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【番外編】その後の現代日本では〜リッカ様の日常〜

「……本当に、七海が見えるんですか?」


 震える声で問う七海ちゃんのお父様に私は静かに頷いた。


 水鏡台に手を添え呪を唱えると、鏡面に円の中心から外側へと水紋が立った。

 幾重にも重なる水紋は結界のように広がり、やがて異界への窓を開く。

 光が満ちると、七海ちゃんと蒼大の姿が映し出された。


「七海ちゃんがいるのはさっきお話しした異世界です……」


 七海ちゃんのお父様——ワタルさんは私の説明も聞かずに崩れ落ち、水鏡台を抱きしめ泣いた。


「七海、七海……!生きていてくれてよかった……!」


「お父様、長時間は見れないので、泣くのは後にして今は元気な七海ちゃんを見て下さいませ!」


 渉さんは震えながら立ち上がり、水鏡を覗き込んだ。


「ううっ……生きて……」


 水鏡の中の蒼大と七海ちゃんは、笑顔で食事を取っている。

 豪華な食事に燭台が飾られたテーブル。


「二人は貴族のお世話になってるみたいです。食べるのに困る事もないでしょう。安心してください」


 渉さんは涙を堪えようと口を結び、小さく何度も頷いた。


 水面が揺れ、丸い円の外側から水紋が波立つ。時間だ。


 二人の姿が消えると渉さんは再び膝をつき、おいおいと泣いたのだった——


「お見苦しいところを見せてしまって申し訳ありません」


「いいえ、お気持ちは分かります。私も最初大泣きしましたわ」


 痛いほど気持ちが分かる。渉さんが落ち着くまで待ち、リビングのソファーへと移動する。


 ソファーに腰掛けると、渉さんが一口お茶を飲み、ホッと一息ついた。


「警察にまで、どこかの次元に飛ばされた可能性が高いと言われた時はまさかと思いましたが……本当に異世界に行っていたんですね」


「そうですね……異世界だなんて私も驚きました」


「科学で解明できないような不思議な現象で、七海にもう二度と会えないでしょうが……あのままトラックに轢かれるよりマシです」


「ええ……あのトラックが突っ込んでいたら、二人とも絶命していたでしょうね……」


 流れる沈黙。 

 渉さんも理解しているのだ。あの時異世界に飛ばされたおかげで、七海ちゃんが生きていると。

 遠く離れても、生きていてくれるだけでいい。


 静寂の中テレビをつけると、丁度七海ちゃんと蒼大の事件が映された。半年経つが、今でも報道され続けている。


「よくご覧ください、スピードを出しすぎたトラックが雨でスリップして、倒れているニ人に突っ込んで行った次の瞬間!!」


 司会者が興奮気味に声を上げると、皆が注目しているモニター画面では赤い光に包まれた蒼大と七海ちゃんが消える瞬間が映し出された。


「消えた!」


「信じられない!」


「こ、これ、本当に加工も何もないんですよね?」


 観覧席からも、ゲストのコメンテーター達からも、どよめきが起こる。


「はい!正真正銘、加工なしのコンビニの駐車場の防犯カメラの映像です」


「ニ人とも一瞬で消えましたね……あり得ない事ですよこれは!」


「赤く光ってましたよね?もう一度見せて下さい!」


 コメンテーターのタレントが叫ぶと、ニ人が消える瞬間が繰り返し映し出される。


「何回見ても信じられない」


「この光はなんなの?」


 困惑するコメンテーターに、司会のアナウンサーが問いかける。


「さて、この消えたお二人は今や日本中、いや、世界中で話題になっているんですがどう思われますか?」


「これは話題になるのも当たり前でしょう!実際ニ人ともこの夜から行方不明になっているんでしょう!?」


「その通りです!今もこのお二人の行方は分かっていません」


「トラックにも二人がぶつかった形跡はないんですか?」


「全くありません。念の為トラック内も捜査済みですが、二人がいた形跡はありませんでした。全てが起こり得ない事なのです!実際、警察も異例の捜査結果を発表し——」


 事故を起こしたトラックは、コンビニの壁に激突して止まった。運転手は自力で脱出し『人を巻き込んでしまった……!』と、壁とトラックの間やトラックの下を探し回ったがどこにも見当たらず大騒動になった。


 蒼大と七海ちゃんの行方不明事件は大々的に捜査される事になったんだけど、最近になって違う次元に飛ばされた可能性が高いという異例の捜査結果が出され、捜査が終了した。


 もう何回特集をされているかわからないのに、毎回皆驚く。そのくらいインパクトがある映像だ。


 ニ人が居なくなった当初、渉さんは七海ちゃんは異世界に行ってしまったと言っても、当たり前だが全く信じなかった。 


 何度も何度も繰り返し映像を確認し、警察から異例の捜査結果を出され、国からも人間の力の及ばぬ事態が起こってしまったと頭を下げられて、ようやく心の整理がついたようだった。


 渉さんが現実を受け入れられるようになってから、水鏡千里眼の事をお話しして、今日初めてお見せしたんだけど。


 私の先祖が陰陽師でこれほど感謝した事はないわ。


 子供の頃から占いやまじないを学ばされ、当たり前のように占い師になった。

 若かった私は、先に知っちゃうと面白くないし、知るのが怖いから自分の事は占わない。なんてカッコつけてた。

 でもある日夫が亡くなり、涙も枯れ果て魂が削られるほど傷ついた私は、実家に戻って鍛錬を重ねた。


 それ以来家族や自分の事も占うようになったけど、蒼大が七海ちゃんと一緒に何処か遠くへ行ってしまうという信じられない占い結果が出てから、私は実家に行き、今度は蔵を漁った。


 蔵には何に使うのか分からないような道具が沢山眠っている。私も母親だから、離れても蒼大の無事が確認出来る方法を探したかった。


 何かないかと血眼になって探し、見つけた水鏡台と古書。

 修行をして習得した秘技、水鏡千里眼。私の溢れんばかりの力はこの技を習得する為に身について産まれたんじゃないかと思ったくらい。


 蒼大の弟、リョウも、兄貴がいない寂しさを堪えて生活している。

 だけど、あの子にはまだ水鏡のことは秘密。

 多感な時期だし、もし「異世界にいる」なんて知ったら、今すぐ兄貴に会いに行きたいって無茶をして、蔵の道具を片っ端から乱暴に漁って壊し兼ねないもの。


 せめて、あの子がもう少し大人になって、自分の人生をしっかり歩めるようになったら、その時にこの「幸せな兄の姿」を見せてあげようと思っているわ。


『コトっ』と音を立てテーブルにお茶を置いた渉さんは、深いため息をはいた。


「七海と仲の良かったお友達は心配して何度も訪ねてきてくれるんですがね……頭に来るのがインターネットの掲示板ですよ!私が蒼大君と一緒に飛ばされたかったとか、ずるいって書き込みが多いんです!七海の同級生までテレビのインタビューでそんなことを言っててね!私が蒼大君と行きたかったですぅ!って!顔は隠れてだけどあれは絶対近所のサユミちゃんだった。親の気持ちも知らずに!」


 七海ちゃんのお父様が悔しそうに顔を歪めた。


「蒼大は昔から異常にモテてましたからね……でも蒼大は七海ちゃんとじゃないと嫌と言うか、七海ちゃんとだから行ったと言うか……今一緒にいられて幸せだと思いますよ」


「えっ?!どう言う意味です?」


「蒼大は七海ちゃんに片想いしてましたから」


「えええええ!蒼大君がっ?!うちの七海の事を?!」


「はい。中三の頃からずっとです。あの日、告白するつもりで待っていたはず……蒼大には悪いけど、もうこの世界にいないし、言っちゃいましょうか。母として、一緒に異世界に飛んだのが蒼大が片想いしていた七海ちゃんで良かったってね」


 七海ちゃんのお父様はとても驚いた顔をしていたけど、ニッコリ笑って頷いた。


「ニ人がこの世界にいたら、私達親戚になっていたかもしれませんね」


「はい。きっとそうなっていたと思いますわ」


「あっ、でも大丈夫か?まだニ人とも子供なのに……」


 そうよね、特に女の子の親御さんはその辺心配するわよね。そう思って対策済みよ。


「大丈夫です。幸せになりたいなら絶対焦らないように。結婚してからじゃないと手を出さないようにと教育してあります。私の占いを見て育っているから、絶対に守りますわ。おほほっ」


 蒼大ったら、この世の終わりみたいな顔をして絶望してたけど。


「そうでしたか!さすが立花さんですね。ありがとうございます。立花さんの息子さん、蒼大君なら七海を安心して任せられます」


 複雑な思いだろうに、こんなに柔らかな笑顔を作る渉さんを見ていると、七海ちゃんもとてもいい子だと分かる。


「では、これから月に一回水鏡で様子を見ましょうか」


「よろしくお願いします」


 深々と頭を下げた渉さん。

 それから私は達は毎月一回、水鏡に映し出される一分ないくらいの時間に夢中になった。


 ある日、野球をしている蒼大が映し出されて驚くと、渉さんが七海ちゃんの夢を教えてくれた。


 そういえば蒼大も小学生の頃は野球選手になるのが夢だったわね……不良になってやめてしまったけど。


 本当に運命の二人だわ。


 夢だった監督になっているであろう七海ちゃんのユニフォーム姿。増えて行くチームメイト。


 占いで見た通りとても裕福で食に困る事もなく、笑顔で過ごしている二人を見ていると、こちらまで幸せな気分になって来る。


 神社にお詣りしている姿が映し出された時は渉さんと一緒に声を上げた。


『異世界にも神社があるの!?』と。


『しかも狛犬じゃなくて猫ですわ!センスがいいのね』


『それより、ひらがなでたちばなじんじゃって書いてあったようにみえましたが……』


『きっと見間違いですよ』


 って、大笑いしたわ。


 毎月、毎月二人を見つめて、そして、ウェディングドレス姿の七海ちゃんが映った時は大興奮したわ。

 なのに蒼大が特攻服姿で思わず渉さんに謝っちゃったわよ。

 結婚式くらい異世界のカッコいい服着なさいよ!


 でも渉さんは大きく笑って、特攻服なんて気にしていないみたいだった。


『見てください、襟に夫婦円満って刺繍がありますよ』

『まぁ、蒼大ったら』

『蒼大君は本当にいい男だ。あ、これで私達は親戚ですね。末長くよろしくお願いします』

『こちらこそ』


 私達は微笑みあって頭を下げた。


 結婚してから商売でも始めたのか、商人らしき人とテーブルの上に金貨を山盛りにしてニヤニヤ笑っている七海ちゃん。

 蒼大がピンクのハート型メガホンを手に持ち、七海ちゃんに向かって振り始める。


『あはは!蒼大君は七海を応援してるんだろうね』

『ええ、見ていて微笑ましいですわ』


 いつ見ても、必ず二人一緒にいる。どちらか一人だけ映る事がない。

 それって、かなり凄い事だと思う。二人とも気づいているのかいないのか。

 ずっと一緒にいても当たり前のように幸せそうで。七海ちゃんのお腹が大きくなって妊娠に気付いた日は、二人で祝杯をあげた。


『あはは!まさかこんなに早くにおじいちゃんになると思わなかった!』


『私もです……!でも最高に嬉しいわ!』


 妊娠してからも、たくさんの仲間に囲まれて幸せそうで、どれだけ二人が異世界で愛されているか伝わってくる。


 無事に子供を腕に抱いている姿を見て私達は微笑みあい、手を取り合って喜んだ。


『孫の名前はなんなんだ!知りたい!』


 渉さんが叫ぶ。私は『気になりますね』なんて言って笑顔で誤魔化した。

 昔から蒼大のネーミングセンスは独特と言うか……


 案の定だった。たった今壁に貼ってある文字が飛び込んできた。


『命名 スター』


 私がため息をはいて渉さんに謝ろうとするととても大きな声で笑った。


「ははは!わたしの孫はスター君か!夜空に輝く、とてもいい名前だ!きっとこの子の人生はスターのように輝かしいものになるぞ!」


 その言葉を聞いた私は思わず、自分と渉さんの将来を占いたくなるような衝動に駆られてしまった。

 いやいや、落ち着くのよリッカ、私は天下の占い師リッカなんだから!

 すうっと深呼吸。


「ええ、蒼大と七海ちゃんの子、私たちの孫ですもの!きっと輝きますわ!……これからも一緒に遠い世界にいる三人の行く末を見守りましょうね——」




本編、そして番外編最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

異世界転移モノを読むたびに「元の世界に残された家族はどうしてるんだろう?」と個人的にずっと気になっていたので「残された親たちの姿」をなるべくハッピーな形で書きたいなと思っていました。

楽しんでいただけていたら嬉しいです!

読んでくださった皆様もHappyでありますよう٭(ㅅ˘˘)♡*. ゜


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