3回目の10月21日
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ……
頭上から響く電子音に、陽介ははっとする。飛ぶように体を起こし、アラームの停止ボタンを押す。
「十月、二十一日……?」
画面に表示された日付に、陽介の手が震える。SNSを見てもカレンダーアプリを見ても、日付の表示は十月二十一日だ。内容も、これまでの十月二十一日と一致している。
(さっきのも夢? じゃあ最初の十月二十一日は、夢の中の夢? それともこれも夢なのか?)
どうしても信じられず、陽介はインターネットで「今日の日付」と検索する。しかし、出てくる日付は同じだ。「きょう」と打ったときの予測変換にも、十月二十一日が現れる。
陽介はスマートフォンを枕元の棚に置き、逃げるように部屋を出る。一階に駆け下りると、嗅ぎ慣れたミートボールの匂いが鼻をくすぐる。
(本当に、全部同じ……?)
陽介は恐る恐る自分の後頭部に触れる。他の毛とは逆を向く寝ぐせに、陽介は膝から崩れ落ちた。
(本当に……? 本当にまた、十月二十一日の朝なのか……?)
――ループしている。
その考えに行きついても、陽介の心は「そんなはずはない」と否定する。そんな漫画のようなことが、現実に起こるはずがないのだ。
陽介が膝をつく音に気づいたのか、母が台所から姿を現す。母は驚いた顔で陽介に駆け寄り、目線を合わせるように膝をつく。
「どうしたの? 転んだ? 体調悪い? それとも怖いことでもあった?」
母は冷静な声で、陽介の全身をざっと見ている。異変がないか探しているのだろう。陽介は震えながら、床についた拳をぎゅっと握る。
「母さん……」
そこまで口にして、陽介は言葉に詰まる。普通に弁当を作っているということは、おそらく母は十月二十一日をくり返していない。ループしていると言っても、きっと信じてもらえないだろう。
「……学校、休んでいい?」
ようやく絞り出したのはその言葉だった。とにかく今は、“同じ十月二十一日”を直視するのが怖い。学校を休めば、まったく同じ一日を過ごすことはなくなる。
母は何も聞かず、「いいよ」と言ってくれた。
「学校には連絡しとくから。朝ごはん食べられそう?」
「食欲ない、かも……」
「じゃあ無理しなくていいから。お昼ご飯にお弁当作っとくけど、食べられなかったら残していいからね。私、今日仕事なんだけど、一人で大丈夫?」
「大丈夫……」
「わかった。何かあったら、小さなことでもすぐに連絡してね」
陽介は母に支えられて立ち上がる。母は部屋まで送ろうとしてくれたが、陽介は「大丈夫」と断った。少し泣きそうになりながら、陽介はとぼとぼと部屋に戻る。
部屋の扉を閉め、陽介は倒れるようにベッドにうつ伏せになる。自分の身に起こっていることがあまりにも信じられず、何を考えたらいいのかもわからない。
(ループしてる……って、認めるしかないのかな……)
陽介はごろりと寝返りを打ち、白い天井を見上げる。認めたくはないが、認めないことには先に進まないような気もしている。
(本当にループしてるとして、きっかけとかあったのかな。死んだら朝に戻るとか?)
陽介はこれまでの十月二十一日を思い出す。最初は車にぶつかり、二度目は桜の木の下敷きになって、十月二十一日の朝に戻った。死んだら、あるいは死ぬような衝撃を負ったらループするのかもしれないと陽介は思う。
(いったん状況整理しよ。ノート余ってたっけ)
陽介はゆっくり起き上がり、のそのそとベッドから下りる。勉強机に向かい、薄い引き出しを開けてシャープペンシルを取り出す。
机の一番大きな引き出しを開けると、そこには小学校で使っていたクレヨンや、彫刻刀まで入っている。ずいぶん前から整理していないそこは、まるでゴミ箱のようになっていた。
その中に、陽介はほとんど使われていない「じゆうちょう」を見つける。たしか小学生のときに涼が絵にはまっていて、一緒に描こうと二人で買ったのだ。しかし陽介は涼ほど絵にはまらず、ほとんど使わないまま引き出しの肥やしになっていた。
陽介は「じゆうちょう」の空いているページを開き、最初の十月二十一日の出来事を書き出す。
(七時に起床、八時に家を出て、八時半に朝礼……)
書き出してみると、あまりにも普通だ。特段、変わった一日ではない。特殊なことは、やはり最後の事故だけだ。
(最近の流行りじゃ、死んだら異世界転生するんだけどな……。まあ、ループものでも事故は定番か。てことは、生き残ったら脱出できるんじゃね?)
陽介は生き残る方法を考える。外に出なければいいのではと思い立ち、今日は一日外に出ないことを決意する。
(そういえば、あの暗い……夢? みたいなのは、内容違ったな。あれも書いておくか)
陽介は最初の夢と、二回目の夢の内容をじゆうちょうに書く。聞こえた声は違うが、両方とも真っ暗という共通点がある。しかし、ここに脱出の糸口があるような気はしない。
(とりあえず死んだらループするって仮定して、今日は家で大人しく……ん?)
そのとき、なにやら焦げ臭さが陽介の鼻をつく。外からだろうかと、陽介は開け忘れていたカーテンを開ける。
目に入った色に、陽介は驚いて顔をしかめる。立ち上る黒い煙は、明らかに普通のことではない。そして煙の出所は、明らかにこの家の一階だ。
(火事!? 今までの十月二十一日じゃそんなこと……)
おかしいと思いながらも、深く考えている余裕はない。陽介は急いで外に出ようと、部屋のドアノブを握る。温かいそれにおかしいと思う暇もなく、陽介は勢いよく扉を開き――
「うわっっ!!」
煙と熱気が一気に部屋に流れ込み、陽介は反射的にしゃがみ込む。息をするたびに咳き込み、目も開けていられない。
めまいのように体が揺れ、陽介はその場に倒れ込む。同時に、陽介の意識は暗転した。




