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手紙

大好きな桜井友美(さくらいともみ)さんへ


君がこの手紙を読んでいるということは、俺は死んでしまったんだね。

そうでなければこの手紙は君へと届いていないだろう。


たぶんこれから書くことを君が読んだら、怒るのだろうね。

君だけじゃない。他の奴らだって怒るだろう。


だから、これから先の内容を、君に託そうと思う。

君が他の人に見せても文句は言わないよ。

君に渡したものだから、君の好きにしていいから。


だけど、この1枚目だけは他の人に見せないでくれ。

勝手なことを言っているのはわかっている。


でも、どうかこれだけは。

俺の本心を書いておくからさ。

君だけに本当の気持ちを。



友美。俺は君のことが好きだ。初めて会った時から大好きだった。

自分の病気のことを知った時に、君との約束を守れないことが悲しかった。

卒業式に君が俺に告白しようとしているのはわかっていた。

その気持ちがうれしかった。

でも、告白されても俺には答えることが出来ない。

だけど、断ることはしたくなかった。

だから、俺から逃げた親友のいとこを使って、茶番を演じることにしたんだ。

彼女が俺のことを好きな気持ちを利用してね。

それにもう一つ打算もあった。

言えなかった告白はどうなると思う?

吐き出すことが出来なかった思いは、どこに行く?

そう思った時に、君には俺への思いを抱えたまま、生きていってもらおうと思ったんだ。

卑怯なことを考えてごめんね。


でも、愛しているよ。

君だけを永遠に。


― ― ― ― ―

NO.1


桜井友美様


君がこの手紙を読んでいるということは、俺は死んでしまったんだね。

そうでなければこの手紙は君へと届いていないだろう。


この手紙を見つけたのは英二かな。

そういえば君は英二に会ったことがなかったね。

どうだい、驚いたかい。俺に双子の弟がいるなんて思わなかっただろう。


あ~、なんか、こうやって書きだしたら、いろいろ思い出してきたよ。

少し、思い出語りにつき合ってもらおうかな。


桜井、君と初めて会ったのは、俺が小5で君が小4の時だったね。

君の通う小学校区に少し大きな公園が出来上がって、ここの遊歩道がジョギングするのに最適だと、俺が所属していた陸上クラブのコーチが言っていたんだ。

だけどそこに行くにはかなり広い通りを渡らないといけない。朝のジョギングが1年前から日課と化していた俺だけど、その道を渡ることは危ないからと親に止められていたんだ。

仕方がないから朝のジョギングは諦めた。その代わりにクラブがない土日にその公園に行くことにしたんだ。

そうして、俺は君と出会った。この頃英二は陸上になんて興味を示さなかったから、俺は一人であの公園に通っていたんだよ。


最初、君のことは、なかなか足が速い女の子だなと思っただけだった。初めて話したのは3回目に公園に行った時だったよね。他愛ない話をしたと思う。クラスの女子と話すようなことだった。それなのに君との話は何故だか楽しかった。


そのうちに俺は、毎週公園に行って君と会うようになった。クラブがある日も終わった後に公園に行った。君は必ず待っていてくれたね。でも、それだけじゃつまらなくて、俺は朝のジョギングをあの公園にすることにしたんだ。あの公園のことを教えてくれたコーチが、家も近いこともあって、朝のジョギングの付添いを申し出てくれたんだ。


だけどさ、俺につき合って公園に来てくれたコーチは、あそこで恋を見つけたよね。コーチの結婚式で俺のことを馴れ初めのエピソードで話したと、結婚報告のハガキに書いてあったからさ。


― ― ― ― ―

NO.2


だけど、残念なことに君と朝のジョギングデートが出来たのはたったの1カ月だけだった。急に親の仕事の関係で引っ越すことになってしまったから。あの時住んでいたのは社宅だったんだ。老朽化と会社の移転とかで別の所に新しい社宅が用意された。まだ子供である俺が、嫌だなんて言えるわけがなかった。


引っ越しの前日。桜井と約束したよな。


『走ることで有名になるから、高校の時には全国で一番になるよ』


って。今となっては、なんて大それたことを言ったんだろうね。でも君は笑わなかった。


『それなら私も同じことをする。練習を頑張って私も全国で一番になる』


同じことを誓ってくれたことがとてもうれしかったよ。


俺は転校先でも陸上クラブに入って頑張った。そこでは英二も一緒に陸上をやりだしたんだ。でも、弟はハイジャンプのほうに目覚めたんだけどさ。なんでも、背面飛びをした時に、空がとても綺麗に見えたんだとか。俺は風を切って走るほうが断然面白いと思っていたのにな。


そこで俺は親友と呼べるやつと会ったんだ。松下のいとこの柳沢ってやつなんだ。英二と三人、よくつるむことになったんだよ。


君との約束が叶わないとわかったのは、中学2年の時。県大会、地方大会まで順調に進んで、全国大会の切符をつかんだ。君もあと一歩で地方大会に届かなかった。君と競技場で会った時に、本当は話し掛けたかった。だけど、3年も経っていたのだから君に忘れられていたらと思うと、声を掛けることが出来なかった。この後、自分の意気地のなさを呪ったよ。


全国大会までの日々。学校で練習していた時に、体に違和感を感じたんだ。それを先生に伝えたら、すぐに親に連絡がいった。大げさなと思ったけど、先生の『不安要素はなくしておくに限る』と言う言葉に、素直に検査を受けに行った。


簡単な検査で終わると思っていたのに、金属のない服に着替えさせられて、なんか筒状の機械の中に入ったんだ。


― ― ― ― ―

NO.3


検査の結果は心臓に異常が見つかったと言われたんだ。長い病名を言われたんだけど、覚える気がなくて忘れちゃったよ。よくドラマでチームを組んで手術っていうのがあるだろう。俺の場合はいろいろあって難しいらしいってことは覚えている。手術は出来ないっていわれたから。なんだっけ。奇病に該当するんじゃないのかな。症例的にも珍しいものだったらしくて、この先に同じ病気の人が現れた時のために、えーと、経過観察だっけ。それをさせてほしいと言われたよ。


この時は「マジ、ふざけんなー!」って突っぱねたけどさ。だってそうだろ。俺は助からない事が前提なんだぜ。


そして俺は学校生活に戻ったけど、何もやる気が起きなかった。俺の周りもそんな俺を持て余し気味だった。この時、いまは普通に学校に通えているけど、いつそんな日常がなくなるのかと怖かった。


だから、その不安を親友である柳沢と英二に吐露したんだ。二人は俺を励ましてくれたよ。医学は日々進歩しているから、そのうちに画期的な治療法が考案されるだろうって。だけどさ、俺、わかっちゃったんだよね。二人はそのことを信じていないことをさ。


それどころか少しずつ俺と距離を取り出した。柳沢はすごく頭がいい。だから彼があの高校を選んだことは仕方がないだろう。だけどさ、それならなんで自分の身代わりのように、松下を俺のそばに送り込んだんだ。さり気なく俺が受験する予定の学校に、松下のレベルが合うように勉強を見たりしてさ。自分が俺が死ぬところをそばで見ていたくないからって、いとこをそれも女の子をそばに寄こすかよ。それも少なからず俺に好意を持っている相手をだぜ。


英二もそうだ。最初俺の病気がわかった時には、俺のことを支えると言ってくれたのに、中3の中体連で注目される成績を残して、高校からスカウトが来てさ。あっさりとその誘いに乗って、他県の学校に行ってしまったんだ。


信頼していたのに、裏切られた気分だった。


高校に松下も合格したことがわかった時に、松下には関わらないつもりだった。1年の時の体育祭で俺が具合を悪くしたところを見つけて追いかけてこなければ、俺からは接触するつもりなんかなかったんだ。


― ― ― ― ―

NO.4


俺が天文部に入ったのは、夏合宿のことを知ったからだ。山に登ってテントを張っての、天体観測。なんだよそれって思ったね。でも、ガチ登山が含まれると聞いて、ちょうどいいかと思ったんだ。うまくみんなから離れて、足を踏み外した振りで滑落してやろうっておもったんだ。だけどなんだよ。OBが部員より多く参加するっていうのは。部員一人に一人はつくから、うっかり離れることもできなかった。それどころか星空のすばらしさに、来年も見に来たいって思ってしまったじゃないか。ほんと、失敗したよ。


桜井が事故に遭った話は、ニュースで知った。怪我が酷くなくて安心していたら、九月に学校が始まって、桜井の中学での先輩になる女子が「記憶喪失になったらしい」と話していた。すごく気になったけど、今更会いに行けるはずもなかった。


入学式の手伝いで桜井の名前を見つけた時に、同じ高校になったことがうれしかったけど桜井に合わせる顔がないから、知らない振りをすることにした。それなのに桜井は天文部に入ってきたから驚いた。


桜井も最初は何も言わなかったよな。部活だけでなく委員会も一緒で、たまに一緒に帰ることになって、そこで少しずつ話してくれた。桜井が陸上をやめたのは事故が原因だったと知って驚いたよ。頭に資材が当たったのが悪かったのか、右の視力をかなり悪くしていたことと、たまにひどい頭痛を起こすことがあるだなんて思わなかった。


その年の合宿で一緒に星空を見れたことは、俺の一番の思い出だよ。だから死ぬのは翌年にしようと思ったんだ。


何の因果か俺に部長なんてものが回ってきた。あれは本当に面倒くさかった。ついつい部活のことにかまけていたら、三年目の合宿でも死にそびれてしまったじゃないか。誰だよ、俺を部長に指名した奴は。


ああ、そうだった。体育祭でも失敗したんだよな。本気で走れば俺の心臓なら持たないでぶっ壊れるかと思ったのに、結局苦しい思いだけして死なないでやんの。


いろいろ計算外だったよ。


俺はいつまで生きられるかって、おびえて暮らすのは嫌だっていうのにさ。


― ― ― ― ―

NO.5


まあ、それでも親には感謝している。いろいろ我が儘を言って迷惑をかけたとは思う。先のない俺を見守るのも大変だったと思うしな。大学だって受験させてくれた。結局4月に入ってすぐ入院してしまったから、無駄な金を使わせてしまうことになったのは、本当に申し訳ないと思う。


入院のことは友人には話さないでくれと言っておいたから、本当に誰も見舞いに来なかったぜ。意外と入院ってすることないんだよな。やっぱり友人たちくらいには話しておけばよかったかなとも思ったけどよ。


なんかとりとめのない話になってきたな。

えーと、他になんか話し忘れてないかな。


ああ、そうだ。卒業式の日は悪かった。最後なんだから桜井の気持ちを聞いてやればよかったと、いまになって後悔しているよ。伝えられなかった気持ちって、いつまでも引きずるだろ。そんなことにならないように、ちゃんと聞いてやればよかったと思ったんだ。


だからさ、こんな俺のことはさっさと忘れて、新しい恋をしろよな。


桜井と噂になっていた楠木だっていいと思うけどさ。


ああ、それは大きなお世話か。


あとは・・・。


桜井、約束を守れなくてごめん。

まあ、これはお互い様になっちまったけど。

ということで、お前も気にすんなよ。


それじゃあ、桜井。元気で過ごせよ。


宇土新一




― ― ― ― ―

NO.6



追伸


あのさ、桜井。

悪いんだけど、この手紙を弟の英二と松下のいとこの柳沢と松下に見せてくれないか。


他に同じような手紙を書く気力がなくなっちゃってさ。


まあ、ぶっちゃけ英二と柳沢には、俺の恨みつらみを聞かせたって仕方ないとは思うんだよ。

でも、あいつらの代わりに生贄になった松下が哀れじゃん。

少しくらい憂さ晴らししたっていいだろう。


それにさ、俺が一番訊いてほしいときにそばにいてくれなかったんだぜ。

少しくらいいいよな。



ああ、それと、もう一つ言い忘れたわ。

俺は桜井の事を妹みたいに思ってたよ。

桜井が俺のことを慕ってくれるのがうれしかった。




じゃあ、悪いけど、頼んだよ。











― ― ― ― ―





































― ― ― ― ―



PS


友美。本当にすまない。

だけど頼めるのは君だけだ。


きっとさ、英二も柳沢も、俺から逃げたって後悔するに決まっているんだ。

俺はあいつらに後悔して欲しくない。


俺だって逆の立場なら逃げ出したと思う。

親友だからってそこまでつき合う必要はないんだ。


だけどやはり松下には悪いと思った。松下は俺の病気のことは知らなかったと思う。

だから、そこだけはあいつらを許せないと思った。


この手紙を読めば松下は俺が死んだことを、いつまでも引きずったりしないだろう。

それにきっと英二が松下に寄り添うはずだ。松下って英二の好みストライクだからさ。


友美もさ、俺が1枚目に書いたことは忘れて、新しい恋をしろよ。
















本当はみんなに忘れられたくないんだよ。女々しくてごめん

読み終わった私の目からは涙が溢れてきました。先輩の気持ちを思うとただ涙を流すしかなかったのです。本音も交えながらも、みんなに対する気遣いが溢れています。

ひとしきり泣いた後、私は忌明けの法要でこの手紙を皆さんに読んでもらうことにしました。



法要の席には先輩の親友や元クラスメートと天文部の2、3年が招かれました。法要後にお茶を飲んで話をしているところで、私は柳沢さんと思わしき人のそばに行きました。そばにはとてもよく似た松下先輩がいるので、間違いはないでしょう。


桜井「あの、柳沢さんですよね」

柳沢「そうだけど、えーと、君は?」

桜井「宇土新一先輩の天文部の後輩で、桜井といいます」

柳沢「ああ、そうなんだ。ところで何か用かな」

桜井「はい。実は先日、松下先輩から、宇土先輩からという手紙を受け取ったのですけど、内容を読みましたら、これは私にだけ当てたものじゃなかったんです。なので、皆さんにも読んでいただきたくて」

柳沢「新一から? ・・・あいつは・・・」


戸惑ったような声を柳沢さんは出した。


桜井「よろしければ読み上げますので聞いてください」


そうして私は宇土先輩からの手紙を読み上げた。もちろん先輩が読ませてくれと書いていた、NOが入っているものだけ。


私が読み終わったら、松下先輩がそばに来ました。


松下「見せて」


奪うように手紙を持つと、NO.1からNO.6と白紙の7枚目までを、端から端まで目を凝らすように見ていった。読み終わると手紙を私に返し、隣に座っている柳沢さんに詰め寄った。


松下「ちょっと、どういうことよ。身代わりって何? 生贄って? あんたは自分可愛さに私をたきつけて、代わりに宇土君のそばにいさせたっていうの。何よ、この、根性なし! ヘタレ。宇土君はあんたの事、親友だって言っていたのよ。恥を知れ~!」


松下先輩の言葉に柳沢は顔色を失くして黙り込んでいた。


英二「松下さん、柳沢だって悪気があったわけじゃないんだ」

松下「それをあんたが言うか! 宇土君が一番辛くて話を聞いてほしい時にそばにいなかったがあんたが!」


松下先輩の目から涙が溢れ出した。


松下「本当はわかっているんでしょ。宇土君がこんなものを残した理由を。あんたたちに罪悪感を持ってほしくなかったからよ。手紙という形で恨んでいるってことにして・・・。本当は寂しかっただけなのに。・・・本当に優しいんだから」


私の手から手紙が抜かれた。見ると綿貫君だった。そして手紙を読んでいく。1枚読み終わると隣にいる芦原さんが受け取り、芦原さんが読み終わると、隣いた楠木君に。そうしてみんなの手に手紙は渡って読まれていった。宇土先輩のご両親にも手紙は渡り、読み終わると堪えきれずに涙を流していた。


最後に英二さんと柳沢さんのもとに手紙が来た。二人は他の人より時間をかけて手紙を読んでいたのでした。



宇土先輩、ちゃんと先輩が意図したとおりになりましたよ。松下先輩は私のことを伺うように見てくるけど、みんなに見せた手紙以外には、宇部先輩が残したものはないと思っているみたい。本当にただの妹と思われていたと信じたようですよ。


だから安心してくださいね。


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