少女漫画のヒーローとエキストラ
手を引く蒼大の後ろ姿を見ると心がくすぐったいし、力を入れないと口元が緩んでしまいそうでキュッと唇に力を入れる。
やけに恥ずかしくて俯いて歩いていたせいで木にぶつかり足が止まる。
すると蒼大が慌てて振り向いた。
「わり、考え事してた。歩くの早すぎたな」
「ううん、私も考え事して前見てなかったから」
蒼大は心配そうな顔で顔を覗き込んでくる。
「ケガしてねぇ?もう限界だったらここらへんで寝る場所確保する?」
そう言われ辺りを見回したけど、草を抜いたとしても木々の間隔が近くて焚火でもしようものなら大惨事を招きかねない。
ここで寝るなら2人で背を預けられた名もなき大木の下で寝た方がまだ良かった。でも今更引き返す訳にもいかない。
「大丈夫、もうちょっと開けた場所探そう」
「無理すんなよ?」
蒼大は心配するように繋いだ手にギュッと力を入れた。
……なんでこんなに優しいの?私がファンのふりしたら冷たくなるのかな?優しくされて凄く嬉しいんだけどこれ以上優しくされたくないような気分になる。
それでも手を離したくはなくて。しっかりと手を繋いだまま獣道を歩き進んで行った――
蒼大って少女漫画で良く見る校舎裏で子猫と戯れてギャップを見せつけるタイプのヤンキーだと思う。
それで目撃した女の子は恋に落ちるの。ファンの子達は皆その瞬間を見たんじゃないのかな?
疲れすぎて脳内が少女漫画の世界へトリップしたみたい。だって頭の中で特攻服姿の蒼大が白い子猫3匹と戯れている妄想が見えるんです。
部活で鍛えた足腰。通学とバイトの行き帰りは体力作りに励んだ。日曜には夢の体育教師になる為にジョギングだってしていた。
体力にはかなりの自信があったのに空腹も手伝ってかもう限界。
薄暗かった森は風で揺れる葉の音と自分と蒼大のざくざくと歩く足音だけが聞こえる空間になっていて全身に闇がぴったりくっついて離れない。
唯一繋がれた手がライフライン。もしこの手が離れたら闇と同化しちゃいそう。
そのくらいの勢いで私のHPはもうギリギリ。残り0コンマ1くらい。
「なぁってば、聞いてる?」
「ん?」
ふいに大きめの声が聞こえてぼんやりと蒼大に目を向ける。
「しっかりしろ、ほら、小屋だ」
そう言うと蒼大は真っすぐ前を懐中電灯で照らした。
光の行く先を見つめると木の小屋のドアが見えた。
闇に紛れて良く見えないけど小さくて古そう。でも、街のコンビニ以上に偉大な存在に見える。
「良かったあぁぁぁ」
安心したとたん膝から崩れ、地面にへたり込むと土の匂いが近くなる。
地面に顔を埋めてフゴフゴ言っても良いくらい。
滅多な事では泣かないのにじんわりと嬉し涙まで滲んでくる。この果てしない安堵感はこの状況だから感じ得たものだわ。
「おい、せめて小屋の中に入ってから気抜けよ」
頭上から蒼大の声が聞こえて来るけどもう立ち上がりたくない。
「もう無理。よかったよぉ……ぐぅ」
「ぐぅじゃねぇっての!こんなとこで寝るなアホ!」
文句を言われているけど暫く一歩も動きたくない。
自分の身体がまるで糸が切れたマリオネットみたいで。
何をと思うでしょうが後数歩が凄く遠いの。地面を這うのもメンドクサイ。そのくらい力が抜けた。
蒼大はその場に私を置いて小屋に向かって走った。ガタンとドアを開ける音が聞こえるとすぐに戻って来る。と、急いで私を両手で抱き上げお姫様抱っこしてくれた。優しさに心がキュッとなり蒼大に感謝しながら目を閉じた。
疲れすぎているからかドキドキとかはどっかに飛んで行っちゃってる。けど、実は蒼大ならこうしてあと数歩をどうにかして連れて行ってくれるんじゃないかと心の何処かで思ってた。
だって蒼大は凄く優しいから。優しくされたくないとか思ったくせに期待してた。
多分こう言うのをあざといって言うんだよね?これで私も立派なあざと女子。
小屋に入ると中は木の匂いでいっぱい。
外の木とは違う加工された木の香り。全然嫌いじゃない。
ベッドがあったのか固く弾力のある感触を背中に感じる。
目を開けると案の定私はベッドに寝かされ蒼大はランタンに火を点けドアを閉めていた。
ランタンに火が灯った事で小屋の中を温かみのある優しい光が照らし全体がうっすらと見える。
とりあえず蒼大の寝場所、ベッドがもう1台あるかに注視した。テーブルと椅子は目に入ったけど狭い小屋だからベッドは1つだけしかないみたい。
もう頭と足が重くって今にも寝落ちそうだけど頑張って声を出す。
「蒼大」
「なに?」
蒼大がベッド横に立つと私はベッドの端にズルズルと移動して空いたスペースをポンポンと手で叩いた。
「ここで寝てね」
「へっ?」
顔を見上げる余裕はないが本気で驚いたような声が聞こえた。
私だってここが日本で普通の状況ならこんな事は言わない。でもここは異世界、やっと辿り着いた小屋。
昨日も見張り番をしてろくに寝ていなくて、今日もずっと助けてくれた蒼大を床で寝かせたりなんて絶対に出来ない。
「いいから、ベッドで寝てね」
「っ」
蒼大は恥ずかしいのか言葉を詰まらせ決めかねているみたい。
私が目を開ける前の「起きないとやっちまうぞ」的な発言は何だったの?
ほんと、口は強いけど優しくて他人の事を考えられる人なんだと思う。
もう深い眠りに落ちていきたいのに蒼大が寝てくれないと落ち着かない。
最後の力を振り絞りガバっと上半身を起こすと蒼大の腕を掴み身体全体を使って勢いよく引っ張る。
「ばか、あぶねっ」
短い叫びが聞こえると倒れ込んで来た蒼大は慌ててベッドに手をついた。
上手に私の顔の真上に蒼大の顔がある。
温かなオレンジ色の光に照らされた茶金の髪は蜂蜜をかけたみたいに綺麗。
ランタンの揺れる炎に合わせて蒼大の瞳の表情がくるくると変化して私をじっと見つめる瞳が熱っぽく定まったように見えて少し動揺。
これ漫画でよく見るシチュエーション。
偶然覆いかぶさったのに位置がバッチリな感じの。
やっぱり蒼大は少女漫画世界から抜け出して来たヒーローなのかもしれないと再び脳内トリップ。
妄想の白い子猫が3匹すり寄って来る。
そんなヒーローはあと少し近づいたらキスしちゃいそうな距離に気付いたのか頬を赤く染め唾を飲んだ。
もし私がヒロインだったらどれだけ眠たくても、ここでドキドキしながら見つめ返して少し顎を上げて目を閉じるんだろうな。唇が重ねやすいように。
でも蒼大のヒロインはコンビニで待っていた誰かであって私じゃ無い。よって、エキストラの私はこのまま寝落ちるしかない。
「も、落ちる……蒼大、ちゃんとベッドで寝てよ……」
琥珀色の瞳を見つめながらそこまで言って深い眠りにダイブした。