。

 自分が注目されていることに、今さらながら気づいたみたいです。

 ファクルさんの伝えたいこと、気になります。

 だってすごく真剣で、いつもと違う熱を感じましたから。

 どんなことなのか、想像するだけで、何だか胸がドキドキしてきます。

 でも、


「言いづらいことなら、無理して言わなくてもいいと思いますよ、ファクルさん」


 わたしはそう言いました。


「い、いや、駄目だ! そんなことをしていたら、たぶん、永遠に告げることができない! 俺にはその自信がめちゃくちゃある!」


 力強く言い切りました。

 クナントカさんとイズが「最低な自信だ!」とか何とか言っているのが聞こえましたけど、わたしはファクルさんを真っ直ぐ見つめます。

 ファクルさんは「ひっひっふー」とお師匠様直伝の深呼吸をして、表情を改めました。

 周囲の視線を気にしていないと言ったら嘘になると思います。頬のあたりに赤みが残っているのが、その証拠です。

 ですが、それでもひたすら真っ直ぐに、わたしだけを見つめてきます。

 そんなふうに見つめられたわたしの胸のドキドキはさっきよりもすごいことになって、何というか、体全体がドキドキしてきました。


「アルアクル、好きだ。俺はアルアクル、お前のことが大好きなんだ……!」


 ファクルさんがそう告げた瞬間、イズとクナントカさんが騒ぎ始めました。

 ファクルさんが告白する日は永遠に来ないと思っていたとか、公開告白とかどんな羞恥プレイだとか、そんな感じで。

 ですが、ファクルさんはそんな二人をまるっきり無視。

 ただただ、わたしをじっと見つめてきます。

 わたしはその場で姿勢を正すと言いました。


「ありがとうございます、ファクルさん」

「お、おう」

「では、わたしはこれで失礼しますね。明日もお店がありますから、ファクルさんも夜更かししないように気をつけてください」


 ぺこり。頭を下げて、わたしはファクルさんの前からゆっくりと立ち去りました。

 ――というのは、真っ赤な嘘です。

 回れ右をしてファクルさんに背中を向けると、駆け足で逃げ出しました。

 自分の部屋に入り、ばたんと勢いよくドアを閉じます。

 そのままドアにもたれかかれば、ずるずるとくずおれて、わたしは床にぺたんと座り込みました。

 吐き出す息が熱いです。

 心臓が痛いくらいドキドキしています。

 こんなのは初めてです。

 わたしは……いったいどうしてしまったのでしょう?

 自分のことなのに、自分に何が起きているのか、わたしにはさっぱりわかりません……!

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