『また明日』
「鹿次郎~。今日も大変だったよ~」
ベッドに足を伸ばして座り、陽介は癒やしを求めて鹿のぬいぐるみを抱きしめる。夕方までリハビリをしていた体は、疲れているが充実感も得ている。
涼はベッドの隣の椅子に座り、「ははっ」と笑いをこぼす。
「鹿次郎が『がんばったね』ってさ」
「ありがとな~鹿次郎」
陽介は鹿のぬいぐるみを顔の前に掲げ、黒くつぶらな瞳をじっと見る。
「鹿次郎は、二年間ずっと一緒にいてくれたんだよなぁ……」
「そうだな。面会できるようになった直後からだから……もう二年以上経つか?」
「そっか……。そっちも心配かけたなぁ」
陽介が床頭台に手を伸ばすと、そこに置かれているぬいぐるみを涼が手渡してくれる。犬歯をのぞかせるツインテールのキャラクターは、やはりいつ見てもかわいい。目の刺繍も、我ながら上手くできていると思う。
(また刺繍したいな……。作るならちゃちゃ丸だな。難しいのはまだ縫えないし。針とか危ないから持ち込めないと思うし、家帰るまで我慢だけど)
陽介の口元がふっとほころぶ。刺繍のことを考える余裕が出てきたことに、少しだけ安心した。
陽介がくり返しを抜けてから二カ月。陽介はリハビリに通い、車椅子で移動できる程度に回復した。会話も淀みなくできるようになったが、事故前と少し声質が変わり、たまに違和感を覚える。
陽介がこの二年間のことを知ったのは、つい最近のことだ。予想通り、陽介は十月二十一日、歩道に突っ込んだ乗用車に撥ねられ意識を失った。それから集中治療室に運ばれ、意識が戻らないまま、病院で二年を過ごしたらしい。
涼は面会ができるようになってから、毎日病室に通い続けたという。陽介が夢だと思っていた声は、思った通り現実の涼の声だった。ただ、陽介は覚醒していたわけではないので、夢を見ているのに近かったことも事実だ。
陽介は二つのぬいぐるみを抱きしめ、涼の方に顔を向ける。
「そういえば、オレが寝てるときに話したのって近況だけ? 過去の話とかした?」
陽介はふと、疑問を持っていたことを思い出す。くり返しの中の涼は、陽介の知らない、涼の感情の話をしていた。それが全部陽介の妄想だったら、とんでもない自意識過剰ということになる。
涼は明るい目を陽介に向け、「うん」とうなずく。
「したよ。体育祭の話とか、中学の修学旅行の話とか、あと、俺が陽介に救われた話とか」
「……小五のとき?」
「そう。あ、聞こえてた?」
「たぶん」
「そっか。ちょっと恥ずかしいな」
具体的な話を聞くと、くり返しの中の涼が話していたことと一致した。どうやら陽介の妄想ではないようで、陽介は安心して息をつく。
(あれも、涼の言葉だったんだな)
陽介は胸が熱くなり、ぬいぐるみを持つ手に力がこもる。涼がこの二年間、本当に陽介を支え続けてくれたのだと実感する。
涼が腕時計に目を向ける。外はもう真っ暗で、面会終了時間が近づいているようだ。
「ごめん、もう時間だ」
「なんで謝んだよ。いつもありがとな」
陽介が笑うと、涼も顔をほころばせる。陽介がぬいぐるみを床頭台に戻そうとすると、涼が受け取って置いてくれた。
涼は立ち上がり、カーテンを閉めてトートバッグを持つ。涼は片手を振り、初夏の風のように爽やかな笑顔を陽介に向ける。
「じゃ、また明日な!」
陽介は手を振り返し、ニカッと満面の笑みを涼に向ける。
「ああ。『また明日』!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。無事完結しました。
長編が続いていたので、妙に短く感じますね。実際短編ですし。書きたいネタはもう少しあったのですが、蛇足になる気がしてカットしました。
この話は、「ループものを書いてみたい」という欲求だけで生まれました。しかしいざプロットを作ってみると、「流行るループものはこれじゃないな」と思いました。しかも現代ファンタジーのつもりで書いていたのに、よく考えたらファンタジーではないという。
とはいえ流行るようなものは思いつかないので、とりあえず書いてみることにしました。15回目のくり返しあたりまで、執筆中は頭の中で『カゲロウデイズ』が流れていました。世代。
なるべく陽介と涼の関係にスポットを当てようとしたので、登場人物が最小限になりました。担任の先生の名前も決まってたんですけどね。出てきませんでした。
重いテーマの話が続いたので、次は頭を空っぽにできる話が書きたいですね。




