私のハートは暴れ太鼓
考えても分からないので牛乳を冷蔵庫に戻し、2人で変な笑いをこぼした。訳が分からな過ぎて。
2人共ぎこちない笑顔のまま、まずお風呂でしょ!と紙パックのひらがなから話題を変えた。
人間、本気で理解できない事があると、とりあえず目を逸らしてしまうらしい。
先にお風呂に入る事になったのでお湯を張る為1人お風呂場へと移動。
檜風呂が似合いそうな木造のお風呂場だけど、浴槽は女子が憧れそうな白いネコ脚バスタブ。
しかしお湯を張ろうにも蛇口もシャワーも見当たらず首を傾げる。
バスタブを調べると縁に読めない文字と共に「おゆ」「みず」とひらがなが表記されたボタンを発見。
「また、ひらがなが……」
不思議に思いつつ、どこからお湯が出るのかポチっと押してみると、なんと天井からバジャーッとお湯が落ちて来て1人で大爆笑。
私が爆笑した声が聞こえたのか蒼大が慌てて走って来たけど、天井にある蛇口からお湯が出ているのを見て、蒼大も一緒になって笑った。
何だかこの世界に来てからいつもより笑っている気がする。
「あ、タオルあったぞ。着替えも」
「良かった。この家最高だね。シャンプーとトリートメントと石鹸らしきものもそこに並んでるし!」
「持ち主に感謝だなー」
「リッカ神のご加護かも」
「まだそれ言ってんのか」
「本気で思ってるもん」
なんて、お喋りしている間にお湯がたまり交代でお風呂に入る事に。
泡立ちの良い石鹸に感動。
異世界だから電気もトイレも石鹸もないと言う考えはもう古いのね。
よく考えたら同じ人類、人間が住んでいるんだから同じような事、物を考えついて当たり前なわけで。
何故ひらがなが使われているのかは謎のままだけど。
白いTシャツワンピに着替え、木の温もりが残るリビングの、革張りの1人掛けソファに深く腰掛ける。
数日ぶりのお風呂で温まった身体と、安全な環境にホッとしたせいか、急激な眠気が襲って来た。
眠い。でも、蒼大がお風呂から出てくるまで起きてなきゃ。蒼大の事だから私だけベッドに寝て自分は床に寝るとか言いそうなんだもの。
毎日夜中見張ってくれていた蒼大にベッドで沢山寝てほしい。心から。
「七海、七海、髪ちゃんと乾かしてベッドで寝ろよ」
蒼大の声が聞こえ薄らと目を開ける。
どうやらソファで寝てしまったらしい。眠すぎて返事をする事すら億劫で小さく頷き目を閉じる。
「マジで風邪引くかもしんねーからさ。て、七海?はぁ、仕方ねーなー」
ため息混じりの声の直後、頭の上にバサッとタオルの重みが乗せられた。
そして、ゆっくりと一定のリズムで頭が揺れる。間違いない。蒼大が、私の濡れた髪をタオルで拭いている。
小石の時と言い、どれだけ心配性なの?て言うか、こんな事されたら目が覚めるんですけど!
一応起こさないように気を遣っているのか、ゴシゴシではなくポンポンと水気を吸い取る。タオル越しに感じる優しい手つき。
心がくすぐったくてヤバイ。心臓もバクバク鼓動を打ち始めるし顔も熱くなってきた。
私顔赤くなってる?大丈夫だよね?目を開けて自分で拭くべき?でも、蒼大にこんな事して貰えるなんてもう2度とないかもしれないし。
どうしよう!
もうドキドキし過ぎて、胸が暴れ太鼓を打ち鳴らす。ドンドコドンドコ、ねじり鉢巻にピンクの法被姿の小さな私が、どんどん増殖して全員で激しく太鼓を打ち鳴らす。
完全覚醒。
なのに私は目を開けていない。タオル越しに感じる優しい指先の感触と、ときめきをもっと感じていたくなって。こう言うのをあざといって言うのかな?
これで私も立派なあざと女子!
なんて考えていたらピタッと蒼大の手が止まった。
終わったのかな?そう思った時耳をキュッとタオル越しに軽くつままれた。
ああ、耳を拭こうとしてたのね。
でも気持ち良いと言うか、髪を拭かれているのとは違うダイレクトな感覚に、耳がカッと一気に熱くなった。赤くなってないと良いけど。
その後蒼大の手は毛先へと下りていき、私の肩下の長さの髪は全てタオルで丁寧に拭かれたのだった。
「ヨシ、終わり」
蒼大の声が聞こえた直後、背中と膝の裏に、スッと力強い腕が差し込まれた。
え? と考える間もなく、フワリと身体が宙に浮き上がる。
だっ、抱き上げられた……!
「ひゃっ!」
「あれ?起きてんの?」
「ううん、寝てる」
「だよな」
蒼大のクスリと笑う声。
あ、これ絶対起きてるのバレてた。そろりと目を開けるとバッチリ目が合って。
2人して吹き出した。
「ごめん、拭いてもらうのが気持ちよくて」
「ハハハ!顔赤っ!」
「だって恥ずかしいもん」
「七海は分かりやすいよな!正直者」
「やめて、何もいわないで!恥ずかしいよー」
「褒めてるんだから良いだろ」
「それ褒めてたの?」
「アハハハハ!」
お姫様抱っこされてこんな掛け合いしてるとまるで自分が蒼大の彼女になったような錯覚に陥ってしまうけど、蒼大には告白しようとしていた好きな人がいる訳で。本来なら蒼大の腕に抱き上げられるのは私じゃなかった。
現実を思い出したら急に心がシュンと暗くなった。
——笑ってないで、早く下ろしてほしい。
「もう恥ずかしいから下ろして」
私の少し沈んだ声に気づいたのか、蒼大も「ハイハイ。ベッドに連れて行こうとしただけだって」と笑い、歩き出した。
ベッドまで連れて行かれ縁に座らせられるとまたドキドキが再発。
「俺の髪も拭いてよ」
とか言い出すんだもの!
私に背を向け床にあぐらをかいて座った蒼大。
ベッドに座っている私から丁度良い位置に頭がある。自分も拭いてもらったし断る理由はない。
私と同じ、甘い花のシャンプーの香り。
蒼大の柔らかな髪に触れると指先に心臓が移動したみたいに全身がドキドキ熱くなる。
キュンとした胸の感覚をもっと味わいたくて指先で髪を数度梳いてから拭き始めると、蒼大の耳が真っ赤になっている事に気付いた。
もしかしたら、さっきの私の耳もこんな風に真っ赤だったのかも。
少し意地悪な気持ちが湧いて、その赤い耳をタオル越しにキュッと軽くつまむと、蒼大から「プッ」と小さな笑い声が漏れた。
やっぱり。絶対私の耳も赤かったんだ。
私もつられて小さく笑い、そのまま髪の毛を拭き続けた。
この幸せな時間がずっと続くといいのに。
タオル越しに蒼大に触れながら、心の中でそっと願った。




