片思い男子の葛藤(蒼大)
「も、落ちる……蒼大、ちゃんとベッドで寝てよ……」
そう言って目を閉じた七海。
「はぁっ?!」
思わず声が出たけど七海の目は閉じたまま。
「マジで寝た?この状況で?」
再び声に出してみたけど七海には届いてないらしく起き上がらない。
胸に広がる、なんとも言えない情けなさに似た感情。
こんな状況普通男と女だったらドキドキして寝られないだろ?
はぁ。つか、本当ならすぐにどかないといけないんだろうけど全く動けない。
マジでキスしたい。これ男だったら絶対思う。
だって好きな子が目の前でこんなに無防備な姿で寝てるんだぜ?こんなのキスして抱きしめたいって。
でも目の前の七海は俺の気持ちなんか知らないとばかりにスヤスヤ。
全く男として意識されていないのを実感してマジショック。
この状況、もし俺が悪い奴だったら七海が寝てようがとっくに手を出してる。でもキス1つで悩んでいる俺!これが現実。
中3の頃全く俺に興味無さそうな七海を見つけた瞬間心にすっげーガツンと来たんだよね。なのに今は七海が俺のファンだったらいいのにと思う。何しても喜んでくれるから。
……あ〜俺は何を考えてんだ。見ろ。俺を信頼して寝ている七海の姿を。
……なっがいまつ毛だなオイ。イカン、顔をまじまじ見るとまたこの唇にキスをしたくなる。
やっぱ可愛いな。そう思ってゆっくりと顔を近付けて鼻先が触れ合った所で止める。
七海はぐっすりだからこのまま唇に触れても気付かないだろう。けど歯止めがきかなくなったら困る。
俺はバイク好きだし、仲間とつるむのも好きだし、売られた喧嘩はまぁ買う。世間から見たら悪と呼ばれる部類だろうけど、こーいうのは違う。
キスするなら七海が俺の事好きになってからだ。起きている時に堂々とする。つか、俺の名前すら曖昧だったから厳しそうだけど。
やっぱ今のうちにやっとくか。嫌、駄目だ。
あー、この葛藤は女には絶対分かんないだろうな。2人きりなのに男として意識してない、平気で隣で寝ろって言えてしまう七海には特に。
無自覚。マジで質悪い。蛇の生殺しってやつ。
男の本能?煩悩?つーの?好きだから大切にしたいけど、好きだからこそあれやこれやとしたいって言う欲求がデカい。男って生き物は中々に大変。
これだけ分かってんのに頭の中でまだ「キスしちまえ。キスくらいいいって。ぜってーバレない」と「ダメだ気持が通じ合ってからするもんだ!」って言う2つの考えが戦ってる。
でもココは我慢だろ。俺は己の欲望に打ち勝つ!
そ~っと七海を起こさないように起き上がりベッドから下りて深く息を吐き心を沈めた。
特攻服の上着を脱いで壁のフックに掛けるとベッドのすぐ横に丸椅子を置いて座る。勿論目線は七海だ。
寝ているから見つめ放題。キスはしないけど遠慮なく見つめさせて貰おう。
いつも一目見たくてバイト帰りのコンビニ狙って俺も連れと待ちあわせしたりしてたけど、ジロジロ見れないからさ。あんま見てるとバレてストーカーって言われそうだし。
本当は見るだけじゃなくて何度も話し掛けようと思った。告らなくてもコンビニで会ったら世間話する顔見知り程度になりたくて。けど、きっかけもなく突然話しかけたら不審者じゃね?
そもそも片思いとか初めてだし。てか初恋だし。話すきっかけもない俺は七海と同じ西中出身の連れに七海の話を教えてもらうぐらいしか出来なかった。
顔だけ見て群がる奴らが嫌いだったけど、俺も似たようなもん。最初七海を見た瞬間心にガツンと来たのは実は一目惚れだったのかなと今は思う。
少し離れた場所で他所を見てる横顔が綺麗で心に残った。それからは七海が来ている時は絶対に正門から出た。
あの頃は名前も知らなかったからずっと「そこのお前も俺を見ろ。そしたら好きになるんだろ」って心の中で思ってた。
今思うと恥ずかしいけど母親経由で有名な芸能事務所からスカウトが来るくらいだったから自分の顔に自信があった。でも七海はこっちの方を見ても俺に興味なし。たまに友達を見て微笑むだけ。
友達を見ていない時は大体学校前の川を覗き込んだりうちの校舎を眺めたり。
群がる女にいつもうぜーうぜー言ってたんだけど、たまたま七海の近くでうぜーって声を張り上げた時1回だけ目が合った。それがすっげー嬉しかった。
それから俺の人脈を使い七海の情報をGET。中学の卒業式で七海に彼氏が出来たって聞いた時はマジでヘコミまくった。
でもそのおかげで勘違いじゃなくマジで七海を好きになってたんだって気付いた。
彼氏が出来て意気消沈。と思いきや2ヶ月で別れてた。しかもデートはグループ交際、イコールキスもしていない。これは大事な事だから友達経由で確認を取った。
じゃー次は俺が!って思ったけど、元カレと嫌な別れ方をしたらしく、恋より部活と言っていると友達伝いに聞いた。
女子高だったしその通りにしてたから俺の大勝負日にかける事にした。占い結果も七海と上手く行きたいならそうしろって言ってたし。
しかし占いで家族と離れる事になるって聞いてたけど、まさか異世界に飛ばされる事になるとは思っても見なかった。
まー、七海に大勝負日に告る事を選んで良かった。結果的に告ってないけど一緒に此処に来れたからな。
こんなとこに七海1人で来てたらあのウサギヤローに殺されていたかもしれない。
それに最初は緊張したけど沢山話せたし本人なのに恋愛相談まで乗ってくれたし、男らしい所を見せられたし手を繋げたし抱っこまで出来た。最高じゃん。
寝ている七海の頭をそっと撫でる。この程度なら許してくれるだろ。起きてる時も頭撫でたし。
サラサラの髪の毛を撫でる度に愛しさが強くなって顔がニヤける。多分俺今超絶キモイ顔してるかも。
「ん……」
撫で過ぎたのか七海の顔が動いた。だがふと気付いた。
ネクタイしたまま寝たら危なくね?首に絡まってもし何かの拍子にどっかに挟まって締まったら……ヤベー。想像したら余計心配になってきた。
俺はゴクっと唾を飲み込み手を伸ばす。
コレは胸じゃなくて首元だ!だから緊張する必要はないっ!
意識しすぎないよう急いで外したけど、再発した欲求と戦い己の欲深さに自己嫌悪に陥りつつ夜は更けていった。