香りに酔う
「水だああぁぁ!」
木々の間から光が差し込んで、その先に銀色にキラめく水面が見えた瞬間——蒼大の叫び声が木霊する。
「本当だ!」
2人揃って川に向かって猛ダッシュ。
昨晩、狭いけど2人座って寝られる程の横穴を発見。
懐中電灯で中を照らすと、野猫のような動物が数匹飛び出して走って逃げてしまった。
でも巣があると言うことは近くに水場がある可能性が高いよねって話になり、夜が明けてから散策したら近くに念願の川を発見したのです!
「やったあぁぁ!」
私も叫んで川へと急ぐ。バシャバシャと顔を洗い歓喜の声を上げる。
「気持ち良いー!」
「生き返るな」
「うんうん!」
川幅は狭く流れは穏やか。水深は浅く、水はとても澄んでいて底の石が綺麗に見えている。
もうちょっと深ければ水浴びができたかもしれないのに。そこは残念だけど贅沢は言っていられない。
ペットボトルに水を汲み蓋を閉める。と、今日も寝不足顔の蒼大が急に顔を逸らした。
「どうしたの?」
「あ、いや、その、シャツ濡れてる」
言われてハッとなる。派手にバシャバシャやっていたせいで、広範囲が濡れている。白シャツが濡れたらスケスケだ。
でもそこは心配ない。シャツの下に飾りもない地味なベージュのキャミを着ているから!
にも関わらず、蒼大はすぐに自分が着ているTシャツを脱いで差し出して来た。
「これ着ろよ。ちょっと濡れてるけどそれより良いと思う」
「ありがとう」
キャミを着ているから平気なんだけど——蒼大がそこまで気にかけてくれるなら、受け取らないと。
木陰に隠れ濡れているシャツとキャミを脱ぎ、Tシャツに頭を突っ込むと、柔軟剤に混じって感じる蒼大の匂いに一瞬で身体が熱くなった。
不思議と安心するような、もっと嗅いでいたいような気分。
香りだけで胸がキュンキュン締め付けられて。
かなりヤバイ。
蒼大の香りに酔っちゃいそう。
川を見つけた事により、探索ルートが獣道から川沿いに変更。水がすぐそばにある安心感が凄い。
強い日差しと川を通る風のおかげで、私のシャツとキャミはあっという間に乾いてしまった。名残惜しさを感じ、こっそり深く息を吸い込んでからお着替え。
蒼大の香りに冷静でいられなくなっていたけど、川に戻ったら上半身裸の蒼大がいるわけで。
一瞬で冷静とか冷静じゃないとか、そう言う次元じゃなくなった。
頭から水を被ったのか、髪の毛から滴る水の粒が太陽の光を受けてキラキラに輝いて、身体を伝う水滴が宝石みたいに煌めいて見える。
前髪をかき上げる仕草と男らしく引き締まった腹筋。
スポーツをやっていた情報は聞いた事がなかったけど、無駄のない綺麗な身体。
とてもじゃないけど直視出来ない。蒼大は私には眩し過ぎる。今後は蒼大からTシャツを借りるような事がないようにしよう。心臓が持たない。
「七海、あそこ道じゃね?」
目を逸らしながら必死に平静を装っていると、不意に蒼大が川の向こう側を指差した。
そちらに目を向けると、川に通じるように開けた、広い道が見えた。木々や草が鬱蒼と茂っていた今までの獣道とは明らかに違う。
「本当だ!」
バシャバシャと浅瀬を渡り、その道の方へ近づき思わず息を飲んだ。
広い道の周囲の木は伐採され、見通しが良い。そして、道の先に建物が見えたから。
「あれ小屋じゃない?!」
「ああ、何か建ってるな」
張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れ、一気に力が抜けてへたり込む。
人の作った建物が見えるだけで、こんなに嬉しいなんて思わなかった。安心感で涙が滲む。
「ね!」
「行こう」
へたり込む私に、蒼大が優しく手を差し出してくれた。
その大きな手を取って立ち上がる。
昨日も手を繋いで歩いたのにやっぱり手に触れる瞬間はドキドキする。
立ち上がったら手を離すかと思ったのに、蒼大は建物を発見した事に意識が集中しているのか、手を繋いだまま歩き出す。
今は真昼間。明るいから手を繋ぐ必要はないんだけど……
なんだかそれがすごく嬉しくて。自分から離す事はせず、しっかりと手を握ったまま、明るく開けた道を二人で進んでいった。




